「女子高生に扮したおじさんの恋」にグッときた夜 「VRおじさんの初恋」はNHKの“上から目線”がない名ドラマだ

5/23 17:02 配信

東洋経済オンライン

 「はじまりがあれば終わりは必ずくる」は、NHKの夜ドラ『VRおじさんの初恋』(NHK総合毎週月曜~木曜22時45分~23時)のセリフである。

 「夜ドラ」は名作が続々生まれている注目の枠で、『VRおじさん~』もひそやかな夜の楽しみにうってつけ。今週最終回を迎えるにあたり、おそらく寂しさとともにどんなふうに終わるかワクワクしている視聴者も多いことだろう。

 ※以下、物語のネタバレを含みます。

■女子高生に扮したおじさんが恋をした

 同作は長らく生きてきて成功体験と言えるものがない、40代のおじさん・直樹(野間口徹)がVR――Virtual Reality(「仮想現実」)の世界にハマって、そこで出会った人に恋をする物語だ。

 原作は暴力とも子の描いた漫画で、すでに完結しているから、最終回はわかっているといえばわかっている。だが、とかくドラマは原作とは違うところがあるものなので、予断を許さない。終わりよければすべてよし。なにごとも最終回が肝要だ。ここでは最終回を前に、この名作の魅力を振り返ってみよう。

 『VRおじさんの初恋』の肝は、“現実の世界”と“バーチャルの世界”をどうとらえるかにかかっていると思う。直樹は現実の世界では、いわゆる“イケおじ”(イケてるおじさん)ではなく、むしろ冴えないおじさんである。会社では目覚ましい活躍など皆無なうえ、遅刻しがちで上司に目をつけられ、希望退職者候補になっている。女性とつき合ったこともない。

 年齢的にも状況的にも、もはやワンチャンに賭ける可能性も見いだせそうにないところへさしかかっている直樹は、夜な夜な自室でゴーグルを装着し、仮想現実「トワイライト」の世界を楽しんでいる。そこでの直樹のアバターは女子高生・ナオキ(倉沢杏菜)。

 ただ、属性が変わったら社交的になるかといえばそうではなく、VRの世界でも誰ともかかわらず寂しさに浸るのだ。でも、VRの世界では何にも縛られず、たとえ一人だったとしても誰を気にすることもなく、自由に過ごせる。

 だが、この癒やしの世界はもうすぐサービスが終了してしまう。最後のときまで楽しもうと思っていたところ、ホナミ(井桁弘恵)という美少女が現れる。妙にナオキにつきまとってくるホナミに、最初は戸惑っていたナオキだが、自分のことを「すてき」と肯定してくれたホナミに、瞬く間に心を許していく。いや、いつしかすっかりホナミに心酔してしまう。

 終わりの近いこの世界をひとりで見届けるはずだった。それがいまはふたりで世界の終わりを待つ。その幸福感にナオキは浸る。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のような叙情性も立ち込める。

 ホナミの現実の顔はーー直樹よりも年配で、成功者でもあるシニア男性・穂波(坂東彌十郎)。その衝撃の事実の発覚は物語の前半のピークである。かなりクライマックス感のある内容だけれど、『VRおじさん~』の真骨頂は、お互いの正体を知ってからなのだ。

 穂波は直樹と現実の世界でもつながりたいと希望するが、直樹はVRの世界だけのつき合いにしたいと考える。「現実と混ぜるのはこの世界を裏切ることになると思う」と。それだけ直樹の中でVRの世界は大事であり、現実逃避としての場ではなく、独立したひとつの世界として大切に思っているのである。

 江戸川乱歩の名言「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」のように、仮想現実のほうが真実であるという考えを誰が否定できようか。

■原作者の想いを尊重した内容

 「(ホナミとの)この関係に名前なんてなくていい。初恋ってだけでいいんだ」

 この直樹のセリフには心が震えた。性差も年齢差も地位も、存在する世界の種類も関係ない。初恋というだけでいい、それ以上を望まない。ナオキ(直樹)の想いが尊い。

 中年男性の悲哀が、VRの世界の美少女・アバターに仮託することで、こんなにもカラフルでポップな世界になる。でも悲哀も残っている。いや、そうすることで悲哀も高まる。ナオキとホナミ役の倉沢杏菜と井桁弘恵のフレッシュさと、直樹と穂波役の野間口徹と坂東彌十郎の年輪、どちらも魅力的だ。

 ホナミを好きなあまり、現実世界のホナミ(穂波)を追いかけてしまった直樹。VRの世界を大事にしてきた彼がしだいに現実の人間関係にもコミットしはじめる。会社のおせっかいな同僚・佐々木(堀内敬子)は直樹に恋人ができたと思い込んでいる。まあ、あながち間違いではないのだが。

 直樹はホナミ(穂波)と彼の娘・飛鳥(田中麗奈)とのこじれた関係を修復すべく行動をはじめる。原作との違いは、ドラマでは現実パートの割合が多いことだ。

 単行本1巻分の漫画を15分✕32回の連ドラにするにあたり、どこを膨らませるかと考えたら、直樹がVRにハマったきっかけとなる現実世界を描くことで対比を色濃くする。その考え方は妥当だろう。

 原作者の暴力とも子がnoteに書いている文章を読むと、原作に書かれていない部分を膨らませるにあたって、ドラマスタッフが原作者にヒアリングしているそうだ。なので、昨今問題になる、映像化する側の独自な原作改変ではなく、あくまでも原作者の想いを尊重している。それもあってか違和感はあまりない。

 おせっかいな佐々木をはじめとした直樹の会社の人たちは、原作では名前もないキャラクターだが、ドラマではかなり膨らんでいる。加藤(瀬⼾芭⽉)というオリジナルキャラクターもいる。この加藤の自意識がなかなか面倒くさくておもしろい。

 たとえば、1本の栄養ドリンクを差し入れるだけでも、彼女の場合、かなりの気苦労がある。他者への配慮と自意識の相違を思い知らされると同時に、そこまで突き詰めないとならない生きづらさを思う。

 また、飛鳥とその部下・耕助(前原滉)や飛鳥の息子・葵の学校のエピソードなども手厚く描かれている。

■NHKの“上から目線”がない作品

 最終週では、現実の世界で、直樹が「ブルース・リー・スピリッツ作戦」なるものを葵と耕助とともに決行しようと画策し、飛鳥をVRの世界に誘う。

 すると彼女は「どうしたって現実で生きていかなきゃいけないのに、見た目をきれいにしただけのきれいでもなんでもない人間が目的もなく時間を浪費するこのコンテンツのありかたが私には理解できない」と言う。

 案の定、こういうセリフが出てきた。この流れだと、書を捨てよ町へ出よ、じゃないが、VRの世界を終わらせて現実に戻ろうとなってしまわないだろうかといささか心配にもなった。

 直樹がこのまま現実の世界で奮闘して、現実の世界も捨てたものじゃないというふうになったらどうしようと危惧したが、飛鳥がVRの世界を体験することで穂波を理解することになる。

 原作は徹底して、世間でいうところの“成功者ではない者たち”の側に立った物語だ。変わるとか変わらないとかではなく、状況や心情をありのままに描いたからこそ、強烈に心を打つものになったのだろうと感じる。

 一方、NHKは社会的弱者を描いたドラマを多く作っているものの、作っている人たちの中心は社会的強者、成功者の側である。悪気はなくとも、どうしてもやや上から目線のお説教的なドラマになりがちだ(だからこそ以前、同局で放送された内村光良のコント番組で「NHKなんで」というギャグも生まれたのだろう)。

 俗に言う「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」的なズレがいつもどこかにある気がするのだ。その点、『VRおじさんの初恋』はその差異を埋められる可能性をもった作品だ。

 VRの世界を真実として生きる者たちをどうとらえるか。これは世界の未来にとって大きな課題である。世の中はまだVRの世界に懐疑的な人も少なくはないだろう。おじさんのアバターが美少女(それも制服や露出の高い服やうさぎの耳のかぶりもの)であることに引っ掛かりを覚える視聴者もいるだろう。

 とりわけ原作はホナミの露出度が高いし、ホナミとナオキの関係描写も生々しく、食わず嫌いする人もいそうではある。逆に、ドラマの現実パートのほうを好む視聴者もいるかもしれない。学校で浮いた存在である葵の友人関係のエピソードなんかもいい話ではある。

 でも、純粋な少女の姿が穂波と直樹の本質だと思えばいいだけなのだ。見た目も出自も地位も全部なくして、自分の好きな依代(よりしろ)に魂を入れる。それが差別も区別もないVRの世界である。

■VRの世界ならすべてがとっぱらえる

 VRの世界では成功者もうまくいかない者も、年齢も、性差も、病気も関係ない。

 穂波は現実世界では病気になって現実世界での寿命はわずかではあるものの、成功者としての人生を歩んできた。経済的に成功し、子も孫もいる。ひとり暮らしだが、料理上手で、まだ車の運転もできるし、部屋数も多い大きな家に住んでいる。ほんとうだったら、築古そうなアパートにひとりで住んで希望退職するかどうか悩んでいるような直樹との接点はなかっただろう。

 多様性の時代、あらゆる差異をなくしていくことを目指しているとはいえ、簡単なことではない。性差やルッキズムをなくすのみならず、年齢差別にも意識をもっと向けるべきではないか(欧米は履歴書に年齢を入れず実績だけで見る)。

 その点、VRの世界ならすべてがとっぱらえる(そのシステムに対価がかかる場合、支払う経済的能力はないとおのずと外れてしまうけれど、それはさておく)。そこに頼る人たちがいることこそが現実なのだ。

 直樹が「トワイライト」の終わりを見届けようとしたように、ドラマ『VRおじさんの初恋』の終わりを静かに見届けたい。

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最終更新:5/23(木) 17:02

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