「高タンパクで低カロリー、味はアンコウやフグ」日本が後れをとる食材「養殖ナマズ」の可能性とは

5/18 7:32 配信

東洋経済オンライン

 知り合いから愛知県大府市でナマズを養殖しているという話を聞いた。ナマズといっても日本のものではなく、ヒレナマズという中国やラオス、ベトナム原産のナマズである。ナマズ料理は、埼玉や千葉、茨城、栃木、岐阜など限られた地域で食されている郷土料理という印象が強い。10年以上前になるが、筆者は岐阜県飛騨市で「河ふぐ」という名で養殖されているアメリカナマズを取材し、薄造りを試食したことがあった。見た目もさることながら、弾力のある食感とともにふわっと広がる繊細な旨味はふぐそのものだったことを今も覚えている。

■食材としてはメジャーな存在

 一方、世界へ目を向けると、アメリカをはじめ、ベトナムや中国、インドネシア、アフリカなど多くの国で食べられている。食材としてはメジャーな存在なのだ。ナマズに可能性を感じた筆者は大府市へと向かった。

 ナマズの養殖を手がけているのは、野菜や果物の収穫体験をはじめ、BBQやドッグラン、グランピングなどが楽しめる複合型施設「MINRAKU」のオーナー、林田秀治さんだ。林田さんは自動車工場など製造ラインのシステム構築を請け負う会社を経営する傍ら、2022年に「MINRAKU」をオープンさせた。

 「2005年に会社を設立して順調に売り上げを伸ばしていたものの、この先何が起こるかわからないと思っていました。そこで事業を多角化しようと最初に取り組んだのが植物工場のシステムや設備の販売でした。その直後にリーマン・ショックが起こりましたが、植物工場のおかげで事なきを得ました」と、林田さん。

 植物工場がきっかけとなり、食料問題を意識するようになった林田さんは、2008年に社員のために10反(約1万平方メートル)もの田んぼを借りて米づくりも始めた。さらに並行して子どもたちに動物と触れ合ってほしいという思いからアヒルや鶏、山羊などの飼育も始めた。ポニーや孔雀、羊など種類も増えていき、手狭になったことから「MINRAKU」の構想が生まれたというわけだ。

 「『MINRAKU』は“みんなの楽しい体験”の略。近くの保育園の子どもたちが芋を植えて、秋になると芋掘りを楽しんだり、動物たちと遊んだりしていますよ」(林田さん)

■排水する必要がない養殖の設備システム

 一方、ナマズの養殖は「MINRAKU」を訪れた客のためではない。「MINRAKU」で出た生ゴミや動物たちの糞尿などを処理するためにパートナー企業とともに開発したゴミ処理施設から排出される熱を利用できないかと考えたのだ。発電も可能だが、その施設を建設するには莫大なコストもかかるため利用法を模索していた。

 そこで魚の陸上養殖ができないかと思って調べてみると、岡山県にあるジャパンマリンポニックスという陸上養殖設備の販売をしている会社を見つけた。林田さんはすぐに連絡して社長に会いに行った。

 ジャパンマリンポニックスは養殖業も手がけていて、中国やラオス、ベトナム原産のヒレナマズを「桃太郎フィッシュ」と命名し、県内の回転寿司店などにも卸していた。

 「回転寿司でヒレナマズの握りも食べに行きましたし、唐揚げや焼きものも食べました。その美味しさもさることながら、ジャパンマリンポニックスの内尾義信社長の『ヒレナマズを日本の鮭(のようなメジャーな食材)にしたい』というひと言に共感して、やってみようと思いました」(林田さん)

 「MINRAKU」内にある養殖場の広さは約750平方メートルで、メインとなる20トンの養殖水槽が3基と5トンが1基、1トンが3基の計7基。以前に取材した愛知県の奥三河にあるチョウザメの養殖場は近くを流れる川の水を利用していたが、ここでは井戸水を使い、ヒレナマズにとって快適な28度の水温をキープしている。

 専用のろ過装置や微生物の働きで水を循環させる閉鎖循環式陸上養殖というシステムゆえに排水する必要がないのだ。ヒレナマズは丈夫で病気になりにくいうえ、成長のスピードも速い。6カ月で体長60センチ、重さ1.5キロになったところで出荷される。

■生命力の強さから滋養強壮効果に期待? 

 ちょうどこの日は、名古屋市内のレストランに納品するとのことで、ヒレナマズを捌くところを見せてもらった。うなぎと同様に体全体にぬめりがあるため、林田さんは滑り止めがついた手袋を着用して捌き始めた。

 まずはハンマーで頭を叩いて動きを止めてから頭部を切断するのだが、包丁が入らない部分があり、調理用のハサミを使う。その後、内臓を取り除いて三枚におろす。林田さんは手慣れた手つきで捌き、10分もかからないうちに終わった。

 「ぬめりがありますし、捌くのに手間がかかるのが難点ですね。今はコツをつかんでいますが、初めて捌いたときは1時間くらい格闘していました」(林田さん)

 驚いたのは、切断した頭部や内臓がしばらくの間動いていたこと。素人考えだが、これだけ生命力が強ければ、滋養強壮に効果があるのではないか。アニメ「あらいぐまラスカル」の中で、主人公のスターリングが病弱な母親のためにナマズのフライを食べさせようと釣りに出かける話があるのであながち間違ってはいないと思う。

 滋養強壮は別としても、ヒレナマズが高タンパクで低カロリーであるのは事実。各種ビタミンやカルシウム、マグネシウム、リンや鉄分など、体にうれしい栄養素も豊富に含まれ、疲労回復や脳の中枢神経や末梢神経機能の正常化、動脈硬化の抑制、免疫力の向上などの効能が期待できるという。

 実際、林田さんは愛知県内で食事の指導も行っているフィットネスジムにヒレナマズを卸している。気になるのは、やはり味だ。名古屋市内にあるビストロへヒレナマズを届ける林田さんに同行させてもらった。

 名古屋市中区錦1丁目にある「ビストロ ル シュマン」はオープンして7年目。岐阜県産のブランド豚、ボーノポークをはじめ、地元農家から仕入れる採れたての野菜など、シェフこだわりの食材そのものの味わいを凝縮させた料理が自慢。またイノシシや鹿、熊などのジビエ料理も定評がある。

■味はアンコウやフグに似ている

 「ヒレナマズの身はアンコウやフグに似ていると思いました。煮たり、焼いたり、揚げたりとさまざまな料理に使うことができると思いますが、ヒレナマズのおいしさがダイレクトに伝わるのはこれです」と、オーナーシェフの寺沢裕二さんが作ってくれたのは、「ナマズのマリネ 旬野菜添え」。調味液にほんの少し醤油をくわえて日本人向けにアレンジした一品だ。

 舌触りはしっとりとしているものの、ムチムチとした食感が心地よい。淡白で繊細な旨味をたっぷりの野菜が引き立てている。フレンチに限らず、昆布締めにしても美味しく食べられるのではないかと思った。林田さんも満足げな表情を浮かべて頷いていた。

 他にもオリーブとアンチョビ、ケイパーをペースト状にしたソースで味わう「ナマズのムニエル 黒オリーブのタプナードソース」とたっぷりの野菜を使ったドレッシングでいただく「ナマズのカダイフ仕立て 柑橘のラヴィゴットソース」を試食させてもらったが、どれもおいしかった。ナマズと聞いてイメージする泥臭さは養殖ゆえに皆無だったことも付け加えておく。しかし、寺沢さんはあえて苦言を呈している。

 「食材としてはまったく問題はないどころか、お客さんからの評判はとても良いです。しかし、ナマズという名称を見て注文する人がどれだけいるのかと思います」

 岡山県のジャパンマリンポニックスが「桃太郎フィッシュ」として販売しているのもそのためだろう。それに倣って愛知県らしい名前をつけるなどブランディングが必要だ。捌くのに少しコツがいることも含めてまだクリアせねばならない課題はあるものの、飲食店やスーパーなどに並ぶのはそんなに遠い話ではないと思う。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/18(土) 8:38

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング