「カスハラ」法整備でもそう簡単に解決しない事情

5/26 10:32 配信

東洋経済オンライン

 22日、東京都が全国初となる「カスタマーハラスメント防止条例」の制定を目指す会議を開き、基本方針などが報じられました。

 その主な内容は、民間企業の職員と顧客だけでなく、受発注関係にある事業者、公務員と住民、議員と行政職員など、あらゆる職場の間柄におけるカスタマーハラスメント(以降、カスハラに略)を禁じることや、職員を守る企業側の責務規定、防止に向けたガイドラインなどの対策。今回の方針をベースに条例案を策定し、今秋における都議会での成立を目指し、さらに全国への波及が期待されています。

 さらに同日、参院予算委員会で岸田文雄首相がカスハラへの対策について「現在、厚生労働省の検討会が議論されており、専門家の議論を踏まえ、法整備も含め必要な対応を検討する」という方針を述べたことが報じられました。

 厚生労働省の実態調査などでは「カスハラの深刻度はパワハラやセクハラ以上」とも言われるなど、社会問題化しつつあるのは間違いないでしょう。どんな実態と問題があり、都や国の対応で何が求められているのか。

 長年、お悩みコンサルをしている私のもとにも、カスハラに苦しめられる人からの相談も多く、そこで見えた傾向も含めて掘り下げていきます。

■線引きが難しく我慢を強いられる

 21日、私鉄各社が加盟する日本民営鉄道協会が昨年、大手私鉄16社などで駅員や乗務員に対する暴力行為が144件発生したことを発表しました。コロナ禍に突入した2020年に減少して以降3年連続で増加し、発生の経緯では「理由なく突然に」「酩酊者に近づいて」「迷惑行為を注意して」が多かったという点に深刻さが表れています。

 また、16日にも、神奈川県座間市にある創業57年の老舗銭湯「亀の湯」がカスハラなどを理由に「営業を続ける意欲がなくなった」と閉店を発表。これが報じられるとすぐに物議を醸したことは記憶に新しいところです。

 そもそもカスタマーハラスメントは、顧客が企業の従業員に不当な苦痛を与えたり、悪質なクレームをつけたりする行為であり、心身にストレスを与えるほか、離職の理由としてあげられるケースも少なくありません。なかには心を病んでしまう人もいるなど、単なる嫌がらせではなく、強要罪や脅迫罪、業務妨害罪、暴行罪や傷害罪などに該当しうるようなケースも散見されます。

 厚生労働省が掲げるカスハラの定義は、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」。

 さらに、要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いものとして、「身体的な攻撃(暴行、傷害)」「精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)」「威圧的な言動」「土下座の要求」「継続的な、執拗な言動」「拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)」「差別的な言動」「性的な言動」「従業員個人への攻撃、要求」をあげています。

 しかし、現場では「どこからがカスハラで、どこまでがカスハラではないのか」という線引きが難しく、「我慢せざるをえない」というケースが少なくありません。社会問題化しつつある今、行政機関には、より具体的なガイドラインの提示が求められています。

■「罰則規定なし」で疑われる実効性

 実際、都は防止条例に加えて禁止行為などをまとめたガイドラインを作成し、市区町村などと連携して、事業者や顧客などに情報提供、助言、相談などを行っていくとみられています。現場対応者の心をケアするほか、顧客への啓蒙活動など、ハード・ソフトの両面で未然に防ぐ方法も充実化させていく方向性なのでしょう。

 ただその一方で「違反者への罰則は設けない」という基本方針に対して、実効性に対する疑問の声があがっています。さらにそれは、今後見込まれる国と厚生労働省の対応でも同様。2019年に労働施策総合推進法を改正し、「パワハラ防止策を企業に義務化したときと同じような対応にとどまるのだろう」という見方をされているのです。

 しかし、パワハラは違反者に対する行政からの「助言・指導または勧告」「改善が見られなかった場合の企業名公表」がそれなりの実効性を伴う理由となってきましたが、相手が個人のカスハラではどうなのか。すでにネット上には「カスハラをするような人は聞く耳を持たない」「罰則がなければ繰り返すような人だろう」などと疑問視する声があがっています。

 とりわけ現在、サービス業の現場などでカスハラを受けている人々の不満は強烈。「この程度で変わるほど簡単な問題ではない」「現場のひどさを知ろうとしないから罰則を設けない」「酔っている人に『条例違反です』と言っても聞いてもらえるわけがない」などの辛辣な声が見られます。

