「コロナ続いてほしい」普通高校脱落する子の本心 東海地方で30年働く先生が語った事(第3回)

5/16 8:21 配信

東洋経済オンライン

学力が低く、授業についていくことができない「教育困難」を抱える生徒たちを考える本連載。今回お話を伺った鈴木先生(仮名)は、東海地域で30年以上高校教員として働くベテラン教師です。鈴木先生の高校は、偏差値40以下の私立高校で、昔も今も「教育困難な生徒」=「勉強がなかなかできない生徒」が多く通っています。
そんな先生の目から見ると、昔よりも現在のほうが、さまざまな意味で「深刻な」問題を抱える生徒が多くなっているのだそうです。自身も15年前に「教育困難」校を卒業した濱井正吾氏が、コロナ以前と以後の学校の変化について伺いました。

■コロナ禍で大きなダメージを受けた教育業界

 今回、お話をお聞きした鈴木先生(仮名)は、東海地域で30年以上、偏差値40以下の「教育困難」校の高校教員を務めています。

 鈴木先生は語ります。「コロナでもっともダメージを受けたのは教育業界」だと。教育業界の酸いも甘いも知るベテラン教師に、1事例として、その理由を尋ねてみました。

 コロナ禍では、ニュースで大きく報道される外食業界がもっとも深刻な影響を受けたと思っている人も多いでしょう。

 しかし、鈴木先生は「コロナで最も深刻なダメージを受けたのは地域の普通の全日制私立高校です」と言います。その理由についてお聞きしたところ、自身の経験に基づいた鈴木先生の洞察をお話ししてくださいました。

 「コロナで外食業界がダメージを受けたというのはよく言われることです。しかし、外食業界は一時的に人が少なくなりましたが、今はアフターコロナで戻っていますよね。でも、学校はコロナを経て『学校に行かなくてもいい』という空気感になってしまったんです。

 私が働く学校も含めて、生徒の募集が本当にうまくいきませんでした。原因は明らかで、通信制高校に生徒が多く流れたからです。

 私たちの学校にはもともと、中学生のときに不登校になってしまった子どもたちを含めて、あまり学校に馴染めなかった生徒が多く来ていました。しかし、そういった層が根こそぎ、通信制高校を選ぶようになったのです」

■学校に通う必要を感じなくなる

 コロナ以降の空気の変化で、多くの生徒が通うようになった通信制高校は、普通科高校の存在意義をも脅かしているようです。

 「もともと不登校になる子どもの数は年々増加していました。私の学校にも不登校気味の子は多かったのです。それでも、今までは慣習として、『とにかく高校には行っておけ! 行かないとろくな大人にならない!』と言われていたから生徒も我慢して通っていました。

 それが、コロナが到来してから『感染が怖ければ、学校には無理して行かなくてもいいです!』と言われるようになりました。そうすると、遠隔での授業が当たり前になってしまい、自分の体を動かして教室に行く必要性を、多くの子どもたちが感じなくなってしまったんですよね」

 鈴木先生は、特に女子生徒が通信制高校を選んでいる傾向にある、と感じるそうです。

 「通信制高校を選んだ女の子たちに話を聞くと、2つのパターンがあります。まず1つは、人間関係を回避したいというパターンです。女の子のほうが、人間関係が複雑になりがちで、そういった関係性に疲れてしまった生徒が通信制を選んでいます。

 もう1つは逆のパターンです。ファッションが好きで、髪の毛や格好で学校に縛られなくていいというのを利点だと思っている子どもたちが、通信制高校を選んでいるみたいです」

 家にいることを強いられるコロナ蔓延中の環境は、しがらみを嫌う一部の生徒にとっては天国のような時間だったかもしれません。

 今ではおとなしい生徒が多い鈴木先生の学校でも、「コロナ期間のほうがよかった」という生徒が少なからずいたようです。

■コロナ、終わってほしくなかった

 「世間では、コロナがほぼ収束しつつあるということで、『修学旅行に行ける』『友達と会って話せる』ということが強調されているイメージがありますが、もともと気質としていわゆる『陰キャ』な生徒が多かった、私が勤める学校では、コロナ前と全然変わっていません。

 コロナのときから不登校気味なのが変わっていない生徒もいますし、コロナがほぼ収束してもずっとマスクをつけて、『感染なんてどうでもいいけれど、表情を見られたくないから』と言っている生徒もいます。『コロナ、終わってほしくなかった』なんてことを言う生徒は1人や2人ではありませんね」

 コロナの収束を喜べない生徒も珍しくなかった、鈴木先生の高校。実際にコロナ禍真っ最中の時期や、それが終わったあとには、学校にはどのような空気感が漂っていたのでしょうか。

 「感染者がピークの時期には『怖いから学校には行かせたくない』という親が多かったですし、それは許容されていました。それは当たり前のことですが、感染者数がピークをすぎてからも、生徒も、その親もひっくるめてまだそのような空気感が続いていたんです。2023年の5月にコロナが5類感染症に移行するころまでは不登校でもいいという空気感がありましたね」

 鈴木先生は、不登校を許容する時代の流れが、通信制高校の流行を後押ししているとも考えています。

 「私が若いときには、学校はカルチャー共有の場でした。学校という共同体に行かないと、流行っている漫画や音楽など、カルチャーの共有ができませんでしたから。学校に行かないということは『社会から完全に取り残される』という恐怖感があったんですよね。

 でも、今の子にはそんなものは必要ありませんよね。SNSが発達しているから、カルチャーはネットのほうが吸収しやすいし、仲間も見つけやすい。むしろ、学校に行っても自分の趣味を共有しない子のほうが多いです」

 「わかりやすいから『上』と『下』という言葉を便宜上使いますが、部活や勉強を本気で頑張ってるような『上』の層は、『学校がないと困る!』となるでしょうが、一定層よりも『下』の層の生徒たちは、自分の人生における学校の比重が軽いことが多いです。

 そう考えると、通信制が人気にもなりますよね。学校を言語で情報を伝える場だと仮定するならば、普通科の高校はもう通信制高校に勝てないと思いますよ」

■通信制高校には勝てない

 学校の生徒募集にも携わっている鈴木先生の「通信制高校に勝てない」という言葉には、とても重みがありました。では、そうした通信制高校の台頭に対して、鈴木先生は1人の教員として、どう思われているのでしょうか。

 「もちろん生徒によっては、通信制高校を選ぶという選択がプラスに働く場合も多いとは思います。その子に勉強する意思さえあれば、わざわざ教育困難校で周囲の雑音に左右されずとも勉強できるというのはとてもいいことだと思います。

 でも、長年教員をやっていて生徒を見ている自分としては、まったく別の心配をしてしまうんです。というのも、これは自惚れかもしれませんが、『ウチの高校に来ないで、対面で大人がしっかり向き合うことをしなかったら、あの子は本当にダメになっていただろうな』と感じる生徒は、多いんですよ。不登校であったり、自分の人生に対しての意識が希薄であったりする子は、一時的な感情に流されがちです」

 また鈴木先生は、「あくまで普通科の教員の言葉として聞いていただければと思いますが」と前置きをしたうえで、対面の重要性を述べてくださいました。

 「勉強面でも生活面でも、誰かが対面で一定の強制力を働かせないと難しい場合があります。たとえば、私が指導している生徒の中には、ちょっと失敗しただけで希死念慮を口にする子も多いです。

 そんなときには、大人が介入して助ける必要があるわけですが、私としては、通信制高校でそれができるかどうかは疑問が残るなと。もちろんデジタルのコミュニケーションのほうが活発なタイプもいますから、一概にどうこう言える問題ではないかもしれませんが、やはり対面で話しているほうが、ポツリポツリと言葉を口にしてくれる生徒は多いです」

 長年普通科の教員を務めてきたからこそ、実感のこもった意見の数々を投げかけてくださる鈴木先生。鈴木先生は、生活面だけではなく、勉強をするうえでの対面の重要性も感じているそうです。

 一般的に通信制教育の利点としては、他人に強制されず、好きな時間に好きな科目の勉強ができるという利点が考えられますが、そうした「通信制」での勉強についても、自身の経験から、通信制で学校の成績が上がらない可能性があるという懸念を教えてくださいました。

■先生のことが好きになって勉強を頑張る場合も

 「生徒が勉強に対して意識を向けるようになるきっかけとして、科目ではなく、その科目の先生のことが好きになって、結果としてその科目の勉強が好きになることってあるんですよね。

 たとえば、『理科が嫌いで、授業を受けるのがだるい。でも先生の話を聞いてたら、意外と面白かったから好きになっていった』といったことはあると思います。でも、通信制だとなかなかそれがないですよね。

 自分の好きなことだけを突き詰めると、自分では考えていなかった刺激というもののが降ってこない。特にスマホにのめり込んでいると、自分が好きなもの・自分の趣味のものばかりをAIが推薦してくれるものだから、どんどんその傾向が強くなっていってしまいます。それだと、実はあまり勉強の成績は上がらないんですよね」

 オンラインでのコミュニケーションだけで成績を上げることは難しいと、鈴木先生は感じているようです。

 実際にそう思うようになったきっかけについてお聞きしたところ、鈴木先生の高校に通う生徒たちが、東京の大学生にオンラインで勉強を教えてもらったときのことを、話してくださいました。

 「5年ほど前に、私の学校の生徒たち数名に対して、東京の大学生の方たちが、オンラインでコミュニケーションを取って勉強を見てくれたり、勉強のコーチングをしてくれる、という機会をいただいたことがあります。

 熱心に指導してくれたのですが、オンラインだけではやはりなかなかうまくいきませんでした。『どう? 勉強してる?』というような質問に対してスルーしたり、私生活で嫌なことがあったりすると、そもそもチャットを見ない、という生徒が多かったです」

 「オンラインで成績を上げる、というのは、学力の低い層に対してはなかなか難しいのではないか、という感想を持っています。もちろん通信制にもいろんな形態があり、利点が多いのも事実でしょうが、正直なところ私の目から見て、『この生徒、通信制で大丈夫かな』と心配になることが多いのは事実です」

■30年生徒と向き合って見えたこと

 普通科の教員として、30年間生徒と向き合ってきたことで対面の指導をする必要性を、実感を持って抱いている鈴木先生の言葉は、示唆に富み、重く、深く考えさせられる内容でした。

 鈴木先生のお話を伺っている限りだと、通信制高校は、教育困難な状況を加速させてしまう面もあるのかもしれません。もちろんこれは普通科の学校の先生の意見であるため、本連載では今後、通信制高校の方にも取材をさせていただきたいと思っています。

 次回は、鈴木先生への取材の最終回。教育困難校と呼ばれる学校で求められる、先生たちの働き方を伺いました。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/16(木) 8:21

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング