「便利」だけでは済まない 気軽に「退職代行を使う人」が知らない残酷な社会の現実

5/17 19:32 配信

東洋経済オンライン

 もはや、この時期特有の五月病によるものではなく、社会現象と言っていいかもしれません。ゴールデンウィーク前から現在にかけて退職代行サービスを使う人が続出し、テレビやネットでその詳細が報じられ続けています。

 特にテレビでは「連日どこかの番組が扱っている」という状態。朝から夕方までの情報番組に加えて、夜の「報道ステーション」(テレビ朝日系)や「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)、さらには地方局やBS局までがこの話題を扱っています。

■すでに100社以上ある退職代行の活況

 「すでに100社以上」と言われる退職代行サービスの中で、最もメディアにピックアップされているのが、ユニークなネーミングの「モームリ」。

 利用料が正社員2万2000円(税込)という同サービスは、依頼者に代わって勤務先に退職の意向を連絡するほか、必要な手続きも代行。2名の弁護士が監修し、労働環境改善組合と提携していることもあって、4月だけで過去最多の1397件(うち新卒208人)の依頼があり、連休中や連休明けも数百件単位での問い合わせがあるようです。

 退職代行サービスそのものは2010年代後半あたりから何度かSNSやメディアで話題になっていましたが、今回の動きはそれを大きく上回るものと言っていいでしょう。もちろん同サービスの利用者は、まだ一部の人々に過ぎないものの、「退職のスタンダードになっていく」という見方もあります。

 現在ネット上の記事やSNSは、退職代行サービスについて「便利」「合理的」「需要がある」などの肯定的な声から、「ずるい」「マナー違反」「ありえない」などの否定的な声まで、さまざまなコメントが飛び交っている状態。しかし、そのどちらでもなく、「危うい」と思わせられるいくつかのポイントがあるのです。

 まず退職代行サービスを利用する人の主な退職理由からあげていきましょう。

 最も多いと言われているのが、人間関係、仕事内容、待遇の3つ。

 人間関係は「上司や同僚と合わない」「ハラスメントを受けた」、仕事内容は「希望の部署ではなかった」「やりたい仕事ではなかった」、待遇は「給与が低かった」「残業が多く休日が少なかった」などの理由が退職代行サービスを利用する理由として語られているほか、悩み相談のコンサルをしている私のもとにも同様の声が届いています。

 このように退職理由が「思っていたものと違った」「聞いていたものと違う」という不満にもとづくものだからこそ、勤務先への嫌悪感がある。あるいは、上司に打ち明けて口論になることを避けるために、退職代行サービスを利用するのでしょう。

 その他でも、「上司に言いづらい」「辞めさせてもらえない」「説得されるくだりが無駄」なども退職代行サービスを利用する理由。逆に上司や同僚としても、急に辞められることに対するネガティブな感情はあっても、「退職代行サービスを使ってもらうほうが気楽でいい」という人もいるようです。

 しかし、入社から日が浅い人は、まだキャリアにつなげられるほどのスキルや経験を得られておらず、「転職のカードが少ない」という状態での就職活動を余儀なくされるのがつらいところ。また、自分が「入りたい」と思うような企業は新卒中心の採用で、「募集があるのは同じように誰かが早々に辞めた企業になりやすい」という現実があります。

 “売り手市場”という言葉に惑わされず、自分の市場価値を冷静に見極められているか。退職代行サービスが手軽に使えるものだからこそ、退職の時期を選ぶ判断力や、それに向けた準備力が問われているのです。

■世間は狭く同業種はつながっている

 さらに問題なのは、「就職活動のときに退職代行サービスを利用したことが知られてしまう」というケースがあること。つまり、その後のキャリアに影響を及ぼすかもしれないのです。

 これまでの取材経験上、人事担当者たちの中には「退職代行サービスの利用を快く思っていない」という人が少なくありませんでした。時間とお金をかけて採用し、先行投資する形で育成していたのですから、人事担当者がそう思ってしまうのは当然かもしれません。

 また、「話を聞く余地なく辞めてしまう」ことを問題視しているうえに、社内で人事担当者の評価が下がったり、叱責されたりという事態が起こりうることも理由の1つでしょう。

 「人事担当者には横のつながりがある」のは当事者間では知られた話ですし、特に同業種では「ネガティブな情報として共有されてしまう」というリスクを無視できません。どんなに売り手市場だとしても選ぶ権利は両者にあり、退職代行サービスを使って自分が相手との関係を絶った分、次の相手からも関係を絶たれやすくなってしまうところがあるのです。

 企業側としては、退職代行サービスを使って辞める人が増えると、「退職者が増える→人手不足になる→労働環境が悪化する→ますます退職者が増える→ますます人手不足になる→ますます労働環境が悪化する」という悪いループにはまりかねないリスクがあるだけに、警戒されてしまうのは当然なのです。

 「ブラック企業なら自業自得」というところもあるでしょうが、はたして本当に企業側だけが悪いのか。いずれにしても、退職のハードルが下がりすぎることは、「働きづらい企業が増え、世の中の活動が停滞してしまう」という危うさと紙一重なのです。

■LINEの「ブロック」の感覚で使用されている? 

 退職代行サービスを利用する理由の中で、もう1つ大きいのは、「スパッと辞められる」こと。

 「辞意を伝えてから退職までの間、気まずい雰囲気の中で働かなくていい」「退職の挨拶まわりや、お礼のお菓子を買うなどをしなくていい」。自ら「ここまで」と線を引くようにスパッと辞めたい人が多いようなのです。

 そもそも「モームリ」への依頼は約9割がLINEで行われ、対面や電話は少ないとのこと。その行動パターンとしては、プライベートで「誰かのLINE IDをブロックする」「LINEグループから退会する」、あるいは、恋人への別れもLINEでする。人間関係リセット症候群にも似た行動パターンと言っていいでしょう。

 ふだんこれらの行動パターンを取っている人であれば、退職代行サービスの利用に躊躇がなくて当然かもしれません。ただ、LINEのブロック、退会、別れ、リセットが繰り返しやすく、一度行うとハードルが下がるのと同じように、退職代行サービスの利用もハードルが下がるきらいがあります。

 たとえば、まだ迷っている段階なのに、退職代行サービスを使って辞めてしまう。少し納得がいかないことがあるだけで、「退職代行サービスを使おう」と思ってしまう。

 やっかいなのは、退職することのハードルが下がり、引いては「『合わない』と感じたものや嫌なものから条件反射的に逃れる」という行動がクセになってしまうこと。その結果、「自分に合う仕事、職場、上司や同僚などが見つからず、スキルも経験も積み上げられないまま、気づけば年齢だけ重ねていた」という事態につながりかねません。

 本来、仕事に関しては「お金を稼ぐためには、これくらいはやったほうがいいのかな」「最低限、同僚や取引先に迷惑をかけないようにしよう」などの潜在意識があり、それが生きていく力として必要な耐性を養うことにつながっていきます。

■辞め方によっては損害賠償の請求も

 しかし、早期退職を気軽につづけ、耐性が養われない人は、プライベートでも苦労しかねないのが怖いところ。たとえば、家族、友人、恋人との関係性、健康や買い物などにおける耐性にも欠けてしまい、「危機を乗り越えられなかった」という人が少なくないのです。実際、筆者の相談者さんにも、「転職を繰り返し、恋愛・結婚もうまくいかない」という人は数え切れないほどいました。

 さらに、一定の耐性がない人は、感情的になりやすくストレスを抱えやすいだけでなく、その状態が続くことで「生きていくことがつらい」「自分には本当の味方がいない」などと落ち込む傾向があるのも苦しいところ。もし大半の人が退職代行サービスを利用する時代になったら、個人は人と向き合えず耐性の足りない人が増え、企業は現場や人事などの課題改善という機会を逃しかねないでしょう。少なくとも、繰り返し退職代行サービスを利用する人は、「別のところで耐性を身につけよう」という意識が必要なのかもしれません。

 そしてもう1つ、忘れてはいけないのが、「辞め方によっては企業から損害賠償請求を受ける」というケースもあり得ること。その場合、退職代行サービスがすべて対応してくれるとは限らず、「自分で弁護士を探して依頼した」という話を聞いたことがあります。

 もちろん退職代行サービスの利用自体は悪いことではなく、それだけで訴えられることはないでしょう。しかし、必要な引き継ぎなどを行わず、急に投げ出した結果、売り上げを大きく下げてしまった。重要な取引先を失ってしまった。企業や商品のブランドを傷つけてしまった。機密情報を持ち出したまま無断欠勤を続けたなど、実害が出たケースは要注意です。

 逆に「退職代行サービスを利用したことで、企業から未払い給与や退職金をもらえなかった」というトラブルも聞いたことがあります。「これらの事態が起きたときに対応できる退職代行サービスなのか」「その場合、労働組合や弁護士のサポートは受けられるのか」は事前に確認しておいたほうがいいでしょう。また、「こじれた結果、しばらく退職できなかった」というケースもまれに起こりうるため、退職代行サービスを利用するとしても、やはり辞め方は大事なのです。

■辞める側と辞められる側は紙一重

 最後に誤解なきよう書いておくと、退職代行サービスそのものに問題があるというわけではありません。むしろ、不適切な労働環境によって心身ともに追い込まれた人が「退職代行サービスで命を救われた」という話をいくつか聞きましたし、その社会的意義は明確です。

 さらに、「ブラック企業への注意喚起を促す」「転職のハードルを下げられる」などの意味でも、ポジティブなサービスと言っていいでしょう。厚生労働省の調査では、大卒3年以内の離職率は32.3%(2020年)と「3人に1人は早期退職」する時代であり、今なおジワジワと増えている点も含め、時代に合うサービスであることに疑いの余地はないのです。

 それでも退職代行サービスを利用する人に忘れてほしくないのは、「自分が上司や同僚と向き合わずに辞める立場なのか」、それとも「自分が上司や同僚の立場で『なぜ直接言ってくれなかったのか』と驚き、悲しみ、怒る立場になのか」は紙一重であること。組織で勤めていれば当然どちらの立場にもなりますし、もし起業しても誰かを雇用するときは「突然、第三者からの連絡のみで去られてしまう」という苦しみを味わうかもしれません。

 そしてもう1つふれておきたいのは、「今、仕事で悩んでいる」「退職代行サービスを使わずに辞めた」という人について。

 「今、仕事で悩んでいる」という人は、今回の「退職代行サービスの利用者が急増している」というニュースを聞いて、「自分は頑張れている」「何とか踏み留まっている自分は偉い」と自己肯定感を上げればいいのではないでしょうか。また、「退職代行サービスを使わずに辞めた」という人は、企業と担当者と向き合って対応できたことを自分の誇りにしてもいいでしょう。

 退職代行サービスを使う人ばかりにならず、両者のような人が存在することが、社会にとって大事なのです。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/17(金) 19:32

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング