「関税戦争」鎮静化でホッと一息?→いやいや、それは平和ボケだ! ビジネスパーソンが今こそ警戒すべき中国の“新たな経済戦略”

5/25 8:02 配信

東洋経済オンライン

アメリカのトランプ政権による強硬な関税政策に対して、中国は報復関税で応戦した。同時に同国は、経済圏の多極化を加速させている。これには注意が必要だ――。野口悠紀雄氏による連載第147回。

■中国の報復関税とデカップリング戦略

 5月10日から2日間行った協議の結果、アメリカと中国は追加関税を115%引き下げることで合意した。アメリカの中国に対する追加関税は145%から30%に、中国によるアメリカへの一律の追加関税は125%から10%になった。なお、引き下げた関税のうち24%については90日間の停止となっており、両国は今後協議を進める。

 この合意は、トランプ政権の強硬な関税政策の“限界”が明らかになったことを示している。

 中国は当初から報復関税によって応戦し、交渉に応じる姿勢を示さなかった。その報復は、とくにアメリカの農産物を標的としており、トランプ政権の支持基盤である中西部の農業州に直接的な打撃を与える意図があった。

 これは、アメリカの選挙区事情を緻密に分析したうえでの「精密報復」といえる。このような対応は、2018年以降の米中貿易戦争でも繰り返されてきた。

 さらに、中国は報復だけにとどまらず、経済圏の多極化を志向する戦略を並行して進めている。とりわけ、サプライチェーンの「脱アメリカ化」を掲げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国や「一帯一路」構想を通じた新たな経済連携を強化している。

 これにより、アメリカ経済への依存を相対的に低下させると同時に、グローバル経済における主導権を確保しようとしている。そこで、こうした中国の新しい世界戦略と、それに対する各国の反応を見ることとしよう。

■ASEANは経済と安保の二重戦略

 ASEANは、すでに中国の最大の貿易相手の1つだ。2022年のRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)の発効によって、中国は域内での影響力をさらに強化している。

 RCEPはASEAN10カ国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの計15カ国が参加。世界のGDPの約3割、貿易総額の約3割を占める広域経済圏を形成している。

 その中で、マレーシア、インドネシア、ベトナムなどは、中国企業の投資受け入れ先として台頭しており、アメリカの制裁を迂回するルートとなってきた。

 ASEANは中国と密接な経済関係を持ちながらも、米中対立のはざまで中立性を維持しようとする姿勢が強い。RCEPの発効は中国にとっての勝利のように見えるが、ASEAN各国は日本、オーストラリア、さらにはEU(欧州連合)など、ほかの経済圏ともバランスを取り続ける「多角的戦略」を志向している。

 なかでもフィリピンやベトナムなどは、経済面では中国依存を深めつつも、南シナ海問題では強硬姿勢を見せている。総じて、「経済と安全保障の二重戦略」がASEAN全体の特徴となっている。

 トランプ政権による関税政策に対抗して、中国はアジア諸国との連携を強化することで、地域における影響力を維持・拡大しようとしている。

 中国の習近平国家主席は4月にベトナム、マレーシア、カンボジアを訪問し、保護主義に抵抗するために団結するよう呼びかけた。今回の訪問は、中国がアジア地域での影響力を強化し、国際的な地位を高めるための戦略的な動きと位置づけられる。

 インドは、経済規模の点では中国の潜在的なパートナーと見なされる。しかし、伝統的に中国と領土問題や安保上の対立が根深い。安全保障や外交上の不信が根強く、全面的な協調は不透明だ。クアッド(日米豪印戦略対話)などの枠組みでアメリカ側に寄る傾向があるため、中国主導の経済圏に積極的に参加する可能性は低いとみられる。

 同国は「自己主権」意識が強い。「グローバルサウス」の代表を自任しており、米中どちらか一方に「従属する」ことを拒んでいる。これが、RCEPへの参加を見送った背景でもある。

 また、半導体、電池、AI(人工知能)などの新興産業では、中国との競争意識が強く、サプライチェーン再編でも自国主導を目指す「メイク・イン・インディア」政策を進めている。

 ただし、インドも経済成長のために柔軟な外交を展開する余地はある。そのため、局面によっては中国との限定的な協調を排除しないだろう。

■日豪は経済の対中依存を減らす動き

 日本とオーストラリアは、「安保はアメリカ、経済は中国」という二重構造を維持してきた。しかし、ここ数年、経済面でも対中依存を減らす動きが加速している。

 日本では、経済安全保障推進法(2022年施行)により、経済の基幹インフラでの中国依存を減らすべく、政府は国内供給網の強化に巨額の補助金を投入している。とくに半導体、重要鉱物、エネルギーなどの分野では、アメリカやインドとの連携が強化されており、単なる「経済的利害」ではなく、経済安全保障の論理が前面に出つつある。

 また、防衛や先端技術分野での外国投資規制を強化し、中国資本の影響力拡大を制限している。

 さらに、製造業の現地生産拠点を中国以外(東南アジア、インドなど)に分散する動きが活発化している。例えば、家電大手のパナソニックは電池製造をマレーシアへ一部移転し、アパレルのユニクロもベトナムなどでの生産比率を高めている。

 また、日本は2010年代以降、レアアースの中国依存を段階的に低減し、オーストラリアやインドなどからの輸入を拡大。2023年時点での中国依存度は約60%にまで低下した。

 オーストラリアも中国への経済依存を見直す方向に動いており、信頼関係の構築は容易でない。ただし、RCEPや中韓FTA(自由貿易協定)など、既存の多国間枠組みを通じた経済関係は今後も維持されるだろう。

■中国は半導体問題にどう対処するのか

 中国はSMICなど自国メーカーを強化し、装置・素材分野でも国産化を推進している。だが、EUV(極端紫外線)露光装置など最先端技術では、依然としてオランダ、アメリカ、日本など西側の技術封鎖に苦しんでいる。

 最近の動向としては、「レガシー半導体」(28ナノメートル以上)へのシフトと、軍事・インフラ需要向けの自給強化が顕著だが、5GやAI分野での競争力維持には限界がある。アメリカの制裁が長期化すれば、中国の「半導体自立」は部分的な成功にとどまり、ASEAN諸国での「技術逃れ的生産」(中国資本によるASEANでの生産)が増加することが予想される。

 最近注目されるのは、デジタル経済やグリーン経済における中国主導の標準設定だ。

 中国は、5Gインフラ、AI、再生可能エネルギーといった分野で、国際標準の策定を通じた影響力拡大を目指している。今後はこうした非伝統的経済圏の動向が、米中の経済覇権争いの新たな焦点になるだろう。

 「デジタルシルクロード」やグリーン経済圏に関しては、既存の「モノ中心」の経済圏とは異なる、新次元の覇権争いが生じつつある。中国はアフリカや中東でも5Gインフラや再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電)をテコに影響力を拡大。データの流れや環境基準など、ソフト面での国際標準化戦略を進めている。

 これは、従来のサプライチェーン再編とは別の、「ルールメイキング型」の戦いであり、米中のせめぎ合いは今後さらに複雑化するだろう。米中の経済戦争は多面化しつつある。米中対立の軸は単なる関税戦争から、より深層の技術・ルール・基準の争奪戦へと移行している。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/25(日) 8:02

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