インスタフォロワーは40万人、海外からも熱い視線「料理をするくま」その絶大な癒やし効果

5/9 12:41 配信

東洋経済オンライン

 ダイニングテーブルでいすに座るくまの前に、まな板やフライパンが次々と流れてきて、器用に野菜を切り、パンだねをこね、フライパンで食材を混ぜて仕上げる。時には食材が宙を舞い、せん切りした野菜が人や動物の顔になるーー。

 くまのぬいぐるみが、鮮やかに料理するコマ撮り動画をご存じだろうか?  レパートリーは広く、肉巻きの厚揚げ、味噌汁、パスタ、シュウマイ、チョコクロワッサンなど、何でもござれ。くまの指先は使えず腕は短いが、菜箸やへらを器用に操り料理していく。食べようとする場面で終了する動画もある。エンターテインメント性も高く、見る人を飽きさせない。

■高校生の娘に勧められて始めた投稿

 名前はそのままの「くま」。インスタグラムのフォロワーはなんと40万人(5月上旬時点)。昨年7月にはレシピ本『ぼくはくま、特技はせん切りやねん!! !』も刊行し、企業から宣伝を打診される機会も多いという。

 そんなくまの生みの親であり動画を投稿しているのが、大阪府東大阪市在住の主婦「くまのママさん(以下、ママさん)」だ。くまと出会ったのは、9年ほど前。「関西スーパーで、ポイントシールを集め少しお金を足したら、ぬいぐるみを買える企画をしていたんです。ぬいぐるみには興味がなかったのですが、よく行くスーパーだったので自然にポイントが貯まり、試しに買ってみました」とママさん。

【画像】インスタのフォロワーは40万人。海外ファンも多い「料理をするくま」の様子を見る(10枚以上)

 しばらく放置していたが、製パン学校に通って開いたパン屋を閉めた後で、母親が手持無沙汰にする様子を見かねたのか、当時高校生だった娘に「このぬいぐるみはかわいいから、くまを使ってインスタを始めなさい」と促され、くまの写真を投稿し始めた。

 かわいいくまの写真が何枚も並んだ自分のアカウントページを眺めるうち、人にもっと見てもらいたくなった。調べてみると、フォロワーやビュー数が多いのは料理の投稿と気づき、料理をくまの前に置いてみたら見る人が増えた。

 その後コロナ禍に突入し、家にいる時間が長くなったことをきっかけに、独学でくまが料理するコマ撮り動画を作って投稿すると、急速に人気が上昇していった。やがてママさんは、「淡々と料理するだけではつまらない。ちょっと横道にそれて関係ないことをやるほうが面白い」、と工夫するようになった。

 くまくんの腕が短いので、菜箸で遠くのモノを引き寄せるうち、「菜箸がバトンに見えてきてバトントワリングをしてみたり、娘より4歳下の息子が小さい頃に遊んでいたミニカーが1個残っていたので、ミニカーでモノを運ばせたりしています。どうしてもスムーズな動きを出しづらい部分で、見る人の関心をくまからそらせるためにミニカーを動かすときもあります」とママさんは説明する。

 特に難易度が高い撮影を聞くと、「強いていえば、サンドイッチが難易度が低いぐらいで、全部大変です。ケチャップなど液体を入れる動作で、流れているようにコマ撮りで見せられるのはわれながら『匠の技』、と自画自賛しています」とママさん。特に人気が高い動画は、食材の変化も面白いスイーツ系だ。

■なぜかドイツからの反応が熱い

 フォロワーの中心は20~30代の女性で、幼い子どもに絵本を見せる感覚で観ている、といった人が多い。海外では日本に興味を持っている韓国や台湾、ドイツの人が目立つ。

 何といっても多いのは、「くまがかわいい」、「くまの動きに癒やされる」といった声だ。「最近、つらいことがたくさんあったけれど、くまくんを見てちょっと元気が出ました」とコメントをくれる人も多い。

 料理についてのコメントでは、「おいしそう」が断トツに多いが、他にも「ふだんは料理しませんが、くまくんの料理動画は見ます」「料理動画は最後まで見られないことが多いですが、くまくんは最後まで見ることができます」といった声がある。「料理をしなかった息子が、料理するようになりました」「くまくんを見ているうちに、めんどくさがらずに料理しようと思います」という人も。

 詳しいレシピは投稿していないにもかかわらず、再現したという声も多く、写真をストーリーズにアップする人や、「作りました」とメッセージが来ることもある。もともとママさんは、「料理を作ってほしい」と願って始めたわけではなく、詳しいレシピを載せていないので、「あの情報だけでできたんや」と驚くという。

 ママさん自身は、外食でおいしいモノに出会うと自宅で真似をして作ったりするのでその際に「やっぱり私は料理が好きだな」と思うそうだ。家族で料理するのはママさんだけなので、めんどくさくなれば総菜も買う。

 雨で総菜を買いに行くことすら面倒な日は、しぶしぶあり合わせで作り始めるが、なぜかそういう日ほど、「2品3品4品と、あれも作れる、これも作れる、と勝手に体が動いて手が込んだ料理を作っているときもあります」。

 子どもの頃からレシピを見たり料理をするのが好きで、おいしそうと思ったものは作ってみたし、得意料理がロールキャベツだったというから、かなりの料理好きではないだろうか。

■時短ではなく、手間をかけた料理が多い

 昨今は、時短レシピが一般化し、できるだけ手を掛けず素早く作れることをうたうレシピ本も多いが、くまくんの本は、包んで巻く、丸める、といったひと手間かかるレシピも多い。手の込んだ料理は、食べるほうも楽しみが増し、よりおいしく感じられる場合がある。

 作るほうも、気持ちと時間に余裕があれば、ひと手間の「遊び」は楽しいかもしれない。もしかすると、ママさん自身が感じている料理の楽しさがくまくんの動画に表れ、見ている人が癒やされるのかもしれない。

 ママさんは、撮影の技術を上げ、より凝るようになったこともあり、1品撮影するのに4~5時間かかる。おいしさを表現するため、湯気を出すのにカセットコンロの火力を上げる、息を吹きかけるなどする。せん切りなど一部の作業以外はほぼ、くまくんの動きに合わせ、テーブルで実際に作業している。

 そんな大変な作業を、子どもたちは温かく見守っているようだ。娘は「これ、お昼にくまが作ってたやつやん!」と言いながら食事する、「かわいく撮れているね」と褒めるなどする。撮影技術に辛口の批評をしていた息子も最近は、「うまくなったやん」と言うようになった。

 しかし、仕事が多忙なパートナーは、実はあまりママさんの仕事に気づいておらず、本を出したことも知らないという。ママさんとくまくんの野望は、ハリウッドデビュー。映画化されれば、さすがのパートナーも気づいて驚きそうだ。

 版元であるワン・パブリッシングの横山由佳氏は、表情豊かで躍動感たっぷりなくまの動画を見て感動し、くまくんに気づき、八方手を尽くして連絡先を見つけ出し出版にこぎつけた。

 「何しろ一度見たら忘れられない作品なので、企画にしないと絶対後悔する。面白い活動をしている人には、すぐに誰かが声をかけますが、くまくんの本を作るなら、ぬいぐるみやコマ撮り映画が好きな私が一番きちんと世界観を伝えられる、と思いました」と話す。本は、くまくんのプロフィールページなど、遊び心のある世界観をしっかり表現している。

■「実用書」だけではない料理本のポテンシャル

 当初は、プロの料理家でもない自分が、と躊躇していたママさんを、すでに他のメディアで紹介していたレシピの質の高さを認めていた横山氏が説得した。

 「児童書という意識はなかったのですが、お子さんが読めるよう全部の漢字にフリガナを振ったという女性からファンレターをいただきました。書店営業の際も、販売担当者が連れてきた5歳の娘さんが、『今日はくまくん、動かないの?』と言ったのが印象的で、ふだんからくまくんが動いていると思ってくれているんだ、とトキメキました」(横山氏)

 レシピの世界は、大多数が日々の献立を充実させる、料理技術を伝えるなどの目的で作られている。実用書という側面が強いが、映画や児童文学の再現レシピ、各国・各地域の文化を伝えるというジャンルもある。

 くまくんの世界を表現するこのシリーズは、料理が持つ表現の幅の広さを教えてくれるものだ。そして、結果的に楽しさを伝える動画が、見る人に料理する気を起こさせる場合もあるのだから、面白い。今後も多様な料理の世界を表現する作品が増えると、私たちの暮らしはもっと豊かになるのではないだろうか。

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最終更新:5/9(木) 17:54

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