台湾の日系自動車サプライヤーで強制労働の疑惑。トヨタ、日産、ホンダ、三菱はどう答えるのか

3/4 5:32 配信

東洋経済オンライン

日本の自動車メーカーが、台湾での人権侵害リスクに直面している。ベトナムやフィリピン、インドネシアなどの出稼ぎ労働者を現地の子会社やパートナー企業が雇用。その際に、労働者が本国のブローカーなどに多額の借金をする事例が後を絶たず、人権問題として持ち上がっている。グローバルサプライチェーンの問題に精通する筆者は調査チームを組織し、台湾での問題の実態解明に取り組んできた。
 「この工場での仕事のために、借金をしてベトナムの紹介業者に大金を支払いました。 借金がなくなるまで、私はほぼ1年間働きました。仲間のうち数人はまだ借金を抱えています」。ベトナム人労働者のトゥアンさんは私たち調査チームにこう語った。

 「仕事の紹介料を払うための借金で、家や土地を抵当に入れなければならなかった人もいます」と話したうえで、トゥアンさんは続けてこう言った。「故郷では到底不可能な収入を得るために家族を残してきました。家族の元に戻るには、長い間一生懸命働かなければいけません」。トゥアンさんの実名は、安全上の理由から伏せることにする。

 日本でも技能実習生として働く出稼ぎ労働者と話せば、このような証言は珍しいものではない。

 日本で実習生になるために、紹介業者への高い手数料を工面しようとして高額の借金を負う人が多数いることは広く報じられている。全員ではないものの、技能実習生の一部は過酷な状況に耐えることを強いられている。

 他方、ベトナムを発ったトゥアンさんがやってきたのは、日本ではなく台湾だった。

 日本と同じく、1990年代には台湾も、外国人に向けて労働市場を徐々に開放した。しかし日本とは異なり、技能の低い外国人は技能実習生としてではなく正規労働者として台湾にやってくる。彼らは、現地の労働者と同じ労働規制の対象となる。現在、日本では約40万人の出稼ぎ労働者(技能実習生)が働いている。一方、台湾では約70万人の出稼ぎ労働者が雇用されている。

■台湾での強制労働リスク

 トゥアンさんは、台湾の中心都市・台北周辺の工業地帯で働くためにベトナムの田舎からやってきた。彼の職場は自動車部品メーカーの六和機械(Lioho Machine Works:LMW)で、彼のほかにもベトナム、インドネシア、フィリピンからの数百人の出稼ぎ労働者が雇用されている。私たち調査チームは、それら3つの国すべての労働者に話を聞いた。その人数は10人以上に及んだ。

 海外からの出稼ぎ労働者は誰もが、台湾での仕事のために人材紹介業者へ手数料を支払ったと語った。

 ベトナム人労働者は、同国の最低賃金の2.5年分に相当する73万円以上を支払っていた。フィリピン人とインドネシア人労働者の支払い額は19万円ないし65万円だった。

 「出稼ぎ労働者は長年にわたって、仕事を得るための費用を払わなければいけない」。取材に応じた人たちはそう語った。

 彼らの多くは、紹介業者への支払いのために銀行や貸金業者から借金する必要がある。新しく来た労働者は今も借金返済のために働いている。

 「私は台湾でも現地の紹介業者に手数料を払わなければなりません。毎月、みんなが支払っています」とトゥアンさんは語った。

 取材に応じた全員が、台湾の紹介業者からも毎月サービス料を請求されていると述べた。しかし、誰一人としてサービスを受けていると感じてはいないという。彼らが支払うサービス料は、3年間の契約で基本給2カ月分に相当する。労働者の給与明細にこの手数料の記載はない。

 労働者はまた、管理職による罰金や懲罰的行為についても説明してくれた。

 寮の夜間の門限を破ったり、その他の規則に違反したりした場合、身分証明書が没収されるのだ。「お金を支払わないと、身分証明書を取り戻すことはできない」と、あるフィリピン人労働者は語った。

 労働者が工場でミスをした場合には、罰金が科せられる。

 「私たちが何かミスをすると、台湾の人材紹介業者に連絡が行きます。そして全員が事務所に招集され、マネージャーと人材紹介業者の前で犯したミスについて説明するよう求められる」とインドネシア人労働者は語った。「文句を言う勇気はありません。クビになれば、どうやって借金を返せるでしょうか」と、この労働者は厳しい立場をこう説明した。

 仕事を得るために高い借金を背負った労働者は、過酷な就労条件に耐えねばならないと感じるようになるかもしれない。というのも、借金によって仕事に縛りつけられているからだ。

 国際連合の専門機関である国際労働機関(ILO)によれば、これは債務拘束と呼ばれており、強制労働の重要な指標(またはリスク)とされている。取材対象者が経験した身分証明書の没収、脅迫、威嚇、そして脆弱性(弱い立場)の悪用も、強制労働に該当する可能性がある。

