サントリー新浪氏の「45歳定年制」を議論する前に、本当に考えるべきこと

5/8 9:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

 2024年春闘では大企業を中心に賃上げの「満額回答」が相次ぐ一方で、中小企業では「予定なし」の声も多く、賃上げに“温度差がある”のが実態と言えるでしょう。コーポレートファイナンスやベンチャービジネスが専門の保田隆明・慶応義塾大学総合政策学部教授に「中小企業の賃上げや採用の悩み」について、ソフトバンク社長室長をへて英会話スクールを経営する筆者が、話を聞きました。【前中後編の中編】(構成/ライター 正木伸城)

>>前編を読む 『「賃上げしたくても決断できない」中小企業の社長がお悩み相談→慶応SFC教授の答えは?』
● 「人って雇ってみないと分からない…」 現役社長の深き悩み

 三木雄信 賃上げや採用の悩みで言うと、わが社も大手企業から高度人材を一本釣りできるようにはなってきたのですが、これを大規模にやろうとするとかなり難しい。そもそも、何十人もの優秀な人材を定期的に採用するには、かなり仕組み化してやらなきゃいけない。それで正直なところ、人材って雇ってみないと分からないところがあるじゃないですか。うちの会社に合うか合わないか、期待したパフォーマンスかどうかって。

 一昔前だったら、成果の上がらない社員を叱るとか、残業させてでも仕事を身に着けさせるとか、普通にありましたよね。それでもらちが明かなければ、左遷や転勤させるとか。けれど今、そういうことをやると完全にハラスメントです。今の企業は何よりホワイトさが求められる。

 米国なら「クビだ」という通告を恐れて頑張る一面があると思いますが、日本にはそれもない。だから、給料の高いローパフォーマーが会社に安住できてしまう環境がある。でもこれって、それなりに良い会社、頑張っている会社ほどはまるわなじゃないかなって思うんです。

 保田隆明 それでは、「アップorアウト」の話をしましょうか。「社内評価」と社外での「市場価値」のギャップの話です。もし、市場価値は高いのに、社内ではあまり評価されていない人が、仮に自身の市場価値をきちんと知ることができたなら、それを口実に給与アップの社内交渉を持ちかけたりできるかもしれません。それで、交渉して「アップしてくれない」と分かったら、場合によっては「アウト(=会社を辞める)」も選択する。アップorアウトで社員が強く出られるという意味で、働く個人が自らの市場価値を知ることは重要です。

 ただ、それは基本的にハイパフォーマーの論理です。そういう人は、転職でも強い。しかし、ローパフォーマーは転職も比較的難しいでしょう。アウトが選択できない。雇用市場がもっと流動化して、かつ、出戻りだって歓迎されるような環境が整わないといけない。

 問題はローパフォーマーで、彼らの給与を下げた場合、モチベーションもパフォーマンスも下がる可能性がある。これは実は、企業にとってもメリットがあまりない。では、どうするかとなると、「それなら給与を維持しよう」といった判断になりがちです。

 他方で、給与を下げられたローパフォーマーは、もしかしたら「この会社でくすぶっているよりも他のキャリアを追求した方がいい」と思うかもしれません。ただ、それも雇用市場が流動的であることが前提です。

● サントリーHD新浪社長 「45歳定年制」発言の波紋

 三木 その話を聞いて思い出したのですが、以前、サントリーHDの新浪剛史社長が経済同友会のセミナーで、「45歳定年制」の導入を発言したことが波紋を呼びましたよね。

編集部注: 2021年9月に行われた経済同友会のセミナーの席上で新浪氏が「45歳定年制にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要」と発言。新浪氏は、「定年を45歳にすれば、30代が自分の人生を考えて勉強するようになる」と主張し、一部で賛同を得た一方で、「45歳定年は経営者にとって都合のいい中高年のリストラ策」などと批判も相次いだ。
 保田 自らの市場価値を明確にして社内で賃金交渉する人の話と同じで、45歳定年制も、ハイパフォーマーの論理だと思っています。それを受け入れられる人は、自分に自信がある人です。45歳定年制を弱者の側の論理で見たら、「45歳で放り出されるなんて、バカを言うな」「俺たちはこのままでいいと思っているんだ」という話になるわけですね。

 しかも、45歳でキャリアをリセットされてしまうとなると、リスキリング(=新しいスキルを身に着けること)が必要でしょう。ところが、そういう弱者はリスキリングもあまりしない傾向にあります。統計データを見ると、日本人の社外での勉強時間は、調査対象各国の中で最も短いんですね。これは、「ゆりかごから墓場まで」的な日本の雇用事情の慣性が働いている面があると思います。

 しかしながら、雇用市場の流動化を促進する意味でも、個人がリスキリングすることは非常に大切です。そうすればアップorアウトもしやすくなります。

 三木 リスキリングによって社員の側から給与アップの交渉がしやすくなる、ということですね。

 保田 転職しようと考えるなら、人は、自身をセラブル(=雇用市場で売れる)な状態にしておかなければいけない。だからこそのリスキリングです。

 三木 ただ、リスキリング人材に注目するとしても、中小企業が高い賃金を提示して人材を獲得することはやはり、難しいことだらけです。高度人材はもちろん、アベレージ人材にも高給を提示して採用したり、一律に賃上げしたりすることには、いまだ戸惑いがあります。そういう中小企業の経営者って実は多いと思うのですが…。

 保田 だからこそ、日本経済に求められているのは、大企業と中小企業の人材交流を促進するなどして、雇用市場を流動化させることですよね。そのためには、大企業側の協力も必要です。中小企業の自助努力だけで、中小企業の賃上げを実現するということは至難の業だと思います。

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最終更新:5/8(水) 9:01

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