デジタル遺産とは、亡くなった人がデジタル形式で保有していた金銭的価値のある財産をいいます。デジタル形式とは、現金や不動産、モノのように現物があるわけではなく、本人のみが知るデータなどで管理されているということです。
デジタル遺産はその存在自体を本人以外認識していない場合も多く、相続でしばしばトラブルになることも。本稿では実際にあった失敗談をもとに、誰もが生前準備しておくべきことを紹介します。
■SNSのアカウントも「デジタル遺産」
今や多くの方々が保有しているであろうデジタル遺産(財産)は、主に以下のようなものが挙げられます。
・ネット銀行、ネット証券の口座、金(ゴールド)のネットサービス
・電子マネー(交通系含む)
・暗号資産
・クレジットカードのポイント、マイル
広い意味では、スマートフォンやタブレット、パソコンといった端末に入れているデータやSNSアカウントなどもデジタル遺産と言えるでしょう。
読者の皆さんは、両親や配偶者のこういったデジタルな財産の存在をどれくらい把握していますか? デジタルでなくとも、どこの銀行で口座を持っているのかすらわかっていない方も多いのではないでしょうか。
相続発生後にデジタル遺産の存在は把握できたとしても、そこにアクセスできるのか、名義変更や解約の手続きを滞りなく進めることができるのか、という問題もあります。利用するサイトやアプリのIDやパスワードがわからなければアクセスできませんし、そもそもスマホやパソコンすら簡単に開くことは容易ではありません。
専門業者に依頼をすれば、端末自体にアクセスでき、デジタル遺産の事業者(金融機関や発行体)がわかればそこに問い合わせをすることで相続手続きを進められる可能性がありますが、相当な手間と費用(数十万とかもザラ)と時間がかかってしまうのが現実。海外事業者が運営する暗号資産などは複雑なので手こずるでしょうし、そもそも相続に関する手続きが確立されていないものもあったりします。
すべての相続手続きを終えたと思っていたのに後からデジタル遺産が見つかったとなれば、遺産分割協議や相続税申告・納税をやり直す必要も出てくるなど、事務的にも、金銭的にも、精神的にもかなりの負担が生じてしまうのです。
■夫が知らぬ間にネット証券に入っていた
実際に相続において、デジタル遺産をめぐる「失敗」は起きています。夫を亡くしたAさんの実話です。
夫は生前、友人Bさんから紹介された資産運用アドバイザーを通じて運用口座を開設し、そこでいろいろなネット証券に投資していました。Aさんや子どもはその存在を知りませんでした。
そのネット証券の運用報告は、定期的に夫が所持していたパソコンのメールアドレスに届くだけで、その存在がわかるような書類などは自宅にも一切存在しません。
夫の他界後、Aさんと子は相続の専門家にも相談、依頼をしながら相続の手続きを期限内に終えることができました。把握できた金融資産や不動産だけでもそこそこの遺産があったため、相続税も思っていたよりも大きな額になりましたが、それは仕方のないことだと納得することにしました。しかし、このとき、上記のネット証券の存在はAさんと子に知られることがないまま放置される形になったのです。
夫の3回忌のこと。
法要に訪れた友人Bさんから、Aさんはこのネット証券のことを知らされることになりました。慌てて、夫の死後、ほとんど開くこともなかったパソコンを開けてメールを確認したところ、今も定期的に運用報告が届いていました。
その運用報告を見たところ、評価額(残高)はなんと約1300万円。こんなところにこんな財産があったことにAさんは驚きます。
どうしたらよいのかわからず、Aさんは当時の相続の専門家に相談することにしました。「立派な財産ですし金額も大きいので、きちんと相続税の修正申告と追加納税をやりましょう」と、アドバイスを受け、修正申告をすることになったわけですが、ここでよからぬことを知ることになります。
■相続発生時点の驚きの評価額
相続税の申告・納税にあたっては、相続発生時点の評価額に基づいて行います。預貯金であれば相続発生時点の残高、有価証券であれば原則相続発生時点の時価です。
よって、相続発生時点の評価額を確認して、申告・納税することになりますが、なんとこの2年あまりの間、投資していた有価証券が値下がりを続け、評価額がほぼ半減していたのです。相続発生時点では評価額2500万円だったのに、現在は1300万円に……。
相続税の修正申告にあたっては、相続発生時点の評価額2500万円で申告するため、その分、納める税額は大きくなるにも関わらず、実際に受け取るのは1300万円ということになってしまったのです。
「もっと早くこの存在に気付いていたら、こんなに減ることもなかったのに……しかも、そんなことも関係なく余計な相続税まで納めることになるなんて……」
Aさんは亡き夫に今さらながら不満をぶつけるしかありませんでした。
これらは、暗号資産や金(ゴールド)などのネットサービスでも同じことが言えます。保有していた暗号資産や金が、相続発生時から大きく値下がりすることがあれば、その発見が遅れれば遅れるほど、傷口(損)が広がることになりかねません。これは相続税がかかる・かからないは関係ありません。
最近では、相続発生前後にかかわらず、このようなデジタル遺産に関する相談・依頼も増えてきました。
「家に何もモノが残っておらず、どこに何があるのかまったく見当がつかない」
「デジタル遺産について、生前にどんな対策をするべき?」
――など内容はさまざまです。
その財産の内容や規模、家族状況などにもよります(要はケースバイケース)ので、何が正解かということは明確にはありませんし、相続発生後だとできることに限界(見つからないものは見つからない)がありますので、せめて相続発生前の対策として言えることは以下が挙げられます。
■相続発生前にしておきたい4つのこと
①遺言作成(遺言に記載する)が望ましいが、せめてエンディングノートやメモに、どこにどんな財産があるのかだけでも記しておく。金額まで記載する必要はなく、何があるのかだけでも十分。
②記したものを見られたくない場合は、管理・保管に注意を払う。そして、亡くなった後に確実に発見されるように手を打っておく。例えば、貸金庫に保管しておく、信頼できる人に預けておく、など。公正証書遺言も原本は公証役場に保管されるが、正本・謄本(内容や効力は原本と同じ)をもらうのでその保管方法には要注意。
③IDやパスワードも誰にも知られたくないのは重々理解できるので、生前には知られない注意を払いながら、かつ亡くなった後には家族が知れるようにしておく。例えば、信頼のおける人に教えておき、死後に家族に伝えてもらう、など。
④そもそも不要あるいは重要度が低いものは生前に整理、処分しておく(スマホやパソコンのデータ、SNSアカウントなども含め)。
今後さらなるデジタル化の進展に伴って、デジタル遺産に関する問題やトラブル、その対策も変化していくでしょうが、その時々において最低限できることをやっておいていただきたいと思います。
中には見つからないほうが、亡くなった人にとっても残された家族にとってもよかった、というものもあるかもしれませんが……。
東洋経済オンライン
最終更新:5/15(水) 14:08
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