「香港に5億ドル投じる…」謎だらけの「ドバイ王子」、AI顔認証で100%マッチした“驚きの人物”とは?

4/26 13:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 3月末、香港ではスパイ行為など国家の安全を脅かす行為を取り締まる「国家安全維持条例」が施行された。ますます香港社会の統制が強化される見込みだが、それとほぼ同タイミングで起きた出来事に香港社会は盛り上がって(?)いる。アラブの王族の一人、通称「ドバイ王子」が香港に5億ドルを投資するというのだ。政府も民間も香港にやって来たドバイ王子を大歓迎したが、あるスクープ記事が出てドバイ王子は国に逃げ帰ってしまった。さらにAI顔認証にかけたところ、ドバイ王子がフィリピンの歌手にそっくりだという話まで出てきた。ドバイ王子とはいったい何者なのか……?(フリーランスライター ふるまいよしこ)

● ブルームバーグが「ドバイの首長一族が 香港にファミリーオフィス開設」と報じる

 3月19日、香港の最高議決機関の立法会会議で国家安全維持条例が可決された。これは香港の小憲法と呼ばれる「香港基本法」第25条に基づいて制定された公安条例だが、20年前に市民の大規模な反対により一度は撤回されたという、いわく付きのものである。

 ただ、20年前には予想もされていなかった「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)がすでに2020年に施行されている。これによって市民たちがほぼ完全に自身の声を政治に反映させるすべを失ってしまったところに、再び同条例の草案が上程されて駆け足で可決された。警察官出身の李家超・行政長官は、その日を「光栄な使命を完成させた歴史的瞬間」と形容し、「今後は経済発展に全力を注ぐことができる」と述べた。

 それとほぼ時を同じくして、米ブルームバーグが「アラブ首長国連邦(UAE)のシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首相の甥」のシェイク・アリ・ビン・ラシェド・アール・マクトゥーム氏が、5億米ドルを投じて、香港にファミリーオフィスを開設すると伝えた。

 ファミリーオフィスとは、富裕層の家族や一族の資産を運用したり、その管理を行ったりする投資会社のことだ。

● 政府が富裕層向けに新たな投資優遇政策を打ち出す 香港が中東とのつながりを重視する理由

 世界的にも低税率で知られる香港には、これまでも特に中国の富裕層などがファミリーオフィスを置いてきたが、香港政府は昨年、その顧客層をもっと広い世界へ拡大しようと、新たな投資優遇計画を打ち出した。

 新しい誘致計画では、3000万米ドルの投資資金を運用し、専門職員2人(香港人かどうかは問わない)を常駐させ、年間運営経費が200万香港ドル(約4000万円)以上のファミリーオフィスに対し、その資金を投じて得た株式、債券、その他合法的な投資による利益への税金16.5%を免除することになっている。こうして香港政府では、2025年までに少なくとも200のファミリーオフィスを誘致する計画だ。

 そして政府は、そのターゲットを中東に向けた。最大の理由は、中国が推進する一帯一路政策だ。同政策において、「国際金融都市」香港には世界からの資金プールの任務が振り分けられた。中東は中国にとって非常に重要な地域の一つであり、これまで先進国と渡り合ってきた香港の国際地位を利用してその交流の窓口となることが期待されている。

 もう一つの理由は、中国と米国の緊張関係が続き、それに準じる欧州との関係も今ひとつスムーズではないことだ。このため、中国は欧米以外の地域との関係強化を進めており、中東はさまざまな意味で大きなターゲットとされている。

 香港も2020年の国家安全法制定によって、李家超行政長官を含め政府高官の多くが米国のビザ制裁を受けた。そのため、李長官は昨年11月に米サンフランシスコで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に出席できず、代わりに制裁対象になっていない陳茂波・財政長官が派遣された。

 そんな李長官が就任後の2年間に訪れた外遊先は、中国国内と東南アジアを除けば、昨年3月の中東歴訪のみ。そしてこの訪問を足がかりに中東各国に向けたファミリーオフィス誘致宣言を行ったのである。

