日本の選択「年収の壁の廃止」か「移民に参政権」か 「扶養控除」をなくし「子ども支援」を徹底すべき

4/19 8:01 配信

東洋経済オンライン

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。
退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼の著書『給料の上げ方――日本人みんなで豊かになる』では、日本人の給料を上げるための方法が詳しく解説されている。

「いまの日本の給料は、日本人のまじめさや能力にふさわしい水準ではありません。そんな低水準の給料でもガマンして働いている、その『ガマン』によって、いまの日本経済のシステムは成り立っています。でも、そんなのは絶対におかしい」

そう語るアトキンソン氏に、これからの日本に必要なことを解説してもらう。

■日本経済をダメにする「年収の壁」の弊害

 いま日本では、高齢化に伴う社会保障負担の激増に応えるためにさまざまな公共サービスが有料化され、値段も引き上げられて、税負担も大きく上がっています。

 これからも、その負担はさらに増えます。日本人がその負担増に耐えるためには、所得を増やすしかありません。

 それに立ちはだかるのが、いわゆる「年収の壁」です。年収の壁には、次のような弊害があります。

(1) 家計を困窮させる
(2) 国の生産性を下げる
(3) 財政を悪化させる
(4) 人手不足の原因になる
(5) 対応しなければ、移民の激増につながる
 とにかく「年収の壁」はただちに廃止し、日本人の年収を増やすべきです。

 さて、今回の記事のタイトルは、少々衝撃的に思われたかもしれません。

 しかし、これは日本の将来について論理的な思考を重ねれば、必然的に到達する結論です。順を追って説明を進めますので、ご一緒に考えてみてください。

 ご存じのとおり、日本では1990年以降、高齢者が増えているうえ、高齢者層の平均年齢もどんどん上昇しています。

 その結果、社会保障支出は1990年度の約47.4兆円から、2023年度には約134.3兆円に増えています。

 一方で、現役世代(生産年齢人口)が激減してしまっています。結果として、生産年齢人口1人当たりの社会保障負担は1990年の約55万円から、2023年には約181万円まで増えています。日本の税負担が次第に重くなっている最大の原因です。

 社会保障の負担は1990年度にはGDPに対して約10.2%でしたが、2023年度には、約23.5%に相当する負担がGDPから吸い上げられています。経済に対して、猛烈な負担になっているのです。

 この負担を考えると、持続性がない社会保障制度を断念するか、経済を成長させるしかありません。

■経済成長を支える2つのエンジン

 経済は、人口増加とイノベーションによる賃上げの2つの要因がエンジンとなって成長します。歴史的には、この2つの要因が経済成長に寄与する割合は、およそ半分ずつでした。

 しかし、日本ではすでに人口が減少するフェーズに入ってしまっているので、経済成長の要因の1つである人口増加要因がマイナスになってしまっています。これは経済成長の大きな足かせです。

 GDPは「人口×労働参加率×労働生産性」という数式で表せます。

 つまり国の経済は、人口×労働参加率という量で成長するか、イノベーションという質で成長するか、そのいずれかしかないということです(もちろん両方ともプラスなら、大きな成長につながります)。

 人口が減るのであれば、労働参加率や労働生産性を上げていかないと、経済の規模は縮小します。

 実際に日本の場合、人口の減少によって政府や地方自治体の財政に余裕がなくなりつつあり、これまで無料だったさまざまなことを有料化せざるをえなくなっています。

 増税をしなくてはいけなくなったのも、物価上昇も、さまざまな公共サービスが相次いで廃止されているのも、すべて原因は同じです。

 今後、私たちが懸念しなくてはいけない最大の問題は社会保障です。

 繰り返しますが、1990年度の日本の社会保障費は約47.4兆円でGDPの約10.2%でした。しかし、2023年度には約134.3兆円と約2.8倍にも増えて、GDPに対する割合も約23.5%まで急上昇しています。

 これを10年ごとのスパンで生産年齢人口1人当たりに直すと、以下のように計算できます。

生産年齢人口1人あたりの社会保障費負担
1990年:55万1372円
2000年:90万5952円
2010年:128万2554円

2020年:177万771円
2023年:181万7813円
 日本では生産年齢人口の減少が今後も長く続くので、社会保障支出が仮に横ばいに推移したとしても、現役世代1人当たりの負担は、次のように急増します。

生産年齢人口1人あたりの社会保障費負担(予想)
2030年 198万2873円
2040年 232万719円
2050年 268万5463円
2060年 303万9837円
 2018年に、厚生労働省は2040年度の社会保障支出が約190兆円まで増えると予想しました。生産年齢人口で割ると、約328万円の負担となります。

 こんな金額を1人ひとりが負担することは到底不可能です。つまり、今のままでは日本の社会保障制度には持続性がまったくないのです。

 この社会保障負担の激増に対応するためには、全力で生産性と賃金を上げて、税収を増やす必要があります。

■実は今から本格化する人手不足

 本記事のタイトルで「移民に参政権」と書きました。社会保障の激増への対応に、なぜ、参政権が関係してくるのか、ここから説明していきます。

 先ほど紹介した計算式にあったように、人口1人当たりのGDPは「労働参加率×労働生産性」という計算式によって決まります。

 では、日本で労働参加率を今より上げることはできるのでしょうか。

 日本では生産年齢人口が1994年のピークから、すでに1400万人も減っています。しかし、一方で就業者数は増えています。第2次安倍政権以降、特に45歳以上の女性と、さらには高齢者の労働参加率が劇的に上がった結果、労働参加率は世界最高水準に達しているのです。非正規雇用の比率が上がっている原因はここにあります。

 すでに「人手不足」が顕在化し、社会問題として騒がれ始めていますが、実は2060年に向かって、生産年齢人口はさらに約3000万人も減ると予想されているのです。

 総務省の労働力調査によると、2024年2月の時点で、日本の生産年齢人口の78.6%は就業しています。男性は84.0%で、女性は73.0%でした。20~69歳の労働参加率は80.6%でした。

 労働参加率が高くなって、生産年齢人口が減るので、将来的に就業者数を維持することが困難なのは自明です。人手不足は始まったばかりです。これからさらにさらに深刻になります。

■「高齢者の活躍」には限界がある

 この問題の対策として、「高齢者にもっと労働してもらえばいい」という意見も耳にします。

 しかし、高齢者自身の平均年齢が上がっているので、仮に今まで以上に高齢者層の労働参加率が高くなったとしても、生産性の極めて低い層ができあがるだけの結果になるのは想像にかたくありません。

 結局、経済規模を維持するために、論理的に残される選択肢は、次の2択です。

(1) 女性活躍によって労働生産性を上げる(質の向上による成長)
(2) 移民を増やして労働者の数を維持する(量の増加による成長)

 先ほど説明したように、日本では第2次安倍政権以降、女性の労働参加率が上昇しましたが、生産性を向上させる結果には結びついていません。

たしかに女性の労働参加率は上昇しましたが、前回の記事で説明したように、新たに職に就いた女性の大半はアルバイトかパートで、最低賃金かそれに近い報酬しか手にできていません。

■なぜ女性の生産性は上がらないのか

 最低賃金またはそれに毛の生えたような低賃金しかもらえていないということは、付加価値の低い仕事しか任されていない実態を映し出しています。

 アルバイトとパート、つまりフルタイムではない人が多いので、働いている人数は増えますが、働いている時間は正規雇用と比べて短く抑えられています。とりあえず、何らかの形で仕事についた人は増えたものの、フルに活用されていない人が増えただけというのが実態なのです。

 日本人女性の能力は、男性と比較しても決して低くはありません。そのように高い能力を備えているのにもかかわらず、彼女たちの収入は20代でピークを打って、その後はずっと下がり続けてきたのがこれまでの現実です。

 女性の収入水準を男性と比べると、20~24歳で86.8%になるものの、それ以降は55~59歳までずっと下がってしまってきました。結果として、日本の場合、女性の所得は男性に比べて平均55.4%にとどまってしまっています。

 ちなみにアメリカの女性の所得は男性の83.0%ですので、日本でいかに男女の収入格差が開いてしまっているか、理解していただけると思います。

■日本とアメリカの差は雇用形態の差

 この差の最大の原因は雇用形態です。日本の女性は男性と違って、25歳から64歳まで、圧倒的に非正規雇用が多いです。2022年末では、男性の正規雇用比率は77.5%だったのに対し、女性は45.6%しかありませんでした。女性は労働力の47.1%を占めていますが、女性の非正規雇用は男性の2.2倍で、68.3%を占めていました。

 日本の労働生産性を上げたいならば、女性の生産性と賃金を上げるべきです。なぜなら、いままであまりに低水準に抑えられてきたため、大きな伸びしろが残されているからです。

 年収の壁による経済損失は単純計算で、年間137.7兆円となっています。その根拠は、男性の平均所得にアメリカの対男性の女性所得比率をかけて、その結果を働く日本人女性の数にかけた結果が、137.7兆円となるからです。

 要するに、545万円の男性所得に比べて、女性の所得は現在302万円ですが、男性の83%ならば、女性の所得は452万円になります。150万円も増えて、1.5倍となります。それを働く3045万人の女性に当てはめると、137.7兆円となるわけです。

■なぜ日本の女性の生産性と賃金は低いのか

 さて、生産性と賃金を上げる手立てを探るためには、「なぜ日本の女性の生産性と賃金は低いのか」、その原因を探る必要があります。

 結論から言うと、扶養控除などいくつかの財政政策に原因があると言えます。

この件に関しては、東京大学大学院経済学研究科の北尾早霧教授らの「女性と労働参加と生産性:税・社会保障制度の役割」という、素晴らしい論文があります。英語のタイトルは「Why Women Work the Way They Do in Japan: Roles of Fiscal Policies」です。

 以下、そのサマリーから一部を引用します。

本論文においては、女性の労働参加と賃金構造を説明する世代重複型モデルを構築する。その上で、財政政策に焦点を当て、配偶者控除、第三号被保険者の社会保険料免除および遺族年金が女性の行動にどのような影響を及ぼしているか分析する。
その結果、いずれの制度も女性の就労意欲を抑制し、賃金水準を低下させることがわかった。3つの政策が全て廃止されていた場合、平均労働参加率は13パーセントポイント、平均賃金は約28%高い水準になるというシミュレーション結果が得られた。

労働参加率が上昇するだけでなく、より多くの女性が非正規ではなく正規雇用を選び、ライフサイクルを通じた人的資本の蓄積によって所得が増加する。税負担は増すが、所得増の効果が上回ることで平均消費水準は上昇し、政府歳入の増加分を還元することにより、厚生も改善することが示された。
持続的な所得水準の上昇には、生産性の上昇が不可欠だ。無所得あるいは低所得の配偶者の生活費を支えるために講じられてきた政策は、低所得者を保護するという本来の役割を果たしておらず、女性の労働参加や生産性と賃金上昇の大きな足枷となっている。(太字は筆者による)

 この論文では、いわゆる「年収の壁」が取り上げられており、これらの存在が女性自ら非正規雇用を選択し、労働供給を制約する原因とされています。

 年収の壁は、以下のようにいくつも存在します。

(1) 100万円の壁
(2) 103万円の壁
(3) 106万円の壁
(4) 130万円の壁
(5) 150万円の壁
 100万円前後で住民税が課税され始め、さらに103万円以上になると今度は所得税が課税され始めます。106万円以上になると、社会保険の加入が必要となる勤務先もあります。130万円となると、社会保険の加入が必要になります(他の条件もあり)。150万円は満額の配偶者特別控除を受けられる年収の上限です。

■年収の壁は「人口増加時代」の遺物

 もとはどんな意図で導入されたかはともかく、これらの壁の存在によって、女性たちはこれらの壁を超えないように労働時間を調整しています。つまり、今の税制は女性が供給する労働時間を制限する結果をもたらしているのです。

 人口が増加していた時代に設けられたこの制度は、そもそもはそんな意図はなかったのかもしれませんが、人口が減少し続けている今、そのひずみが際立ってきてしまっているのです。

 日本の女性は学力も能力も高いのにもかかわらず、税制の影響で労働時間が制限されてしまうため、正社員ではなくアルバイトやパートといった非正規雇用を選んでしまいがちになります。その結果、生産性の高い仕事に就くのが難しくなってしまっているのです。

 最低賃金引き上げの議論では、「年収の壁があるため、最低賃金を引き上げると、女性の労働時間がいっそう短くなり、人手不足が悪化する」という声も上がっています。

 政府は年収の壁の「金額」の引き上げなども検討しているようですが、この考えはそもそも間違っています。ここまで社会保障の負担が劇的に重くなり、国民負担率を重くしているので、労働供給と賃金に悪影響を与える税のゆがみは、小手先の修正では解決できません。制度自体を完全に廃止するべきです。

 北尾教授らの論文が示すように、配偶者の扶養控除の金額を上げるのではなくて、完全になくすべきです。そして、女性たちに働きたいだけ働いてもらい、稼ぎたいだけ稼いでもらって、所得税などを普通に支払ってもらえばいいのです。

 現行の制度では、女性の場合、結婚することで所得を制限されてしまうことになります。結婚というのはそもそもパートナーと幸せになるための行為なのにもかかわらず、今の制度では「Marriage penalty」とでも呼ぶべき罰金が科されることになってしまっています。

 また、今もらっている人以外、第3号被保険者制度も廃止すべきです。ここまで社会保障の負担が重くなっているのに、保険料を納めていない人でも年金がもらえる制度は、持続することも不可能ですし、正当化する理屈も見当たりません。

 そもそも、この制度は130万円の壁の原因で、明確なモラルハザードとなっています。制度が創設された1985年時点では、まだ余裕があったので導入されましたが、今の時代では存続させる理由がまったく理解ができない「愚制度」でしかありません。

 このように百害あって一利なしの制度をさっさと整理・廃止する一方、諸外国のように子ども手当などは充実させるべきでしょう。

 当然、企業も女性の働き方を考え直す必要がありますし、女性自身ももっと積極的に社会に出て働くよう、気持ちと姿勢を改めるべきです。

■「女性の活躍」か、「大量の移民の受け入れ」か

 このように女性の飛躍的な活躍に期待したいところではあるのですが、これまでの日本の歩んできた道のりを振り返ると、とてもではありませんが楽観視はできません。

 仮に女性の活躍が進まなければ、労働力の確保に苦労する企業が増えます。2060年に予想される生産年齢人口を、今の企業数に、労働条件の良い大企業から配分していきますと、中小企業の数は激減します。挙句の果てには移民の増加を要望する声も高まることが予見されます。

 日本では、今後数十年で3000万人の労働力が市場から消滅する見込みですので、その分を移民の受け入れで補おうとしても、年間100万人単位ではまったく足りません。

 フルタイムで働く日本人が減れば減るほど、さらなる移民受け入れ増加を希望する声が高まることも予想されます。

■移民が増えれば、その声も大きくなっていく

 もちろん、移民が増えるほど、彼らからも医療制度の充実を要求する声が強まるでしょう。彼らも日本に居を構えて、働き、税金を支払うので、このような要求が上がるのは当然の流れです。そうなれば、彼らからも年金の支給を要求する声が出てくるのは容易に想像されます。

 さらに移民が増えると、自治体によっては外国人が人口の過半数を占めるところも現れるでしょう。

 日本は民主主義の国家なので、たとえもともとは移民であっても、納税者として長く住んでいれば行政に対する影響力は強くなります。最終的には、少なくとも地方の参政権を認めざるをえなくなる可能性は否定できません。

 現時点では、そこまで考えている人は少ないと思いますが、論理的に考えれば容易に想像できるシナリオです。

 「そんなことは絶対に受け入れられない」と彼らの要求に対して拒否感を覚える人もいるでしょうが、高齢化社会の負担を軽減するために、移民を積極的に受け入れる一方で、参政権は認めないという「ご都合主義」は通用しません。

 社会保障の負担が大きいため、移民の受け入れでその負担を軽くするという願望が強ければ強いほど、受け入れる移民の数を増やさなくてなりません。結果として、彼らの参政権を認めないわけにはいかなくなります。

 逆に言うと、彼らの要求を認めなければ、移民の増加も制限されるでしょうから、社会保障の負担を彼らに負わせるという都合のいい願望は絵に描いた餅に終わります。

 結局、論理的に考えると、年収の壁や第3号被保険者制度の廃止をしなければ、大量の移民を受け入れざるをえず、かつ、彼らの参政権を認めざるをえなくなります。

 配偶者の扶養控除を廃止しないことで、生産性が上がらず、社会保障制度の持続性に悪影響を与え、結果として大量の低賃金の移民を受け入れざるをえなくなる……愚策以外の何物でありません。

 1日も早く、扶養控除も第3号被保険制度も廃止しなくてはならないのは、火を見るより明らかなのです。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:4/19(金) 8:01

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング