「100年安心年金」の公約は破綻した――いま大改革を行わなければ手遅れになる

5/5 6:02 配信

マネー現代

(文 野口 悠紀雄) 2004年に提案された「100年安心年金」のプランにしたがって年金保険料が引き上げられてきたが、「100年安心」とはならず、国民年金で負担増加が必要になった。厚生年金も、将来に向けて同じ問題を抱えている。財政検証では、高い実質賃金上昇を仮定することで、この問題を隠蔽している。

「100年安心年金」が破綻し制度改革が必要に

 今年の年金財政検証では、国民年金の財政対策の試算を行なうことが決まっている。この試算に基づいて、制度改正が行われる可能性が高い。

 2つの方法が提案されている。第1は、国民年金の保険料納付期間を現行の60歳から 65歳までに引き上げること。第2は、厚生年金から基礎年金への振り込み率を引き上げること。そのためには、消費税の税率を上げる必要がある。どちらが行われるにしても、かなり大きな制度改革だ。

 以上の措置が必要になるのは、人口高齢化が進展するため、保険料負担者が減り、年金受給者が増えるからだ。言うまでもなく、これは以前からあった問題だ。これに対処するため、2004年の公的年金制度改革で、政府は次のような基本的な方針を決めた。

 第1に、2004年から2022年の間に、厚生年金の保険料率を13.9%から18.3% まで31.7%引き上げ、国民年金の保険料を1万3580円から1万6980円まで25%引き上げる。

 第2に、給付を徐々に切り下げる。そのための手段として「マクロ経済スライド」が導入された。これは、既裁定年金を、毎年0.9%程度減額する措置だ。

 以上の措置を20年間続けて、2023年に終了する。当時の見通しでは、その後は保険料引き上げやマクロ経済スライドを行わなくても、所得代替率が50%を下回らない年金を100年以上にわたって継続できることになっていた。これが、日本政府が国民に公約した「100年安心年金」である。

 その後、保険料の引き上げは、計画通りに行なわれた。それにもかかわらず、冒頭で述べた改革が必要になった。これは、「保険料を引き上げなくともよい」という政府の公約が破綻したことを意味する。

高すぎる実質賃金上昇率を仮定して、ごまかしてきた

 なぜ公約が実現できなかったのか? 原因は2つある。第1は、マクロ経済スライドを、20年間のうちわずか4回しか実行できなかったことだ。だから、給付水準は想定したほどは低下しなかった。所得代替率で表される給付水準は、むしろ上昇してしまった。つまり、過剰給付が行なわれた。

 第2の理由は、実質賃金上昇率に関する見通しが楽観的過ぎたことだ。この点について、以下に説明しよう。

 年金財政は、物価上昇に関しては、ほぼ中立的になっている。物価が上昇すると、名目賃金が増えるため保険料収入が増える。しかし、インフレスライドがあるため、年金額も増加するからだ。

 しかし、実質賃金上昇に関しては中立的でない。これは、物価上昇率がゼロの経済で、賃金が上昇した場合を考えると理解しやすい。この場合、厚生年金の既裁定年金は影響を受けない。新規裁定年金額は増えるが、年金給付総額中の比率はわずかだ。他方で、保険料は賃金上昇率と同率で増加する。したがって、実質賃金上昇率が高いと、年金財政は好転するのである。財政検証においては、高い実質賃金上昇率を想定したため、年金財政に問題が生じないとの結論になっていた。

 ただし、以上で述べたのは、厚生年金など、保険料が賃金に対する比率で決められている場合だ。国民年金では保険料が名目値で決められるため、上記のメカニズムは働かない。冒頭で述べた問題が国民年金で必要になったのは、このためだ。

 実際には、同様の問題が、厚生年金などでも潜在的に生じている。しかし、財政検証では実質賃金伸び率を高く仮定しているので、その問題が隠蔽されてきたのだ。今回の財政検証でも、このバイアスは残っている。

厚生年金の経常収入は赤字になる

 2020年から40年の20年間を見ると、保険料を負担する15~64歳人口が約20%減少し、年金を受給する65歳以上人口が約10%増加する。

 だから、保険料収入は、今後20年間で約0.8倍になる。基礎年金への国庫負担は、受給者の伸びと同率で増えるので、20年間で約1.1倍になる。厚生年金の場合、2階部分(所得比例部分)が全体の2/3であり、基礎年金が1/3であるとすると、経常収入(保険料と国庫負担)は、今後20年間で約(2/3)x0.8+(1/3)x1.1=0.9倍になる。つまり、2040年には、現在より約1割減少する。他方、年金額は、受給者数が増えるので現在より約1割増加する。したがって、収支は悪化することになる。

 年金会計の経常収支は、現在ほぼ均衡している。だから、今後は各年度の収支が赤字になり、赤字額が増大することなる。

 厚生年金は巨額の積立金を保有しているので、それを取り崩すことになるが、いずれ枯渇する。したがって、大きな制度改革をしないかぎり、公的年金は破綻することになる。

 では、どうしたらよいのか? これについて、以下に検討する。

マクロスライドの継続・強化が必要

 マクロ経済スライドがこれまで機能しなかったのは、「年金額の名目値を減らさない」という制約を付けたからだ。公的年金には物価スライド制があるので、物価上昇率が0.9%を超えれば、マクロスライドを実行しても年金の名目値は減らない。ところが、物価上昇率が0.9%を超えることは稀だったので、稀にしか実行できなかったのだ。せっかく制度を作りながら、骨抜きにしたことになる。

 したがって、今後は、単にマクロスライドを継続するだけでなく、強化が必要だ。仮に上記の制約を完全に撤廃すれば、年金額は毎年約0.9%減少するので、20年後には、0.835倍になる。したがって、前項で述べた問題(経常収支の赤字化)は、ほぼ解決できることになる。

 所得代替率は、厚生年金で61.7%(2019年度)であるものが、51.5%に低下する。「所得代替率が5割を下回らない」という公約はぎりぎり実現できる。

 ただし、これ以降もマクロスライドを実行すれば、所得代替率は5割を下回る。これを防ぐには、基礎年金に対する国庫負担率を現在の2分の1より引き上げるしかない。つまり今回国民年金に対して必要とされていることが、いずれ厚生年金についても必要になるわけだ。言うまでもなく、そのためには消費税増税等の財源措置が必要になる。

年金大改革をいま行なわなければ手遅れになる

 以上の改革が行われなければ、厚生年金の経常収支は赤字になるので、積立金の取り崩しが必要になる。そして、いつかは積立金が枯渇する。したがって厚生年金についても、支給開始年齢の引き上げや国負担率の引き上げ等の大きな制度改革が必要になるだろう。

 しかし今回の財政検証では、こうしたことは問題にされずに終わりそうだ。

 まず、「成長実現」や「長期安定」ケースでは、物価上昇率が2%なので、現在の制度のままでマクロスライドが実行できてしまうことになる。したがって、物価上昇率が低いケースを注目することが必要だ。

 また、実質賃金の伸び率を高く仮定するバイアスも残されている。このように、日本の年金は将来にわたって極めて深刻な問題を抱えながら、それが財政検証には現われないという事態が続く。

 改革をするのは、いまがギリギリだ。つぎの財政検証まで待てば、手遅れになる危険がある。

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最終更新:5/5(日) 6:02

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