 ではその「簡単な問題ではない」「現場のひどさ」とは、どんなことなのか。

 筆者の相談者さんで業種を問わず最も多かったのは、中高年層の顧客に対応する難しさをあげる声。「お客様は神様」「客が上で従業員が下」という関係性をベースに考える傾向が強く、「シルバークレーマー」「シルバーモンスター」などと呼んで恐れている職場も少なくないようです。

■「クレームは貴重」の方針も疑問

 しかし、中高年層の危うさは顧客側だけでなく、企業の管理職や上層部にも該当しうることも難しさを物語るポイント。上司が部下に「お客様は神様なんだから、大概のことは我慢するのが当然」という考え方を押し付けて苦しめているというケースが少なくありません。

 事実、複数の相談者さんが上司から「あらゆる状況でもカスタマーファーストが前提」「どんなクレームでも業績アップのヒントになるから受け流してはいけない」などと言われて苦しんでいることを明かしてくれました。

 ただ、その中高年層を単に断罪するのではなく、理解しておきたい背景があります。それは「学生時代から長年さまざまな我慢を強いられ、犠牲になってきた」「だから今の人も、ある程度、我慢し、犠牲になるのは仕方がないこと」という意識。年齢を重ねてから今さら急に意識を変えることは難しく、個人の尊重や自分らしい生き方が推奨されるようになった世の中に対応しづらい様子が見受けられるのです。

 高齢化社会が進む中、行政も企業も昭和から続くこの世代の意識にどう訴えかけていくのか。真剣に考えなければいけない時期ではないでしょうか。

 もちろんカスハラは中高年層だけの問題ではありません。たとえば、ある飲食店に務める相談者さんは、「カスハラは高所得層に多い」「肩書や収入に自信がある人ほど上から目線で、穏やかな口調でも理不尽なことを言う」などと言っていました。特に「2020年代に入って以降、社内のパワハラやセクハラに配慮しなければいけなくなった分、酔った勢いもあって外部への人当たりが強くなりがちな人が増えた」という声を聞いたことがあります。

 逆に、ある役所に勤める相談者さんは、「カスハラは低所得層に多い」と言っていました。公務員やバス・電車などの交通インフラ関係者などは、一般企業よりも「入場禁止」「提供拒否」などがしづらい環境に置かれています。その相談者さんは「低所得層と思われる人は、拒絶できないこちらの立場をわかったうえで過度な要求をすることがある」と言っていました。

■「ダブルハラスメント」に苦しむ人も

 ここまで年齢や所得の例をあげてきましたが、あくまで相談者さんから聞いた一部のケースにすぎません。ストレス解消や憂さ晴らしの意味でカスハラする人もいますし、企業側の「注意事項」「お客様へのお願い」などに目を通さず相手に非があると決めつけて怒る人もいます。

 これを書いている筆者自身も、無自覚のうちにカスハラをしていたかもしれませんし、ここまで自戒の念を込めて書いてきました。現段階ではカスハラの線引きが曖昧だからこそ、「自分は絶対にしないから大丈夫」という思い込みを捨て、「個人の尊重や自分らしく生きる」という風潮を拡大解釈せず、すべての人が気をつけるくらいの社会になったほうがいいように見えるのです。

 もし行政や企業に対策を任せるだけにすると、カスハラは収まらず、逆にますます社会問題化してしまうリスクがゼロとは言えません。すると、「すべての状況でやり取りを録音・録画される」ような監視社会になり、ネット上で拡散されることを恐れて窮屈な日常を強いられてしまう可能性もあるでしょう。

 行政や企業の主導による対策の共有や専門家のサポートが受けられる環境作りが求められるのはもちろんですが、社会を構成する個人がカスハラを自他ともに予防するようなムードを作っていくことが大切ではないでしょうか。

 そして最後にもう1つ、企業側が大前提として忘れないでほしいのは、「ブランドや営業利益を優先して、社員を守ることを後回しにしない」こと。「商品と売り上げあってこその企業」であると同時に「社員あってこその企業」でもあり、経営側が「安くない給料を払っているからこれくらいのカスハラなら対応してほしい」という意識を持たないようにしてほしいところです。

 相談者さんの中に「社内でパワハラ・セクハラ、お客さんからカスハラのダブルハラスメントに悩まされている」という女性がいました。しかもその女性は「先輩たちのように自分で何とか処理しなければいけない」と耐え続け、疲弊し切った様子で相談しに来たのです。ちなみにその職場には相談窓口のような部署がなく、同僚の手助けも受けられませんでした。

 このような人をいかに減らしていけるのか。今こそ行政、企業、顧客となる人々、それぞれの意識が問われているように見えるのです。

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最終更新:5/26(日) 10:32

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