 トゥアンさんとその同僚の状況は、台湾の出稼ぎ労働者の間では決して珍しいものではない。

 彼らの多くが強制労働に巻き込まれる危険にさらされているのだ。海外の人材紹介業者が請求する高額の紹介料、現地の仲介業者が請求する避けられない手数料、パスポートの没収、職場変更に対する制約のほか、さらなる虐待に対するあらゆる固有の脆弱性が、国連機関や専門家、メディアによって長年にわたり広く報告されている。

 ところが、多くの外国企業が台湾のサプライヤーと何十年もの取引があるにもかかわらず、こうした問題をどういうわけか、いまだに見逃している。

■日系自動車会社に関連する強制労働リスク

 台湾における最大の産業は電子機器産業だが、自動車産業も重要だ。自動車関連の企業はおよそ3000社あり、台湾のGDPの3%を占めている。日本は、アメリカ、欧州連合(EU)、中国とともに台湾製自動車部品やコンポーネントの上位輸入国である。

 前出のLMWは、何十年にもわたって台湾の自動車産業の一角を担っている。同社の出稼ぎ労働者は、トヨタ自動車、三菱自動車、ホンダ、日産自動車向けの自動車部品を製造している。また、LMWは福特六和汽車(Ford Lioho)とゼネラル・モーターズ(GM)の直接のサプライヤーでもある。

 これらの企業はいずれも会社の方針で強制労働を容認しないと強調している。LMWは長年にわたり、これら大企業のために自動車部品を製造してきた。それなのに、LMWの従業員はなぜ今も、強制労働のリスクにさらされているのだろうか。自動車各社はこの問題に対処するつもりがあるのだろうか。あるいは、強制労働を容認しないという会社方針は実践されているのだろうか。

 トヨタはこの問題を調査中だ。トヨタの広報担当者は、「当社の人権方針とサプライヤーサステナビリティガイドラインは、暴力的で脅迫的な手段や借金という罠によって引き出されることの多い強制労働を容認しないと明記している」と述べた。

 LMWは、トヨタが株式の過半数を所有する台湾の自動車メーカー、国瑞汽車(Kuozui Motors)に自動車部品を販売している。トヨタは、「LMWでの外国人労働者の就労条件について国瑞汽車を通じて確認している」と述べた。

 ホンダと三菱は、関係会社を通じてサプライヤーであるLMWに確認を求めたところ、LMWは出稼ぎ労働者に強制労働の危険はないと述べたと、私たち調査チームに回答した。

 【2024年3月6日12時00分追記】初出時のホンダと三菱の回答に関する記述を上記のように修正いたします。

 ホンダのサプライヤーサステナビリティガイドラインでは、サプライヤーが強制労働をさせたり、その他の人権を侵害しないことを義務付けている。ホンダの広報担当者は、「2023年10月に最初の問い合わせを受けてから状況を確認するためにLMWに連絡し、同社の運営が台湾の法律および前述のガイドラインに従っていることを確認した」と述べた。

■三菱、日産の対応は? 

 三菱自動車は、「当社が直接雇用する従業員並びにサプライヤーやパートナーの従業員の人権および労働者の権利を重視している」と述べた。そして台湾のパートナーを介してLMWでの件に対処中であると説明した。そのうえで同社は「現在、世界中のビジネスパートナーに対して人権デューデリジェンスを実施するシステムを開発中だ」と述べている。

 なお、ホンダと三菱とも、経営陣に尋ねる以外に、LMWの出稼ぎ従業員から直接、事実関係を把握しようとしたかどうかについては明らかにすることを拒否した。

 日産は、「会社方針として、当社および裕隆日産(Yulon Nissan)はサプライヤーとの関係や労働の仕組みについてコメントしない」とした。そのうえで「私たちは、すべての適用法および規制を遵守している」と述べた。

 自動車部品サプライヤーのLMWは、私たち調査取材チームによる再三のコメント要請に返答しなかった。

 日本の自動車ブランドが見せたコミットメントと透明性の欠如とは対照的に、アメリカ企業のフォードおよびGMはサプライヤーにおける強制労働のリスクに対処することを約束した。

両社は、サプライチェーンでの紹介手数料の根絶と、そのような手数料が仕事に対し支払われた場合には労働者が払い戻しを受けられるよう保証することを公に明言している(GMの例はこのURLを参照)。

 同様の約束をしている日本の自動車ブランドはない。フォードは「この問題を調査中であり、第三者機関による独立審査も要請している」と述べた。

 GMは「これらの疑いについて報告を受け次第、直ちにサプライヤーへ連絡した。解決に至るまでサプライヤーと協力し、独立した検証と透明性を求めていく計画だ」と述べた。

 私たちが連絡を取っているLMWの従業員の1人は最近、「何も変わっておらず、何の払い戻しも受けていない」と述べている。

 国連特別報告者として現代的形態の奴隷制を担当する小保方智也氏(イギリス・ヨーク大学国際人権法教授)は、「台湾の外国人労働者は仕事とビザを得るために恩義を感じており、強制的な状況に弱い」と述べた。そのうえで「出稼ぎ労働者が債務拘束や強制労働に陥る複数のリスクに注意を払うことが重要だ。彼らの労働条件のあらゆる側面を評価する必要がある」と語った。

■束縛を取り除くために借金の帳消しを

 台湾での自動車生産の多くの部分は、日本企業の関連会社または子会社によって行われている。台湾本田は、ホンダの完全子会社だ。国瑞汽車の株式は、トヨタがその過半数(65%)を所有している。

 裕隆日産は裕隆グループ傘下にあり、日産が少数株主(40%)だ。三菱自動車のパートナー企業である中華汽車(China Motor Corporation:CMC)の株式の14%を所有している。

 これらの企業は出稼ぎ労働者を雇用しているのだろうか。労働者には強制労働のリスクがあるのだろうか。

 その答えはイエスだ。日本の自動車大手2社に関わっている出稼ぎ労働者は、何年にもわたって債務拘束のリスクにさらされてきた。そして一部の労働者は現在もそのリスクがある。

 私たちの調査によれば、国瑞汽車は約150人のベトナム人を雇用している。従業員は、採用問題について外部の人間と話さないように経営陣から通知されていると語った。

 情報筋によると、ベトナム人労働者は、仕事の紹介料として業者から最大65万円の請求を受けているという。これは、ベトナムでは最低賃金の2年分以上に相当する。

 ほとんどの労働者にとっては、高額の借金を背負わなければ支払うことのできない金額だ。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスの取引データによると、国瑞汽車はトヨタ車を製造し、世界中のトヨタ関連企業に自動車部品を輸出している。

 トヨタは国瑞汽車の件については現在、取り組んでいるとしたうえで、「サプライヤーは国際的な基準に照らして不合理とみなされる高い紹介料やその他の費用で従業員を搾取すべきではない」と述べた。国瑞汽車は、採用プロセスに関していかなる情報の開示も拒否している。

 台湾本田にかつて雇用されたことのある出稼ぎ労働者は、仕事の紹介料を払うために高額の借金を負ったと語った。 ホンダは台湾における現在の従業員の国籍と採用慣行に関する開示を拒否した。

 三菱自動車は、台湾で三菱ブランドの自動車を製造しているCMCが出稼ぎ労働者を雇用しているかどうかの情報開示を拒否した。裕隆日産も同様に開示を拒んだ。

 未来への希望もある。私たちの調査によって、トヨタやGMなど世界最大級の自動車ブランドの一部が台湾のサプライヤーにおける強制労働リスクにも対処するようになったのである。

 GMは、「当該のサプライヤー(LMW)との取り組みに加えて、他の台湾のサプライヤーともこれらのリスクに対処するために積極的な措置を講じている」と述べた。

 トヨタは技能実習生によって支払われている紹介料について、日本のサプライヤーの大半にアンケート調査を終えており、台湾でも同様の取り組みをこれから実施すると説明した。

 「日本で実施した人権デューデリジェンスの取り組みを活かし、台湾の出稼ぎ労働者と国瑞汽車で働く出稼ぎ労働者の状況を確認中だ」と、トヨタは述べている。

 ほかの日本の多国籍企業もすでに労働者と協働し、海外での強制労働リスクに対処している。しかし、それは被害が発生した後、活動家やジャーナリストによって報告を受けた場合に限られる。

 キヤノンは最近、出稼ぎ労働者とさまざまな問題について話し合った後、台湾拠点における強制労働のリスクに対処した。同社の出稼ぎ労働者には2022年12月に採用手数料が払い戻され、元労働者には2023年3月に払い戻しがなされたとキヤノンは明らかにした。ただし、払い戻し額の開示は避けた。

■自主的責任から法的説明責任への移行を

 LMW、国瑞汽車、台湾本田で明らかになったいずれの問題も、台湾では違法ではないようだ。日本には、企業に対し海外での強制労働リスクに対処するよう義務付ける法律はない。

 2022年、日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を発表した。しかしその遵守は任意であり、法的拘束力はない。このガイドラインは企業の倫理的責任に言及しているが、企業に対し法的に何かを要求するものではない。日本企業は高い倫理的責任を表明しながら、その方針を実践しない場合に制裁を受けずに済むのである。

 世界のほかの国々では、そのような任意のガイドラインが法的拘束力を持つ要件によって置き換えられつつある。大企業は、それを受けて海外のサプライチェーンにおける強制労働やその他の不正行為を回避するようになる。

 フランスやドイツなどの国は最近、大企業に対して海外のサプライチェーンでの人権侵害を防止するよう義務付け、違反すれば政府による制裁のリスクを負うことになる法律を採択した。

 アメリカ、カナダ、メキシコなどでは、強制労働による物品製造が疑われる場合、税関当局による国境での輸入差し止めを許可する法律がある。EUも同様の法律を採択する見通しだ。韓国やオランダなども法案について議論している。

 日本は、法的拘束力のない自国のガイドラインをそのままにするかもしれない。しかし、大企業の責任を問う法的拘束力のある要件への置き換えが国内で進まなかったとしても、強制労働に関する諸外国の法律が日本企業の責任を追及することになるだろう。

 その動きはすでに始まっている。そうした変化に適応しない企業は、市場にアクセスできなくなったり、海外で罰金やその他の罰則リスクを負う可能性がある。何もしないという選択肢はもうすぐ無効になるのだ。

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最終更新:3/6(水) 12:02

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