認知症の母が同じものを何度も買ってしまうワケ 認知症の「なぜ?」がわかり、介護が楽になる

3/2 17:02 配信

東洋経済オンライン

認知症の症状は、お天気と同じで晴れたり曇ったり。でも、ちょっとした接し方のコツで、どんよりとした曇り空を晴れに変えることもできます。そのために必要なのは、認知症の人の心の動きを知ることだと、理学療法士の川畑智さんは言います。川畑さんの著作『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より、認知症の人の心の中ののぞき方と、「晴れ」に通じる接し方のコツを、一部抜粋してお届けいたします。

■目の前で泣き崩れた50代の息子

 「そうか、オレのために買うてきたとですね……」

 50代の山本さんは、そう言って私の前で泣き崩れました。

 山本さんのお母さんは、そのとき80代。

 同じものを何度も買ってしまうなど、物忘れの症状が目立ってきたため、息子の山本さんと一緒に私の教室を訪ねてくれました。

 そこで、簡易的に認知機能を測れる「ブレイン・チェック」を試してみたところ、認知症の疑いがあるという結果になったのです。

 認知症になると、記憶をつかさどる脳の海馬の衰えから記憶障害が起きます。

 なにを買ったかわからなくなったり、あいまいになったりして、同じ食材や食品で冷蔵庫がいっぱいになることがよくあります。

 「同じものを買う」といっても、買うものは人それぞれ。

 卵や牛乳、ヨーグルトなど食品ばかりを買ってくる方もいますし、トイレットペーパーや石鹸などの日用品ばかりを買ってくる方もいます。

 山本さんのお母さんが決まって買ってくるものは、魚の練りものでした。

 山本さんはすでに実家を離れていて、お母さんは一人暮らしです。

 山本さんは仕事が忙しく、お母さんの様子を見に行けるのは、月に1度程度。

 帰省して冷蔵庫を開けるたび、かまぼこやちくわ、つみれなどの練りものがいくつも入っていて、しかも前見たときよりも増えている……。

 そのうえ、奥のほうには、すでに大幅に賞味期限が切れているものもあり、どうしたものかと不安になった山本さん。2週間に1度くらいの頻度で実家に顔を出すよう頑張り、電話の回数も増やすように努力をしていました。

 そんな中で、決定的だったのが、刺身事件だったといいます。

 冷蔵庫の中で見た刺身の盛り合わせが、2週間ものあいだまったく手をつけられずにそのまま入っていたにもかかわらず、さらにまた新しい盛り合わせパックを購入して冷蔵庫に入れていたとのことでした。

 見た目にもすでに傷みが進んでいた刺身を見て、山本さんは思わず、お母さんを責めてしまったそうです。

 「なんで食い終わっとらんとに、同じもんば買うてくると?」

 「ムダにして、もったいなか!」

■決して消えない幸せな記憶

 そのときお母さんは、うつむいたまま、

 「あんたが来ると思って、買うたったい」

 と小さな声で答えたといいます。

 それを聞いた私は、山本さんに「もしかして、練りものや刺身は、山本さんの子どもの頃からの好物だったのではありませんか?」と尋ねました。

 すると山本さんはハッとして、

 「たしかに、子どもんときから、練りもんとか刺身とか食いよったです……」

 と答えたのです。

 そして刺身の盛り合わせは、お客さんが来たときや、毎年家族でお正月に食べるのが恒例だったと教えてくれました。

 それから、冒頭に書いたように、山本さんは泣き崩れたのでした。

 お母さんは、自分が食べるために練りものや刺身を買ったのではありません。

 お母さんは、自分が買ったことは忘れても、幼い山本さんが、かまぼこやちくわやつみれといった練りものをおいしそうに食べていたことや、お正月にみんなで刺身の盛り合わせを食べた、家族の幸せな時間は覚えていたのです。

 いつ帰ってきてもいいようにと、買い物に行くたびに毎回練りものを買い、2週間刺身に手をつけないまま、息子のことを思い、冷蔵庫で保存してくれていたお母さんがそこにいたのです。

 かまぼこに賞味期限はあっても、愛情に賞味期限はありません。

 現実問題としては、買い物の日を決めて、買い物リストを一緒につくり、買い物の前には冷蔵庫の中を一緒に片づけるなどの対応が必要かもしれません。

 でも、不可解で奇抜に見える行動には、理由がある場合があります。

 認知症になった家族にイラッとし、思わず責めてしまいそうになったら、一度落ち着いて、「なぜそうしたのか?」に思いを馳せてみてください。

 その背景にある認知症の人の思いに触れると、沈みがちだった暗い気持ちがほっこりと温かくなり、一気に晴れ上がることがあります。

■沈んだ気持ちを「晴れ」にするのは「ボケ」と「ツッコミ」

 80歳の藤田さんは、ある日私にこんなことを言いました。

 「じゃんけんのパーと一緒。頭がパーだけん、しょうがなかね」

 認知症になると、「私、バカになっちゃった」「あんぽんたんだから」など、自虐的な表現をする方が結構います。私も一瞬、どう切り返すか迷ったのですが、

 「藤田さんはパーですか……じゃあ、私はチョキを出しますね」

 と言うと、これに藤田さんは大笑い。私もつられて大笑い。

 意味のある情報を交換しているわけでもなく、「ノリ」で言葉が交わされているだけ。でもその場の雰囲気は、どっと一緒に笑ったことで、明るく、前向きにまとまります。

 自分の言葉を否定せずに受け止め、面白おかしく返してくれた普通の会話がうれしいという感覚は、認知症の有無は問わないのです。

 冗談でもいいので、とにかく笑いをどんどんつくっていく。

 これは、あらゆるシーンで使える大切な鉄則です。

■「愛のあるツッコミ」は家族にしかできない

 普段はとてもほがらかな、認知症の井上さん(81歳)。

 明るい性格とはいえ、生活の中で記憶の苦手を強く感じるようになった自分と向き合うのは、精神的にこたえるといいます。

 話をしていると、「若っかときは、ピシャッとできとったばってん、たいぎゃあ苦手になったばい……」と本音を漏らし、ときに涙を流されることも。

 このような、わずかな刺激で感情があふれてしまい、自覚しても抑えることができない状態を、医学的には「感情失禁」と呼びます。

 感情失禁に対しては、本人と同じ態度、表情で接するのが基本です。

 私も顔をしかめて、「そうですか。苦手を感じるんですね……」とアプローチします。

 そこに、ご本人以上に明るい性格の奥さんが入ってきました。

 そして、あいさつもつかの間、さらっとこう言ったのです。

 「ばってん、あんた。今始まったことじゃなかばい。若いときから、よう忘れよったもん!  だけん、なにも変わらんと。支え合って生きていけばよかと」

 とたんに空気がパッと明るく晴れ上がりました。

 井上さんも「また、お前ばバカ話ばっかりして」と言い返しながらも笑っています。

 正直、こうした切り返し(あるいはツッコミ)は、私たち専門職にはなかなか発せない言葉です。

 その機転の良さは、反対に私たちが学ばなければならないところでもあります。

 記憶の喪失だけでなく、認知症になると失敗が増えていきます。

 そこで叱ったり、あきらめたりせずに、前向きな笑いを交ぜ、ネガティブな雰囲気を変えるちょっとした工夫をしてみてください。

 たとえば、ボタンやチャックを閉められずに、うまく服が着られない方の場合。

 わざと自分もチャックを下ろして、「あらっ、私もチャックが開いていました」と笑いながら言うことがあります。

 同じ立場を演出した後に動きを見せながら、「こうやって閉めるといいですね」と、チャックやボタンの動作を解決する。

 すると、「自分だけじゃない、この人も一緒だ」という安心感を与えられます。

■笑うことで、想像していなかった一筋の光が差す

 最後に、究極の例をひとつ。

 井上さんが、「もう死にたい。いつ死んでもいい」とおっしゃったとき、私はあえてこう言ってみました。

 「井上さん!  この世とも今生の別れ。私と一緒に心中ですね」

 それも芝居がかった、大げさなリアクション。これも、奥さんに学んだ話術です。

 思わぬ反応に面食らったのか、井上さんは、「いやいや、あんたが死ぬことはなかたい!」と笑顔になりました。

 「そう、井上さんも死ぬことはなかです!」

 思いも寄らぬ、予測を超えたメッセージが飛んでくると、人はつい笑ってしまいます。

 医学の本には載っていないけれど、明るく、お茶目に、ときには自虐的な芝居も交ぜながら笑わせてみてください。

 真っ暗闇に、想像していなかった一筋の光が差すときがあります。

 もちろん笑うことで、あなたもうれしくなります。

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最終更新:3/2(土) 17:02

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