どの季節が好き?京王井の頭線、四季の花咲く沿線と「7色の電車」 桜咲く春や梅雨のアジサイ、稲穂実る秋の田園

3/30 4:32 配信

東洋経済オンライン

 古い話で恐縮だが、子供のころに見たSF映画の冒頭、雨の中をグリーン色の前面2枚窓の「湘南顔」タイプの電車がホームに進入してくる場面があった。電車を待つ蛇の目傘に真っ赤なレインコートの人物が鮮やかだった。シーンは変わり、この高架駅で近隣の天文台に勤務する科学者が下車し、居酒屋「宇宙軒」に向かう。

 DVDで改めてこのシーンを見たとき、グリーン色の電車の行先表示が「渋谷・吉祥寺」で、電車は1900形(1954年製造)であることを発見した。高架の駅は京王井の頭線の高井戸駅だったのだ。この映画は日本初のSFカラー映画『宇宙人東京に現わる』(1956年1月公開・大映・監督:島耕二)。高井戸駅ロケは前年の秋に行われた。カラー映画の黎明期で、色彩設計と宇宙人のデザイン設計は画家の岡本太郎が担当した異色の映画だった。

■四季を感じる都心の電車

 筆者は渋谷区に40年近く住んでいたこともあり、井の頭線は筆者の散歩コースだった。とくに渋谷駅南口から神泉駅近くに引っ越してからは、井の頭線の四季折々の写真撮影に出かけていた。もともと親近感のある路線だが、この映画を改めて見てより親しみをもつようになった。

 現在は、若干の形の違いや7色のバリエーションはあれど、車種が1000系の1種類だけということもあり「撮り鉄」の人気はいまひとつだが、井の頭線ほど短区間の路線ながら四季のうつろいを感じさせる路線も珍しい。今回はこれまで筆者が親しんできた「四季の井の頭線」をテーマとして取り上げたい。

 京王電鉄井の頭線は渋谷から吉祥寺まで12.7kmを結ぶ路線で、1934年の開業から今年2024年で開業90周年だ。同じ京王電鉄の路線でも、京王線の軌間は特殊な1372mmであるのに対し、井の頭線はJR在来線などと同じ1067mmである。

 現在運行されている車両は1000系の単一形式で車両ファンには今一つ話題に乏しいが、井の頭線の車両は編成ごとに異なる7色のカラーリングを施した「レインボーカラー」で、色を選んで電車に乗る楽しみもある。だが、井の頭線の魅力は何といっても沿線に特徴ある駅と共に行楽地が多いことにある。ここでは長く沿線に住んだ筆者のお勧めの散歩コースといったスタンスで井の頭線を紹介したい。

■「谷間の駅」神泉は何の泉? 

 まず始発の渋谷駅に向かう、JR渋谷駅から連絡通路を経て井の頭線改札に至るが、途中のマークシティの通路にある岡本太郎の大壁画「明日の神話」はぜひ見ておきたい。

 渋谷駅を発車するとすぐ渋谷道玄坂トンネルに入る。次の神泉駅で下車すれば単線並列の馬蹄形のようなトンネルの全容が確認できる。この神泉駅も神泉トンネル内にある珍しい駅だ。このトンネルはもともと丘陵地帯を切り開いた切通しで、後に上からふたをする格好で土を盛り宅地が形成された――という話を土地の郷土史家から聞いたことがある。かつてはトンネル内のためホームが短く、5両編成のうち一部の車両の扉が開かなかったが、1997年にホームが延伸され不便は解消された。

 「神泉」の名は、江戸時代の弘法大師のゆかりの僧侶がこの地に泉を発見して霊水とあがめられ湯治場としたことが由来だ。明治時代になると代々木に練兵場ができて神泉にも人が集まるようになり、湯治場から発展して今の円山の花街が形成された。いわば神泉は歓楽街としての渋谷の発祥の地でもあるのだ。

 浴場はその後、公衆浴場として1972年まで営業を続けたが閉館し、神泉の泉も埋め立てられマンションとなった。弘法湯の3代目は現在神泉駅前でカフェを経営しており、渋谷区の郷土史家として地域の記録を撮影する写真家でもある。ちなみにカフェの名前は「ラ・フォンテーヌ」(泉)、近くにはかつての霊泉弘法湯の道の道標が残っている。そういった歴史的観点から、神泉駅は「関東の駅百選」に選ばれている。

 神泉を発車した各停が神泉トンネルを出ると駒場東大前駅だ。東大駒場キャンパスと駅は隣接しており、目黒川の源流の1つである湧水池など自然も豊富だ。近くの駒場野公園には、湧水を水源とする「ケルネル田んぼ」があり、四季折々の田園風景と電車の写真が撮れる。まるで東北地方の里山の風景の中を走る風情で、筆者がよく訪れる写真散歩コースだ。線路際の道路には桜並木があり、春には地元の花見客らで賑わう。池ノ上駅は神泉、駒場東大地区の湧水池の上流にあたる。

