移民が増えればインフレは収まる?FRB利下げと移民の「深い関係」

4/18 7:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

● FRBの政策運営にも影響及ぼす 移民問題はインフレ収束の重要な鍵?

 いま、世界中の関心がFRB(連邦準備制度理事会)の利下げスケジュールに集まっている。アメリカの政策金利は、インフレ退治のために2022年から急速に引き上げられた。インフレ率が鈍化するなかで、FRBが景気を失速させないようにいつ利下げに転じるかが鍵だが、早すぎるとインフレを再燃させてしまう危険があるので、タイミングが難しい。

 アメリカ労働省が4月5日に発表した3月の雇用統計によると、非農業部門就業者数の前月比増加は約30万人と、市場の予想を上回った。就業者数増加は3カ月平均で約28万人。これは2010~19年平均の18万人を大きく上回る。

 また10日に公表された3月の消費者物価指数も市場の予想を上回る前年同月比3.5%の伸びとなり、こうした雇用や物価の状況がFRBの利下げが後ずれする見方につながっている。

 その一方で、利下げのタイミングにアメリカへの移民急増が影響を与えるとも言われる。

 「移民が増えればインフレが収まる」というのだが、移民と利下げは、一見したところ何も関係がないように思われる。いわば「風が吹けば桶屋が儲かる」という類いの話のようにも聞こえる。

 しかし、これは経済のメカニズムに直接、かかわることであり、移民問題は経済や金融政策の重要なカギになる。

 今回のアメリカのインフレは、2021年、コロナ禍からの回復に伴って経済活動が急回復し労働供給が追い付かなかったために賃金が上がり、それがインフレをもたらした。だから、インフレ抑制のために重要なのは労働供給を増やすことだ。

 移民が増えれば、労働の供給が増える。だからインフレ退治に役立つ。利下げをしても、それがインフレを加速することにはならないということになる。

● 不法移民問題は大統領選の最大の争点 急増で混乱、国境の壁建設“再開”

 移民の急増は、いまアメリカ社会を揺るがしている大問題だ。

 メキシコとの国境からの不法移民は、以前から問題だった。トランプ前大統領は、これを阻止するため、在任中に国境に壁を建設した。

 ところが、バイデン大統領は就任した初日に壁建設の中止を決定した。すると、不法移民が急増した。中南米やアフリカ諸国から、あるいは中国からも地球を1周して中南米に入国し、熱帯のジャングルを歩いてメキシコまでたどり着くという、移民の奔流が発生したのだ。

 中南米やアフリカ諸国では、この数年間のインフレによって、生活困窮者が激増した。中国でも経済の落ち込みで生活が困難になった人が続出している。こうした人々は、アメリカに行けば何とかなると期待してアメリカに押し寄せているのだ。

 急増した不法移民は、ニューヨーク市などで大混乱を引き起こしている。当面のシェルターとして市内の老舗ホテルが開放されたが、収容しきれない人々が路上に溢れ、さまざまな問題を引き起こしている。地下鉄には危なくて乗れなくなった。ニューヨークは1980年代に深刻な治安危機に陥ったことがあるが、その当時のような事態になってしまったと言われる。

 この問題は、今や11月の大統領選の最大の争点になった。バイデン大統領もこの状況を無視することができず、23年10月に壁の建設再開という決定に追い込まれた。

 これに対しトランプ氏は、「私の政策が正しいことが証明された。バイデンはそれを認めて謝罪すべきだ」などと述べている。

 トランプ氏だけでなく多くの人が、これはバイデン政権の失政だと考えている。移民問題は、大統領選でトランプ氏への強い追い風になり、バイデン氏は苦しい立場に追い込まれているとの見方が強い。

● 移民の増加は労働力を増やし アメリカ経済に望ましい影響を与える

 しかし、移民の増加は労働力を増やし、アメリカ経済に望ましい影響を与えていることも認識されている。

 議会予算局(CBO)は1月、24年の流入数推計を、これまでの121万人から330万人に引き上げた。雇用統計でも国外生まれの働き手が急増した。22年末から24年3月までの増加は221万人に上る。

 FRBのパウエル議長は、4月3日にスタンフォード大学で行なった講演で、移民の増加が昨年のアメリカ経済の成長率を押し上げ、労働市場のひっ迫緩和に寄与したとした。

 また、バイデン政権で経済政策を担当するブレイナード国家経済会議(NEC)委員長は、4月5日、テレビで「移民は常に米労働市場の力強さの一部だ」と強調した。

 今回のインフレは、人手不足によって賃金が高騰したことからもたらされたものだ。その効果が、移民の増加によって緩和されることになる。つまり、経済活動は活性化するが、インフレにはあまり気を使わなくても良いことになる。

 そうであれば、利下げのスケジュールを早めても、インフレが再燃することにはならないだろうということになる。

 もっとも、こうした見方にはFRB内にも異論がある。FRBのボウマン理事は「供給サイドの改善がインフレ率の低下を継続させるかどうかは不透明だ」としている。また実際に利下げのタイミングにどのように影響するかは、さまざまな複雑な要因によるので、簡単ではない。

 しかし、基本は、移民が労働力不足を解消してインフレを緩和するということだ。

 不法移民の問題は、人道上の観点と社会不安の観点から論じられることが多い。もちろんそれらは重要な問題なのだが、それ以外に労働力の供給増加という極めて重要な経済的な意味を持っているのだ。

● どのようなスピードで移民を増やすかが重要 人手不足深刻化の日本も見直しは焦眉の課題

 移民の急増は、短期的には社会的混乱をもたらす。しかし、長期的に見れば、労働力増加というプラスの効果を持つ。

 混乱だけをもたらすわけではないのだ。

 混乱は一時的なもの、そして対処しうるものだ。それに対して、労働力増加は長期的に持続する効果だ。要は、どのようなスピードで移民を受け入れていくかだ。

 それについて適切な政策を見いだせれば、民主党も大統領選で移民問題を自らへの追い風にすることもできるだろう。

 移民問題は日本にとって他人事ではない。それどころか、重要な意味をもっている。

 日本では、移民に否定的な意見が強い。実際に、政策でも移民を事実上、禁止し、外国人労働者の受け入れは技能実習制度などのように例外的にしか認めていない。

 その根拠は、移民を認めれば、治安が悪化するというものだ。この立場の人たちは、いまアメリカの都市で起きている混乱を見て、「われわれが危惧した通りだ。日本でも移民を認めれば、あのような事態になってしまう」と言うかもしれない。

 しかし、移民が労働力を増やし経済に望ましい効果を与えるということも、アメリカでは現実に生じているのだ。移民反対論者は、そのような効果を軽視している。その結果、日本は、深刻な労働力不足に見舞われているにもかかわらず、移民に対して否定的な政策を取り続けてきた。

 日本の将来を考えると、労働力不足問題はますます深刻化する。特に介護においてそうだ。移民政策の見直しは焦眉の課題だ。

 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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最終更新:4/18(木) 7:02

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