● 5億ドルを投じ「今月末には大きな成果を発表できる」 ドバイ王子が香港を訪問し、大人気に

 それからほぼ1年。陳財政長官は国家安全条例の成立とともに、すでに今年2月までに、58のファミリーオフィスが開設され、さらに100超が現在開設を検討中、あるいは準備、さらには拡張を進めていると明らかにし、「今月末には大きな成果を発表できる」と笑顔を見せた。

 それが前述のシェイク・アリ・ビン・ラシェド・アール・マクトゥーム氏による5億米ドルを投じたファミリーオフィス開設だった。この件が明らかにされると、香港メディアはすぐさま、聞き慣れない中東名を回避するように同氏を「ドバイ王子」と呼び始めた。

 国家安全条例施行の週末には、「待ってました」とばかりに政府はファミリーオフィスをテーマにした投資シンポジウム「Wealth for Good」を開催。ドバイ王子はオフィスオープニングを前に香港入りし、シンポジウムに登壇して自身の香港への投資について講演した。

 さらに、香港の主要銀行である恒生銀行がバックアップする恒生大学とも協力覚書を交わし、学生との交流や奨学金、スポンサーシップなどへの協力を約束。大学側は同王子に名誉教授の称号を送った。そして、同王子はシンポジウムの出席者と共に、李家超・行政長官主催のパーティーに出席して歓談するなど、香港側は政府も民間も王子のオフィス開設を大歓迎する様子が日々、報道に流れ始めていた。

 ところが、である。

● サウスチャイナ・モーニングポストのスクープ “ドバイ王子”はいったい何者なのか?

 そのファミリーオフィス開幕の前日、英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(以下、SCMP)が、ドバイ王子の身元に不明な点があるとする記事を掲載したのだ。記事のタイトルは「身元不明のドバイ王子:行政長官との面談前に、政府はデューデリジェンスを行わず」と、投資業界用語である「デューデリジェンス」(投資対象への調査)という言葉を使ったかなり刺激的なものだった。

 ドバイ王子は「Sheikh Ali Bin Rashed Al Maktoum」と名乗っており、うち「Bin Rashed」は「Rashedの息子」という意味を表す。だが記事によると、ドバイ首相には「Rashed」という名の兄弟はおらず、王子が「ドバイ首相の甥」だという確認が取れないというのだ。また、アール・マクトゥー厶家の族譜を見ても、同王子の名前が見当たらないという。

 さらに、王子のUAEの本拠地住所を調べてみると、ドバイから約29kmも離れた中産階級住宅地に位置していた。また、王子がこれまでどのような投資や経済活動を行ってきたのかの具体的な動向が一切つかめないと伝えていた。

 ただ、記者がUAE駐香港領事館に確認したところ、「Sheikh」は首長(王族)につけられる言葉で、「アリ・アール・マクトゥーム」は間違いなく王族出身者であることを示しているという回答だった。また、王族に詳しい消息筋は、同王子が王族の「遠い支族」の出身だと証言したとされる。

 この記事から、ドバイ王子は人々が当初(ぼんやりと)描いていたイメージとはかなりかけ離れた存在らしいことが明らかになり、このドバイ王子と呼ばれる人物はいったい何者なのか?という疑問の声があっという間に広がった。

 記事ではまた、行政長官の事務所から疑問が呈されない限り、日常的な表敬訪問に対して相手の身分チェックをするような習慣はないとする政府高官の声も伝えている。

 その結果、「5億米ドルを投じて香港にファミリーオフィスを開設するとしているドバイ王子の身元や財政的背景の調査がされないまま、香港政府のトップとの面会が許可されていた」と記事は伝えていた。

● ドバイ王子、スクープが出た日の夜に 急きょ香港を発ち、逃げ帰る

 この大スクープが香港中の話題をさらったその日の夜、さらに事態が発展して人々を驚かせた。王子のファミリーオフィスが、「本国で王子が処理しなければならない緊急の事態が起きたため、急きょ帰国した」と声明を発表、翌日に予定されていた開幕式が延期されることを明らかにしたのだ。

 ドラマのような展開に香港中が沸き返り、人々の関心はドバイ王子に集中した。同オフィスはすぐに「開幕式は5月末に延期された」と発表したものの、人々の心に焼き付いた、王子が報道を受けて「逃げ帰った」という印象は消し切れなかった。

 いったい、王子は「本物の王子」なのか? 5億米ドルの投資は行われるのか? その金はどこから出てくるのか? いや、だいたい中東の王族なのに5億米ドルぽっちの投資なんて少な過ぎるじゃないか……。

 続けて、SCMPがさらに予想外の事実を掘り起こした。なんとドバイ王子は、2022年にフィリピンで大人気を博した、中東出身のシンガーソングライター「アリラ」(Alira)にそっくりで、複数のAIで顔認証をかけたところ、どちらも「100%マッチ」という結果だったというのだ(https://www.youtube.com/watch?v=ho8xYEvEg1M )。

 さらにこのアリラがテレビで話した歌手としての抱負は、ドバイ王子が香港の投資活動について語った内容とそっくりだったため、その同一性が印象付けられた。重ねて、「Alira」という名前はドバイ王子の名前の「Ali Rashed」から取られたものだとする報道も流れた。

● 王子だけでなく周りのスタッフも怪しい人物だらけ もしかして香港政府はだまされている?

 もちろん、王族が歌手であってもなんの不思議でもない。しかし、その経歴はそれまでファミリーオフィスの王子のバックグラウンドには書かれていなかったのである。

 メディアは次に、王子の代わりにオフィスで広報活動を行ってきた人たちに注目し始めた。

 オフィスのCEOとしてさまざまなメディアに王子と共に姿を見せていたイレノア・マック氏は、四川省のモノレール企業の香港代表を務めていたことが分かった。しかし、当該モノレール企業は中国国内での契約工期内に建設を間に合わせることができず、すでに不渡りを出して経営者は資産差し押さえに遭っていることが明らかになる。それなのに、彼女は昨年、親中派議員の後押しで香港市街地に同社モノレールを敷設するプランを政府に提案したという。

 また、オフィスの国際戦略トップとして名前を連ねるシンガポール人男性も、かつて暗号資産関連の事業を大きく展開した人物だった。しかし、その後米国の証券取引委員会の警告を受けて取引を中止させられていることも暴露された。

 公式ウェブサイト上に名前を連ねる、オフィスの主要メンバー3人はフィリピン国籍で、さらにそのうちの一人は元ミス・ユニバース・フィリピン代表だったという。だが、彼女はかつて詐欺事件に連座して逮捕されていることも分かった。

 ……こうなってくると、ますます疑惑が深まってくる。香港政府は、身元調査もしないまま、「5億米ドル」「ファミリーオフィス」「中東の王族」という宣伝文句に踊らされているのではないか?

● 王子絡みのドタバタ劇は「香港の名声を傷つけた」として スクープしたメディアが国家安全条例で罰せられる?

 中東に詳しいある香港人投資家は、「だからなんだ? 王子は香港から1ドルもだまし取ってはいないじゃないか」と、こうした疑問の声に反論した。

 だが、一方ではある金融投資家が、「だいたい、ファミリーオフィスというのは自国の税制を避けて海外に資産を移すためのもの。堂々と顔出しし、それを吹聴して回る王族などいないはずだ」と論じている。

 この先事態がどうなるかはまだ分からないが、このドタバタ劇は間違いなく、香港の世界的金融都市としての名声を傷つけたという指摘も金融関係者から出ている。

 政府は知らぬ存ぜぬを通しているが、一部では報道を受けて政府が王子のオフィス開幕式の出席者を財政長官からファミリーオフィス推進署トップへと引き下げたことが王子の不興を買い、帰国を決めるきっかけになったとするうわさも流れている。

 さらにSCMPは一連の報道後、「複数の匿名政府高官」から「(メディアによる身元調査が)海外投資家を不快にさせ、香港の投資環境を不利におとしめた可能性がある」とするコメントを受けたと伝えている。記事には書かれていないものの、それはまるで、施行されたばかりの国家安全条例の適用を匂わせた脅しのようにも聞こえなくはない。

 いったい、5月にドバイ王子ファミリーオフィスの開幕式は行われるのだろうか? だが、最終的に開幕してもしなくても、香港政府のチェック能力の不足ぶりが事件で暴露されたことで、香港の国際金融センターとしての評判にケチがついてしまったのは間違いないだろう。

ダイヤモンド・オンライン

関連ニュース

最終更新:4/26(金) 13:02

ダイヤモンド・オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング