春華堂「うなぎパイ一本足打法」からの脱却~遊び心とプロフェッショナリズムがカギ

5/16 7:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 1887年(明治20年)創業の老舗菓子メーカー、春華堂。静岡県浜松市に本社を置く同社の代名詞となっているのが、1961年(昭和36年)の発売以来ロングセラーの「うなぎパイ」だ。「夜のお菓子」というユニークなキャッチコピーとともに抜群の知名度を誇り、2023年はうなぎパイだけで売上75億円(前年比1.4億円増)を達成した。だが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。看板商品が強すぎて次のブランドが育たず、長年うなぎパイ以外は赤字を繰り返していたのだ。「売れているのにお金がない!」――強い危機感で2014年から本格化した「うなぎパイ一本足打法」からの脱却。春華堂 4代目 代表取締役社長の山崎貴裕さん、常務取締役の間宮純也さんに聞いた。(ノンフィクションライター 酒井真弓)

● 大人気の「うなぎパイ」以外は赤字 生き残りをかけた4代目の挑戦

 2001年、家業である春華堂に入社した4代目の山崎貴裕さんは、さまざまな社内プロジェクトの陣頭指揮を執る中で、恐ろしいことに気づいてしまった。「うなぎパイの売上は伸びているのに、借入が消えない。なぜうちはこんなにお金がないんだ?」

 どこかに穴があるはずだ。しかし、右肩上がりのうなぎパイが目くらましとなって、社内の多くが、この状況に危機感を持っていなかったという。

 ほどなく原因が分かった。当時のうなぎパイの年間売上40億円に対し、それ以外の和洋菓子部門が、年間5億円の赤字を出し続けていたのだ。このままでは会社が危ない。山崎さんは、うなぎパイ・和菓子・洋菓子を“3本の矢”にすることを目指し、和洋菓子の黒字化に乗り出した。

 「選択と集中で強い会社にするという選択肢もあったかもしれません。しかし、時代によって和菓子がいいときもあれば、洋菓子がいいときもある。今後も100年続く会社にするには、いろんな武器を持つ必要がありました。そのために今は試行錯誤して種をまき、水をやり、うなぎパイのように長く愛されるお菓子を育てていこうと決めました」(山崎さん)

● お土産に、自分へのご褒美に 人気急上昇中の春華堂のお菓子たち

 その旗印として、2014年に浜松市にオープンしたのが、職人の手わざや手づくりの伝統を生かしながら、新たなお菓子文化を発信するスイーツ・コミュニティ「nicoe」だ。うなぎパイの誕生以来53年ぶりとなる新しいパイ専門店「coneri」や、五穀や発酵素材を使った和菓子ブランド「五穀屋」がデビューした。

 2021年には、同じく浜松市に、本社と店舗やカフェを併設した「スイーツバンク」をオープン。商品開発をさらに加速した。2023年に発売した「咲クレール」は、1年足らずで11万本を売り上げる人気商品に成長した。

 常務取締役 間宮純也さんのイチオシは、2022年2月に発売した「木いちごのしっとりネージュ」。甘酸っぱく濃厚なルビーチョコレートに、クッキーをじっくり二度漬けすることで、しっとり感とサクサクほろりの食感を生み出した。

 「春華堂は昔から、原材料と製法にこだわっています。ひと手間、ふた手間かけることで美味しくなるなら、まずは思うように作って売ってみようと。最初はどうしても原価高になりますが、大量生産できるまで人気が出れば原価も変わってきますから、利益が出るように改善するのはそれからでも遅くはないと考えています」(間宮さん)

 「まずはやってみる。その上で着実に一歩ずつ進んでいこう」が春華堂流だ。同社は、今後10年で、うなぎパイと和洋菓子の売上構成比を5対5にしたいという。2014年、9対1の状態から始まった種まきは功を奏し、現在7対3まで来たところだ。原材料や光熱費の高騰など課題はあれど、3本の矢の確立に向け、着実に進んでいると言っていい。

● 今の若手はスピード感がまるで違う セレンディピティを逃さない商品開発

 「うなぎパイ一本足打法」からの完全脱却に向けて、春華堂は今、大きく二つに力を入れている。攻めの商品開発と人材育成だ。まずは商品開発について見ていこう。

 春華堂の商品開発は、職人や生産者との出会いを起点に「この素材をどうプロデュースするか」という発想で始まることが多いという。共創する職人や生産者は、自分の足で探すことも多い。アポイントは取らず、一般客と同じように訪ねて特徴やこだわりを聞くこともあるという。決してミシュランの覆面調査員のようなつもりではなく、「春華堂という看板を掲げて行くと皆さん丁寧に対応してくださるので、気を遣わせてしまって申し訳ないから」と、間宮さんは言う。戦略というより、間宮さんの性格のようだ。

 今や春華堂の新たな主力商品となっている「みそまん」の「箱根路みそまん」は、小田原にある老舗の味噌醸造元・加藤兵太郎商店に飛び込んだことで生まれた。

 「加藤兵太郎商店は、今では珍しい木桶の樽で熟成している味噌屋さんです。これがまた素敵なご縁で、お店の方が、うなぎパイを買わないと手に入らない同封の『職人くんの日々』というしおりを集めてくれていたのです。それがきっかけで意気投合し、商品開発に至りました」(間宮さん)

 素材の開拓や会ってみたい人への飛び込みは、間宮さんの他に、入社1、2年目の若手従業員が同行することが多いという。理由は、「老舗の役員」という肩書だけで、中身がどんな人であっても余計な緊張感を与えてしまうことがあるからだ。若手と一緒に「教えてください」と頭を下げるほうが、上下関係を重んじる相手にも受け入れられやすい。いい化学反応を起こすため、バランスは積極的に崩しにいく。

 加えて、現場の若手に裁量を持たせることで、プロジェクト全体の進行速度を上げている。加藤兵太郎商店のようなセレンディピティ(幸運な偶然、素敵な出会い)にも動きが速い。

 「若手に任せる=リスクもあるとは思います。ただ今の若手は、調べもの一つとっても、スピード感がまるで違う。企画を仕切れるようになるまでの成長も速いのです。礼節はアドバイスしますが、基本的には、失敗は何もやってないより成功のうち。チャンスと裁量をどんどん与えていくことが、個人と組織の成長につながると思っています」(山崎さん)

● 成長意欲が高い若手の離職を「越境学習」で防ぐ 多様なプロフェッショナルや地域産業と共鳴

 続いて人材育成だ。2023年、春華堂は、次世代人材育成プログラムをスタートさせた。一番の目的は、次世代の幹部候補を育てることだが、若手の離職を食い止めたいという思いも強い。実は、春華堂には昔から競い合う文化がなく、部署異動も少ないことから、あたたかい雰囲気があった。一方で、折衝力や提案力が育ちにくく、成長意欲の高い若手ほど、厳しい環境を求めて離職するケースが相次いでいた。

 こうした課題を解決するため、春華堂ではグループ内の異なる部門を行き来する「越境学習」を推奨。加えて、デザイナーや料理人など、さまざまな分野で活躍する経営者やプロフェッショナルと交流できる講演会やワークショップなどを開催している。

 間宮さんには、研修を考える上で大切にしていることがあるという。

 「私もこれまでいろんな研修を受けてきました。終わった直後は、『私は変わるぞ!』と熱くなるのですが、会社に帰るとすぐ元に戻ってしまう。学んだ内容やモチベーションを定着させるには、全社的な取り組みにすることが重要です」

 たった一人が熱くなっても、社内がぬるま湯のままなら、すぐに湯冷めして一過性で終わってしまう。春華堂が目指しているのは、一人ひとりの成長と、組織全体の変革を同時に実現することだ。だからこそ、経営陣が率先して取り組んでいる。

● 春華堂の研修テーマは 「仕事では学べないことを学ぶ」「楽しむこと」

 山崎さんにも、研修を考える上で大切にしていることがある。会社が用意する研修といえば、業務に役立つカリキュラムになりがちだが、山崎さんは、「そういうのは必要だと思う人が学べばいい」と言う。

 春華堂のテーマは、「通常の仕事では学べないことを学ぶ」。普段の業務では得られない発想や仕事観に触れることで、それぞれの持ち場に新しいエッセンスを取り入れてほしいという。幸い、浜松は自動車産業が盛んで、漁業や農業などにも恵まれている。バラエティ豊かなプロフェッショナルが身近にいる強みを生かし、地域の産業や専門学校などと連携して地域全体で成長できるプログラムを目指した。

 「地域の皆さんとともに過ごし、収穫できるとかできないとか、いくらで売れるとか売れないとか、そういうリアルな問題を肌で感じることが真の学びですし、この会社、この地域で動き続けるモチベーションにつながるのではと思っています」(山崎さん)

 そして、二人が最も大切にしているのが、シンプルに「楽しむこと」だ。「楽しくなければ続かないし、嫌だと思ったらすぐに離職できてしまう時代だから」と、山崎さんは言う。

● 遊び心と プロフェッショナリズムの共存

 普段の仕事でも、春華堂は遊び心を大事にしている。真面目な会議でも、変装して参加するメンバーがいたり、冒頭でクイズや漫才が披露されたりと、少々ハチャメチャなのだが、これがアイスブレイクとなり、参加者は自然と議題へと引き込まれていく。各部門基本方針発表会などのプレゼンの発表順は、くじ引きで決めることもあるという。エンタメ性をもたせることで緊張感を和らげつつ、瞬発力を養うのが狙いだとか。

 突然だが、ここで実際に春華堂の会議で出題されたクイズを紹介しよう。「まだ2月なのに暑い」と報じた地元紙に、たまたま春華堂の従業員の姿が写り込んでいて、社内ではひとしきり話題になっていた。さて、この日の最高気温は何℃か――正解は、23.6℃だ。本当にどうでもいい。だが、「どうでもいいことが大事だ」と山崎さんは言う。

 人材採用の合同企業説明会でも、春華堂はネタを披露するなど一線を画している。根強いファンがいるようで、アンコールがくることもあるそうだ。人は何がきっかけで輝き出すか分からない。全力で笑わせにいった結果スイッチが入り、自分でも気づかなかった才能に目覚める従業員もいるという。

 山崎さんは、「オンリーワン」を大事にしている。どんな分野でも、唯一無二の存在は、血の滲むような努力をしている。そんな人が春華堂から一人でも多く出てくれたらうれしい。例えば、日本最大のケーキコンクールで優勝したら100万円、世界一になったら1000万円の報奨金を用意している。もし漫才好きの従業員がM-1グランプリで優勝したら、同様に1000万円を支給する予定だ。

● 老舗を言い訳にせず、何でもできることをやってみよう ほどよい余白がイノベーションの源泉になる

 型破りな印象の4代目だが、伝統と革新、この一見相反する2つの要素を巧みに融合させるには、「変えていくべきことと、残すべきことの見極めが大切」と山崎さんは言う。

 「長い歴史に乗っかって今があるのは分かっています。でも、それだけにとらわれず、何でもできることをやってみよう。で、やっちゃってます(笑)。とにかく一日一日、春華堂のお菓子美味しかったなとか、仕事楽しいなとか思ってもらえる会社であり続けたいと思っています」(山崎さん)

 ほどよい余白が、春華堂のイノベーションの源泉だ。そういえば、そもそも「夜のお菓子」なんてキャッチコピーが、遊び心そのものだった。

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最終更新:5/16(木) 7:02

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