感染者は3年前の10倍以上!「百日咳」爆発的流行に潜む原因は「ワクチン効果の誤解」だった?――特に乳児は重症化しやすいので注意が必要
百日咳が世界中で爆発的に流行しています。
日本国内でも、2022年に499件の百日咳が報告されていますが、2023年には1009件、2024年には4054件と増加しています。
2025年は12週までの時点で既に4100件と、昨年1年間の患者数を上回っており、このままの勢いだと年間1万人を超える患者数が予想されます(図参照※外部配信先ではグラフを閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。
■ワクチンがあるのになぜ流行するのか?
百日咳はワクチンで予防可能な細菌感染症で、日本では1950年から接種が始まっています。すでに多くの人が接種を受けているはずなのに、なぜ百日咳が流行するのでしょうか。
その理由は、「ワクチンの効果が接種後数年で切れるから」です。
予防接種は子どものころに受けておけば、一生追加接種は必要ないと考えておられる方がほとんどです。実際、麻疹などのように一生もつと考えられるものもありますが、数年で切れるものもあります。
そこに百日咳の忍び込む余地があるのです。
■百日咳はどんな感染症か
百日咳は、感染した人の咳やくしゃみによる飛沫を介してほかの人に感染します。そのため、家庭内や学校などの集団生活の場で感染が拡大しやすいです。
百日咳の存在が知られるようになったのは、100年以上前のことです。
免疫学者であるジュール・ボルデ(Jules Bordet)は、百日咳にかかった自身の子どもの痰から、1906年に細菌を分離培養することに成功しました。この細菌はボルデの名前をとって“Bordetella pertussis”と名付けられました。Pertussisはラテン語で「激しい咳」を意味します。
この名が示す通り、百日咳は咳を主体とする症状が特徴の感染症です。百日咳菌が作り出す毒素が、ヒトの気管の粘膜にくっつくことで、症状が起こると考えられています。
表れる症状は、年代によって少し異なります。
乳幼児が百日咳菌に感染すると、潜伏期間を経て7〜10日後に風邪のような症状が始まります。そして次第に咳が激しくなります。
やがて発作的にけいれん性の咳が表れます。連続する短い咳のあとに、息を吸うときに「ヒュー」と笛のような音が出るのが特徴です。この咳発作では、嘔吐を伴うこともあります。
発熱はほとんどありませんが、咳の影響で顔がむくんだり、皮膚に点状出血が出たり、白目が出血したり、鼻血が出たりすることもあります。発作がないときは無症状ですが、刺激で誘発されやすく、特に夜間に多く見られます。
回復してくると激しい咳発作は徐々に減り、2〜3週間で治まりますが、その後も時折咳が出ることがあり、完全に治るまでは2〜3カ月かかります。
ただなかには、こうした典型的な咳が見られず、無呼吸発作からチアノーゼ、けいれん、呼吸停止へと進行することもあります。肺炎や脳症を合併すると致死率が高くなるので、注意が必要です。
一方、成人では症状が軽く、典型的な発作的な咳は見られにくいものの、症状は長期間持続しやすいです。軽症のため見逃されがちですが、咳とともに細菌を排出するため、ワクチン未接種の乳児への感染源となる危険があり、気を付けなければなりません。
前述したように、百日咳はワクチン接種が推奨されている感染症です。
ワクチンには生ワクチン、不活化ワクチンなどいくつかの種類がありますが、現在、日本で用いられているのは「無細胞型百日咳ワクチン」という不活化ワクチンです。
無細胞型は、原理的には百日咳菌の毒素の働きを抑えるもので、百日咳菌が鼻やのどの粘膜に感染するのを防げません。そのため、それまで使われていた全細胞型百日咳ワクチンと比べて副反応が少ない一方、感染を予防し、病気の広がりを防ぐ効果は低いと考えられていました。
しかし、スウェーデンでは、1979年にそれまで使われていた全細胞型を中止したことで百日咳の流行が起きたため、1996年から無細胞型の接種を始めたところ、百日咳の患者数は10分の1程度にまで減少しました。
したがって、現在は全細胞型よりは弱いものの、無細胞型でも百日咳の集団免疫は成立し、感染拡大を防ぐ効果があると考えられています(とはいえ、副反応が少なく感染予防効果が高いワクチンの開発は必要です)。
■ワクチン接種で0歳児を守る
現在は予防接種として、生後3カ月から5種混合ワクチン(百日咳、破傷風、ジフテリア、ポリオ、ヒブ)の定期接種を行い(標準的では生後6カ月までに3回接種)、そのあと生後12〜18カ月に1回、追加接種することになっています。
実は、百日咳による症状が最も重くなるのは、ワクチン未接種で免疫力がない0歳児です。命にも関わることがあります。アメリカとオーストラリアのデータでは、百日咳に関連する入院患者の60%以上が、1歳未満であることが示されています。
新生児を百日咳から守るため、2012年以降に多くの国々で始まったのが、母親への予防接種です。
2015年には、世界保健機関(WHO)が無細胞型百日咳ワクチンによる母親への予防接種を公式に推奨しました。2020年までに、日本を含め55カ国で母親への予防接種が推奨されています。
通常は、妊娠第2期または第3期にワクチンを接種します。母親への予防接種は新生児を百日咳から守るうえで非常に有効で、百日咳のリスクを70〜95%減少させることが推定されています。
接種するワクチンは、多くの国では成人用3種混合ワクチン(Tdap:破傷風・ジフテリア・百日咳)です。こちらのほうが、発熱などの副反応が少ないためより望ましいのですが、日本では未承認で、通常の3種混合ワクチン(DPT)を用いるしかありません。日本国内での開発が待たれます。
妊婦さん以外にも打ってもらいたい方たちがいます。それは、新生児や乳児に接する周囲の人たちです(任意接種のため自己負担になります)。
一般的にワクチンの効果は4〜12年ほどで低下します。そのため、大人は子どものときに接種したワクチンの効果がすでに失われていて、百日咳菌に対する免疫が低下しています。ですから、新生児や乳児に接する周囲の人たちはワクチン接種をして、赤ちゃんを百日咳から守ることが望ましいのです。
しかしながら、日本では新生児や乳幼児に接する医療者ですら百日咳のワクチンの追加接種は行われていません。憂慮すべきことで、すぐに対策をとったほうがいいと筆者は考えます。
■1933年に開発された百日咳ワクチン
ここから少し百日咳の予防接種の歴史について触れます。
百日咳ワクチンの歴史は古く、アメリカで1933年に百日咳菌を不活化(感染力を失わせること)した全細胞型百日咳ワクチン(whole cell pertussis vaccine:wP)が開発され、1944年にはアメリカ小児科学会の感染症委員会が接種を推奨しています。
日本には1950年に全細胞型の単独接種が始まりました。
その後、1958年にはジフテリアと全細胞型百日咳を組み合わせた2種混合ワクチンの接種が始まり、1964年には破傷風を加えた3種混合ワクチンが一部自治体で、1968年からは全国で定期接種として開始されました。
ワクチンは効果があり、1972年には百日咳の患者は大幅に減少しました。一方で、全細胞型は副反応が強いことが問題視されていました。1975年には3種混合ワクチンの接種後に2人が死亡したことで、接種が一時中断されました。
より副反応の弱いワクチンの開発が必要で、世界に先駆けて日本の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)で百日咳菌から毒素を分離し、その毒素に対する免疫が得られる無細胞型百日咳ワクチン(acellular pertussis vaccine:aP)を開発しました。
1981年には改良型の無細胞型3種混合ワクチンの接種が開始。1991年にはアメリカでも導入され、現在ではヨーロッパ諸国、カナダ、オーストラリアなどで広く用いられています。
2012年11月からは4種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風・ポリオ)が、2024年4月からは5種混合ワクチンが定期接種となり、広く接種されています。
■百日咳の治療で問題となる「耐性菌」
最後に百日咳治療の問題点について、触れたいと思います。
生後6カ月以上の患者さんにはエリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬を用いて治療します。咳が出始めてから3週間ほどは百日咳菌が排出されますが、適切な抗菌薬による治療により、服用開始から5日後には菌は検出されなくなります。
ただし、最近はこれらの抗菌薬が効かない耐性菌が出現し、耐性菌による感染者数が増えていることが問題視されています。その場合は、別の適切な抗菌薬を用いて治療することとなります。
耐性菌の出現の原因は抗菌薬の濫用です。風邪症状で受診した人全員を抗菌薬で治療すれば、耐性菌は必ず出現します。つまり使い勝手がよく、広く用いられている抗菌薬から耐性ができてきます。
抗菌薬は必要な場合にのみ用いることが重要です。我々医師も気を付けなければならないですし、患者さんもむやみに抗菌薬をほしがるようなことがないよう、お願いしたいところです。
幸い、耐性菌でもワクチンで防ぐことは可能です。抗菌薬の耐性化が進む現代では、予防接種で感染症を予防することが一層重要となります。
東洋経済オンライン
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最終更新:4/9(水) 8:02