■梅雨時の井の頭線名物「アジサイ」

 渋谷から急行で最初の停車駅、下北沢駅は小田急線との接続駅。かつては井の頭線と小田急線の駅構内がつながっていたが、小田急の地下化で2019年に改札が分離された。駅は変わったが駅前は相変わらず若者の街としてにぎわっている。新代田駅は上を幹線道路の「環七通り」が走る切通しの半地下駅。東松原駅は閑静な住宅街の駅だが、近くには梅の花で知られる羽根木公園があり、梅雨時には線路脇の斜面に咲くアジサイをホームから眺めることができ、シーズン中はライトアップされる。

 次は京王線と交差する乗換駅、明大前駅だ。この駅前から甲州街道を渡ったところの小公園には井の頭線を跨ぐ玉川上水水路橋があり、複線の線路に並行してさらに2線分の空間が確認できる。これは井の頭線を開業した帝都電鉄の前身、東京山手急行電鉄が計画して未成に終わった路線、通称「第二山手線」の遺構といわれている。

 永福町駅は井の頭線で唯一の待避設備がある駅で、急行と各停の接続駅になっている。橋上駅のビルの屋上には展望庭園「ふくにわ」が開放され、富士山や奥多摩の山々を背景に井の頭線の電車も遠望できる。

 東松原駅周辺でも見られたアジサイは、永福町、西永福、浜田山あたりまで連続して咲き誇っている。とくに浜田山から吉祥寺方面の線路際は見事で、松本清張邸(浜田山―高井戸間の線路脇)あたりまではシーズンになるとカメラの放列が続く。

 浜田山駅からは勾配区間が続き、高井戸駅は高架上の駅である。ホームからは高井戸寄りに桜並木が見え、電車はさながら桜花爛漫の中から飛び出してくるようだ。また、高井戸―富士見ヶ丘間の線路沿いの切通しの崖線にはツツジが植えられており、アジサイとはまた異なった風情を感ずる。

 富士見ヶ丘駅には検車区が隣接し、同駅始発や終着の電車もある。久我山駅は閑静な住宅地にあるお洒落な雰囲気の急行停車駅。駅前には神田川、少し歩くと玉川上水があり、川沿いは散歩コースとして整備されている。筆者はよく、三鷹台駅から井の頭公園駅まで神田川沿いに歩く。遊歩道には桜が咲くほか、自然に井の頭公園へと入っていくコースがいい。井の頭公園駅を出て公園内の神田川を渡り、電車は終点吉祥寺駅に到着する。

 線路沿いでの井の頭線の撮影は、雪景色、新緑、紅葉と四季折々の魅力があり、散策しながらそのつど新しいアングルを探し出すのも筆者の楽しみのひとつである。

■全国を走る「井の頭線」

 井の頭線が7色の電車になったのは、1962年に登場した3000系(2009年引退)が始まりだ。前面2枚窓の「湘南形」デザインのステンレス製電車で、井の頭線から引退した後も多くが地方鉄道に譲渡され、今も根強いファンが各地でカメラに収めている。「撮り鉄」でなくても井の頭線利用者なら旅行などでの訪問時に乗って懐かしく感じることもあるだろう。しかし、その姿も世代交代で少しずつ減る傾向にある。

 最初に譲渡されたのは北陸鉄道(石川県)の浅野川線で、金沢から日本海に面した内灘まで延びるローカル私鉄だ。2両編成に改造のうえ1996年に移籍し、同線は全車両が元井の頭線3000系となった。その後、同鉄道の石川線にも1本が入線している。元気に北陸を走ってきたが、元東京メトロ日比谷線の03系導入により浅野川線では風前の灯となった。

 北陸鉄道と同時期に譲渡されたのが岳南電車(静岡県)だ。7000形と8000形の2種あるが、特徴的なのは前者で、中間車両のデハ3100形を両運転台に改造して1両で運行している。5両で都心に乗り入れていた電車が1両で富士山のふもとを走るさまは風情がある。

 次いで1998年には、赤城山麓を走るローカル私鉄、上毛電鉄(群馬県)にも譲渡された。井の頭線の3000系は1990年代にリニューアルで前面形状が変わったが、上毛電鉄の車両は2両編成ではあるものの前面などはほぼ井の頭線登場時の原形を保っており、色こそ井の頭線とは違うが8本ある編成がすべて色違いのレインボーカラーで活躍してきた。しかし、ここにも東京メトロ03系が入線し、世代交代の波が訪れている。

■7色の電車と四季折々の風景

 大胆に色を変えたのは、アルピコ交通(長野県)の3000形だ。ステンレス車だが銀色ではなく白いボディに斜めのストライプを入れたデザインで、ほかにもラッピングを施した車両が走っていた。だが、こちらも2022年から代替車両導入で世代交代が始まり、動向が注目されている。

 最も新しい譲渡例は四国の私鉄、伊予鉄道(愛媛県)だ。2009年以降、井の頭線時代にリニューアルした10編成が譲渡され、瀬戸内海を見て活躍中。地方譲渡車では珍しい3両編成で、制御装置もインバーター制御に改造されている。塗装は当初、前面上部がクリーム色でステンレスの銀色を生かしていたが、現在は「伊予鉄カラー」のオレンジ1色になった。

 退役車両の地方での活躍も含めて井の頭線について紹介してきたが、都市部の短距離路線でありながら井の頭線は季節ごとに異なる風景が楽しめる路線だ。写真で四季折々の景色を走る7色の電車をご覧いただければ幸いである。

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最終更新:3/30(土) 4:32

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