職場の「不正」見て見ぬふりはなぜ起きるのか 私的なものを経費申請、文具の持ち帰りなども

4/3 15:02 配信

東洋経済オンライン

企業活動における汚職や横領、窃盗などで告発されるケースは少なくありません。一方、職場の文房具を持って帰る、私的なものを経費で落とす、といったレベルの不正が、職場で日常的に起きていることもあります。
なぜ職場での不正行為はなくならないのでしょうか。アメリカの心理学者キャサリン・A・サンダーソンさんの著書『悪事の心理学』から一部を抜粋、再編集し、その背景や理由について触れてみます。

■あなたは上司と対決できるか? 

 アメリカで職業会計士を対象にした研究によると会計士の60%が職場で不正行為(備品の窃盗、経費報告書の誤分類、収支の操作など)を目撃した経験があり、そのうちの半数の人は報告しないことを選んだそうです。

 このような行為を見過ごした一般的な理由は「報告するほど重大なことではなかった」「証拠が不十分だった」「他の誰かが報告すると思った」などでした。

 しかし、黙認した最も一般的な理由は「職を失うこと」あるいは「不愉快な職場環境を経験することへの懸念」からでした。

 残念ながら、この報復への恐れは決して見当違いではありません。性差別的、人種差別的、あるいはその他の攻撃的な発言をする指導的立場にある人物に、立ち向かう勇気のある人はほとんどいません。

 悪事が後を絶たないのは、ほとんどの人が異議を唱えて犠牲を払わされることを恐れているからです。つまり、報復を恐れるあまり、もっとひどい行動に直面した場合でも声をあげないため、この沈黙のサイクルが幾度となく繰り返されるのです。

 報復を受ける可能性が低い場合でも、人は、時として個人的な動機から悪事を見過ごすことがあります。

 企業の不正行為では、他者の非倫理的行動を無視することで、その人は直接的な利益が得られる場合があります。

 カート・アイヒェンワルドが著書『愚か者たちの陰謀(Conspiracy of fools : A true story)(未邦訳)』で明らかにしたように、エネルギー会社エンロン(訳注:巨額不正会計事件を起こして2001年に破綻)の経営者、弁護士、顧問などを含む多くのリーダーたちは、同社が高株価を維持するために何十億ドルもの負債を隠していたことに気づいていたにもかかわらず、その問題を明らかにしようとはしませんでした。

 エンロンが財務諸表の定期的な監査を行うために雇っていた有名な会計事務所アーサー・アンダーセン(訳注:世界有数の会計事務所だったがエンロン事件がきっかけで2002年に解散)の複数の幹部たちは、損失を隠そうとする不正行為のことを認識していました。

■沈黙することの仕事上のメリット

 一人の人間がどこまで知っていたのかはその人物の立場によって異なりますが、彼らの多くは、見て見ぬふりをして金銭的な利益を得ていました。

 その結果、エンロンの創業者のケネス・レイ、CEO(訳注:最高経営責任者)のジェフリー・スキリング、CFO(訳注:最高財務責任者)のアンドリュー・ファストウを含む16人が金融犯罪を認めて有罪、さらに5人が有罪となりました。

 しかし、それ以上に多くの人たちが、何が起きているのかをある程度知っていながら、この事件を止めるために何もしなかったのです。

 エンロンの破綻は大きな注目を集めましたが、何年も報道されなかったホワイトカラー犯罪(訳注:企業の経営陣・管理職など、高い政治的・経済的地位を有する人々によって行われる横領・背任などの犯罪のこと)はこれだけではありません。

 2005年には、民間軍事会社タイコのCEOのデニス・コズロウスキーとCFOのマーク・スワーツが、会社から4億ドル以上を不正流用して有罪判決を受けました。

 彼らは、株式詐欺や不正なボーナス受給を含むさまざまな金融犯罪を行っており、会社の資金を流用して巨大な邸宅や高価な宝石を入手し、桁違いに派手なパーティーを行うなどの贅沢なライフスタイルを送っていました。

