リクルートのスキマバイト「エリクラ」のひどすぎる実態 「マンション清掃43分、836円」うたい文句の罠

9/13 8:02 配信

東洋経済オンライン

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「リクルート社運営の『エリクラ』というアプリにて「スキマバイト」を実際にやってみたのですが、これがあまりにも労働者にとってひどいシステムで……」と編集部にメールをくれた54歳男性だ。

■あまりにも労働者にとってひどいシステム

 東京都心にある4階建てマンション。敷地内のゴミ集積ボックスのふたを開けると、甘酸っぱい腐敗臭が鼻を突いた。山のようなビニール袋の中には、スプレー缶が混入しているものもある。ボックスの底をのぞくと、飲み残しが入ったペットボトルが何本も転がっているのが見えた。おしゃれな外観とは裏腹に、ゴミ捨てのマナーがよいとはいえない。

 キヨシさん(仮名、54歳)はスマホのスキマバイトアプリで、このボックス内の分別と清掃という仕事を見つけた。作業時間は23分で、報酬は638円。しかし、ふたを開けた瞬間に絶望した。「23分で終わるはずがないじゃないか」。憤りを覚えつつも、引き受けた以上は手足を動かすしかない。

 この日は最高気温35度を超える猛暑日。キヨシさんはマニュアルに従い、まずボックスからすべてのゴミ袋を取り出した。続いて袋の口を開け、スプレー缶やビン、缶など未分別のゴミをより分ける。ペットボトルの飲み残しは近くの排水溝まで行って捨てる。

【写真】実際、報告書に添付した写真。本当に作業をした“証明”として手元が映っているカットや作業前、作業後の様子、ウエットティッシュの汚れた部分や使用した枚数がわかる写真を送る必要がある

 次第に汗だくになり、両手が得体のしれない液体でベトベトになっていくのがわかる。直に捨てられていた使用済みの避妊具をつかんでしまったときは心がなえそうになった。持参したほうきで周辺を掃き、ウエットティッシュでボックス内を拭き上げ、分別したゴミを再び戻す。

■監視が目的? 作業報告書の写真は約100枚

 案の定、作業は1時間近くかかった。しかし、仕事はこれで終わりではない。スマホで写真とコメントを付けた作業報告書を作成し、アプリ側に送らなければならないのだ。

 報告書は「このお仕事のお手本報告」やフォーマットに従って作成するのだが、原則作業ごとに清掃前と清掃中、清掃完了後の状態をそれぞれ撮影した写真を添付する。写真の画角などは「ゴミボックスを開けて内部全体がわかる状態で」「ゴミ袋の中が見えるよう開けた状態で」「未分別のゴミを種類ごとに分けたもの」といった具合に細かく指定されている。

 作業に時間がかかるのは、こうした写真撮影に手間を取られるからでもある。コメントも、写真ごとに分別状況やゴミの種類、数などを具体的に書かなければならない。

 キヨシさんは「添付した写真は30枚ほど。報告書の作成だけで30分はかかりました」と訴える。結局作業終了まで1時間半かかったが、報酬は最初の約束通り638円しかもらえない。時給に換算すると420円ほど。これでは東京都の最低賃金の4割に満たない。

 法令違反ではないかと問う私に対し、キヨシさんが「実はこの仕事、アルバイトじゃないんです。業務委託なんですよ」と教えてくれた。なるほど、業務委託であれば、最低賃金や残業手当などの法規制の適用外となるわけだ。

 キヨシさんが利用したのは「エリクラ」というバイトマッチングアプリだ。就職情報サイトなどを運営するリクルート(東京)が2019年から始めたサービスである。アパートの清掃やゴミ分別、草むしりなど「数分から数十分で完了する」とされる短時間の仕事が中心で、駐車場のゴミ拾いと草むしり「15分、330円」、アパート点検「11分、352円」、夜間電球チェック「3分、121円」といった募集情報が掲載されている。アプリの利用登録者数は約10万人だという。

 業務委託なので、ほうきや雑巾、ウエットティッシュ、軍手などの用具は労働者が持参し、掃除で出たゴミも原則持ち帰らなければならない。

 しかし、キヨシさんは一部を除き、指定された時間内に作業を終えることはできなかったと証言する。

 例えば、マンション清掃「43分、836円」。そのマンションは6階建てで、マニュアルによると、建物周辺や共用廊下(各階分)、ゴミ置き場、駐車場、駐輪場、消火器ボックス、ガスメーター、インターホン、募集用看板など20カ所以上の清掃を指示されていた。報告書の添付写真は約100枚に上り、作業終了までに2時間近くかかったという。

 ここでは最初、ガスメーターの場所がわからず、所定欄を空欄にして報告書を送ったところ、「未完了」として差し戻されるトラブルもあった。キヨシさんは「あちこちの扉を開けてガスメーターを探し出すのに20分かかりました」と振り返る。

 キヨシさんによると、別の現場でも、写真や報告が不足しているとして報告書を差し戻しされたことがある。報告書を提出しないと報酬はもらえない。キヨシさんはそのたびに現場に戻って写真を撮り直したり、コメントを書き直したりしたという。

 私が驚いたのは、「ウエットティッシュなどを持って拭いているときの手元」や「使用したウエットティッシュなどの汚れた部分」などの写真を撮らなければならないと聞いたときだ。まるで労働者の監視が目的のようではないか。

 これに対し、キヨシさんは「中にはいい加減な仕事をする人もいるでしょうから、(アプリ側の)気持ちもわかるんですが……。ちょっとやりすぎですよね」と苦笑する。

■トラブルに遭遇しても声を上げづらい

 私が取材する限り、スキマバイトの現場では、問題を指摘すると、企業からの求人が表示されなくなったり、最悪アプリの利用ができなくなったりするため、トラブルに遭遇しても声を上げづらいと話す人が少なくない。一方でキヨシさんは自身の体験を詳細に語ってくれた。理由は、別に本業を持っているからだ。キヨシさんは東洋医学に基づく施術院を経営しており、年収は700万円ほど。数カ月前に偶然予約のキャンセルが重なったことから、軽い気持ちでスキマバイトを始めてみたのだという。

 「時給に換算したら、悪くないかもとつられてしまったんです。ところが、実際の作業時間は募集時に書かれていた時間を大幅に超える。あの分刻みの時間と1円単位の報酬は、何を根拠に決められているんでしょうか」とキヨシさんは首をかしげる。エリクラでは10件ほど仕事をした。その後は顧客が戻ったので、アプリは利用していないという。

 現在は安定した収入を得ているキヨシさんだが、子ども時代は波乱に満ちていた。小学生のころ、父親が不倫の末に出奔。母親の精神的なショックは大きかったという。その後は母親が家計を支えたが、家計に余裕はなかった。極貧ではなかったものの、「大学に行くなら、現役、国立大学で」と言い渡されていたという。

 特殊な生い立ちの影響からか、独立心が旺盛だったキヨシさん。高校時代から工事現場や飲食店、清掃などあらゆるアルバイトをしてお金を貯めると、卒業と同時に親元を離れた。20歳直前に大手芸能事務所に飛び込み、コンサート会場の設営の仕事からスタート。才覚を認められ、早々に有名バンドなどのマネジメント業務を任されるようになった。

 その後は環境保全プロジェクトにかかわるアーティストを支えるために早稲田大学に入学し、専門知識を身に付けた。同じころに芸能関係者の間で評判のよかった施術の仕事も始め、現在はそれを本業としている。

 「私自身は若いころにいろんなアルバイトをしたので、清掃やゴミ分別の仕事に恥ずかしさや、抵抗感はまったくありません。でも、誰もがやりたがらない、大変な作業だということも知っています。言葉は悪いですが、昔は『底辺の仕事』だからこそ、報酬や給料は高めだったと思うんです。スキマバイトを使えば管理会社の社員に任せるよりも割安なのでしょうが、こうした仕事をあんな金額でやらせるシステムがあることにショックを受けました」

 キヨシさんはリクルート側にはエリクラを通して改善を求めたという。「今後のサービス改善の参考とさせていただきます」といった旨の返信は来たが、キヨシさんに言わせると「『ご意見は承りました』という範囲を出ない回答でした」。

 一方のリクルート広報は取材に対し、メールでおおむね次のように回答した。

 所定の時間内に作業が終わらないという指摘があることに対しては「お仕事の提供元企業さまには、内容や対価などの具体的条件について正確な情報を提供するよう求めています。ユーザーさまからのご指摘については事実確認し、改善が必要な場合は適宜企業側と協議いたします」。時間や報酬額については「お仕事の提供元企業さまが決定しています。エリクラ側はその検討材料として業務と物件の大きさに応じた目安時間や参考料金を提示しています」とした。

■バイトリーダーから「タイミー、邪魔!」

 話はずれるが、キヨシさんはこの間、スキマバイトのタイミーも利用した。大きなトラブルはなかったものの、タイミー経由の働き手がほかのアルバイトたちから見下されていると感じることがたびたびあったという。

 ある大手の飲食チェーンでは、厨房の隅でマニュアルに目を通していたところ、バイトリーダーの女性から「タイミー、邪魔!」と言われ、押しのけられたという。もはや「タイミーさん」とも呼んでもらえないらしい。

 スキマバイトの問題をリポートすると、「別のアプリを使えばいいのに」「不満があるのにアプリを利用している人も悪い」といった指摘をされることがある。しかし、それは問題のすり替えだ。そもそも選択肢としてアルバイトの間で格差が生じるような働かせ方が存在していることの是非を考えるべきだ。

 企業がスキマバイトを重宝する背景には人手不足がある、との指摘はよく耳にする。人手不足を解消するためには労働生産性の向上が不可欠だというのも定番のロジックである。

 しかし、私にはいまひとつピンとこない。人手が集まらないのは、まともな条件や待遇の仕事ではないからということも一因なのではないか。そもそもスキマバイトアプリを使えば人が集まるなら、人手不足ではないだろう。社員一人当たりの付加価値額を上げるという大義名分のもとに、採用や研修にかかる最低限の費用を削り、代わりに劣悪な条件で働く人たちを生み出す仕組みをつくることが、本当に社会や経済の活性化につながるのか。

 私の心情を代弁するように、キヨシさんがこう言った。

 「病気や障害があってスキマバイトの収入に頼るしかないという人も一定数いるはずです。こんな条件の働かせ方が広まっていくのは健全とは思えないんですよね」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

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最終更新:9/13(金) 8:02

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