 2018年には、ホルヘ・サモラ=ケサダ医師が医療詐欺で逮捕・起訴されました。彼は、高額医療を行うために、患者を重病や末期の病気と偽って診断するなどして2億4000万ドル以上の虚偽の医療費を請求した罪に問われています。

 彼はこの詐欺によって、多数の住宅用不動産、高級車、自家用飛行機を購入していました。

■個人的な支出を経費で請求

 非倫理的な企業行動は、トップニュースを飾るようなケースに限定されません。このような行動は、あらゆる規模の企業で常に発生しています。

 架空の領収書を提出する、個人的な経費を業務上の経費であるかのように申請するといった経費精算の不正は、大企業(従業員数100人以上)の不正の11%、中小企業の不正の21%を占めています。

 数年前、私の同僚は、子どもの学用品、家族のホリデーカードの切手、フロリダでの家族旅行の費用など、さまざまな個人的なものを定期的に大学に請求していました(この慣行は、大学事務局が関与するようになってやっとなくなりました)。

 世界中の政治家は、個人的な支出を事業費として請求することがよくあります。例えば、英国の国会議員が、マッサージチェアやキットカットバー(訳注:お菓子)、一族が所有する土地の堀の清掃費などを請求していたことが発覚しています。

 また、カリフォルニア州選出の共和党下院議員ダンカン・ハンターは、選挙資金から25万ドル以上をイタリア旅行や息子のゲーム、一家で飼っていたウサギのエッグバートちゃんの航空券などに支出していたことで訴えられています。

 これらの事例に共通するものは何でしょうか? 

 事務用品の棚からペンを持ち出すことと、家族旅行を事業経費として計上する行為では、明らかに不正の規模が違います。しかしすべての事例で、何が起きているのかを知っていながら、見て見ぬふりをすることを選んだ人たちがいたのです。

 それは、経費の処理を担当した事務アシスタント、あるいはウサギの旅行領収書を見た選挙管理委員会の会計係、もしくは会社の税務申告書を検証した監査法人かもしれません。

 しかし、私たちがその人の立場であれば、ほとんどの人が同じ選択をしたと思います。悪事を働いた人を非難すれば、特にその人物が権力のある立場に就いていたときに、仕事上、大きな影響を被る可能性があるからです。

■業務成績が悪い従業員なら公然と非難? 

 悪事を無視して利益を得るのは個人だけではなく、雇用主も同じです。

 特に高い地位に就いている人にその傾向が認められます。ベイラー大学のマシュー・クエイドとその研究グループは、全米のさまざまな職種の従業員とその上司300組以上のデータを収集しました。

 上司は、従業員の非倫理的行動、例えば勤怠報告書や経費報告書の改ざん、機密情報の不正使用などと、業務全般の習熟度を評価しました。そして、従業員は職場でどの程度仲間外れにされていると感じているのかを評価する尺度に回答しました。

 この研究における仲間外れとは「職場で他の人に無視された」「職場で他の人に、まるであなたがそこにいないかのように扱われた」などの記述を通じて評価されました。

 その結果、非倫理的行動と仲間外れの関係は、従業員の生産性によって異なることが明らかになりました。

 生産性が低い従業員では、非倫理的行動への関与は仲間外れにつながるものでした。ところが、上司から生産性が高いと評価された従業員では、非倫理的行為と仲間外れの間に関連は認められませんでした。

 研究者は、従業員が組織にとって価値ある存在のときは問題にしない悪事も、業務成績が悪い従業員では公然と非難される可能性が高いことを指摘しています。言い換えれば、「高い業務遂行能力には非倫理的行動を相殺する働きがあるかもしれない」のです。

 この知見は、21世紀フォックスが、2017年にフォックス・ニュースのトップクラスの司会者だったビル・オライリーとの契約を延長したこと、彼による複数のセクハラ被害の訴えを認識していたにもかかわらず、年間推定2500万ドルを彼に支払うことに合意した理由を説明するのに役立ちます。

 オライリーは、最終的にフォックス・ニュースから解雇されましたが、それはセクハラに対するクレームと関連する和解が公になった後でした。おそらく、その時点で広告費の損失という金銭的な代償に耐えきれなくなったのだと思われます。

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最終更新:4/3(水) 15:02

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