Z世代の「不安型離職」は本当に増えているのか 「不満はないが不安」で若者が辞める会社の結末

5/22 5:41 配信

東洋経済オンライン

今、不安を理由に会社を離れる人が増えていると言われる。会社に不満があって辞めることと対比して不安型離職と呼ばれており、しかもその不安は、不満のない職場からでも湧いてくるそうだ。特にZ世代と総称される若手社員にその傾向があり、会社や上司はいかに不安を感じる若手を繋ぎ止めるか、という難問に直面している。
企業組織を研究する東京大学の舟津昌平氏は、Z世代がその渦中にあるとされる「不安型離職」について、ビジネスの観点から分析する。

本記事では、舟津氏の著書『Z世代化する社会』より一部抜粋・再構成のうえ、「不安型離職」について考察し、その真の問題点を浮き彫りにする。

■早期離職という困った現象

 離職という現象がある。言うまでもなく、仕事を辞めることを指す。一般的には悪いイメージが先行する気がするものの、もちろん前向きな離職もたくさんある。特に近年は雇用の流動性つまり人の入れ替えが徐々に活発化していて、転職およびそれに必然的に伴う離職は、まあありふれた出来事になっている。

 しかし、離職はとても困ったものでもある。誰にとってかというと、会社にとって、である。会社というものは、おそらく一般に思われている以上に、社員に「コスト」をかけている。人を一人雇うというのは、とんでもなく大変な投資なのだ。そして、この投資対効果(コスパ)が発揮されるまでは、けっこうな年月がかかる。

 入社すぐの新入社員なんて正直全然役に立てないけど、ちゃんと教育して、仕事を任せて、数年の投資によって成長して、やっと成果が会社に還元されていく。

 ちなみに離職は会社に悪影響しかないわけではなく、リバースフロー(還流)効果といって、出ていった元社員が古巣に色々還元してくれるということもある。ただ、早期の離職では在籍期間が短すぎて、そういった関係の構築はなかなか望めない。(早期に)辞められるというのは本当に困ったことなのだ。

■不安型離職というさらに困った現象

 そして現代では、離職についてさらに困ったことが起きているのだという。

 「離職の原因」として、何が思いつくだろうか。直感的には、いわゆるブラック企業のような過重労働とか、ハラスメントが起きたとか、人間関係が悪化しているとか、であろう。要は、職場に不満があるから離職が起きると考える。これは不満型離職と呼べる。

 実は、職場環境の不満に関する指標は、様々な面で良くなっていることをご存じだろうか。たとえばハラスメントは、実はある時期まで必ずしも「違法」ではなかった(違法じゃないからやっていいという意味では断じてない)。しかし、2020年6月の「改正労働施策総合推進法」、通称ハラスメント防止法の施行によって、法的にも社員を保護できるようになった。

 またリクルートワークス研究所が行った調査において、職場に対する量的な不満(仕事が多い)、質的な不満(仕事が難しい)、関係的な不満(人間関係が悪い)のいずれもが、この20年で改善されていた。特に量的負荷の代表である労働時間は、ざっと月に5.2時間減少していた。これは残業時間の減少量にほぼ等しい。

 つまり、この20年で職場は良くなっている。不満は確実に減少しているのだ。SNSやメディアに浸かっていたら、なんだか日本は悪くなり続けてるような感覚に陥ることもある。良くなっていることを探して認めるのは大事なことだ。

 が、しかし。ある指標については、悪化傾向がみられる。「職場への不安」である。

 職場に対して不満はないけど不安を感じ、会社を辞める。リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は、この現象を著書などで「不安型離職」と表現する。

 そして実はこの不安型離職は、職場が「良くなった」ことが一因でもあるという。

 典型例を考えよう。イマドキの職場は優しい。叱らない。遅刻してもミスしても、そうかそうか、と言って上司は許してくれる。しかし、そこで若手社員は考える。こんな「ゆるい」職場じゃ、自分は成長できない。もっと成長できる場がほしい。

 だって、こんな職場じゃ、「ヨソ(他社、他部署)では通用しない」。ゆるい職場環境ゆえに成長への不安が喚起され、ヨソで通用しないと考えるようになる。これを「ヨソ通」問題と呼ぼう。

 本当に不安型離職が起きているのであれば、会社にとってはなかなか難題である。イマドキの若者は叱ったら萎縮してやる気をなくすよ、って聞いていたから叱らないように気をつけていたのに、叱らないなら叱らないで、ヨソ通問題で不安を感じてしまうというのだ。どうすりゃええねん、という話である。

■不安型離職は「増えている」のか? 

 不安からくるヨソ通問題に真正面から答える前に、2つほど考えておきたいことがある。まず、この記事内でも誤読が起きかねないのは、不安型離職なるものが起きているとして、それが「増えているのか」という点である。

 ここでクイズを出したい。大卒の早期離職率(新卒入社後3年以内に離職する割合)、をご存じだろうか。要は、大卒の新入社員が3年以内に辞める割合、である。答えは「ほぼ3割」だ。ちなみに高卒はもうちょっと高くて、4割前後くらい。

 では次の問題。早期離職率は、10~20年の間にどう変化しているだろうか。雇用の流動性の高まりとか、不安型離職といった情報を加味すると、「増えている」と思う人が多いのではないだろうか。

 答えは「変わっていない」だ。厚生労働省によると、昭和62年からのざっと30年間で、最小で23.7%、最大で36.6%。「1.5倍」みたいな言い方はできるものの、まあ、ほぼ変わっていない。特筆すべきは、2010年から2020年の11年間は、31.0%から32.8%と、抜群の安定感で推移している。

 「コロナ禍元年」の2020年も32.3%で、まだ2年ぶんしかデータのない2021年は2年目までで24.5%。単純計算すると3年目で36.8%くらいなのでここ10年にない高さではあるものの、まあ、たいして変わっていない。コロナ禍並の社会危機をもってしても、そこまで変化がない不思議な指標である。

 で、だとすると、Z世代の「不安型離職」は増えているのだろうか。

 たとえば大企業(1000人以上の企業)の離職率が微増している、といったデータもある。大企業はやはり安定感があるのか、早期離職率は全体と比べて5~10ポイント程度低く、ただ徐々に離職率が高まっている。職場環境が良くなっているのに早期離職率はほぼ変わっていなくて、大企業でも微増している、というのがデータ上は正確であろうけども、正直、現状はそこまで大きな変化はないのである。

 何が言いたいのかというと、不安型離職なるものが世に出現したとしても、別に「急増」しているわけではない。将来もっと増えていくかもという予想は可能だが、早期離職率は30年間ほぼ不変の指標だ。これは本当に、対策が急がれることなのだろうか。

 現代では、会社を惑わせるビジネスが跋扈している。「不安型離職が急増しています、あなたのとこも対策しないとヤバいですよ」とささやく人々が、今後確実に、たぶん離職者よりも高い割合で、増えていくだろう。

 もちろん起きる前に対応するアジリティは必要だ。でもそれが経営の難しいところで、ときにはやらない勇気も求められる。

■みんなちょっとはやっぱり不安なんだな

 もう1つ気をつけたいのは、仮にZ世代の不安型離職が増えているのだとして、「非」Z世代の「オトナ」は、何をすべきなのかということだ。

 不安型離職という概念が提起され、世に広まり、対策が叫ばれる。うちの会社でも話題になっている。経営陣は、部下の中間管理職に厳命する。

 「不安型離職というのが流行っているらしい。若手社員は不安を感じている。対策を頼んだぞ」

 さて、中間管理職は、何をすべきだろうか。

 話変わって、昔、大学スポーツのコーチをしている人が、声を震わせて吐露するのを聞いたことがある。

 「40歳男性が、20歳の女子大生と話すのがどれだけ辛いかわかるか」

 年の差は「怖い」のだ。というより、不安なのだ。いわゆるハラスメントにならないかとか、変なこと・嫌なことを言っていないだろうかとか、本当に自分を受容して、前向きに部活や仕事をしてくれるだろうかとか、マジメな人ほど不安を抱えるようになる。下心とかマウントとりたいとか、そんな気持ちは一切なくて、だからこそ迷い、不安に襲われる。

 若手社員が不安だって?  こっちだって不安だよ、と管理職も言いたいことだろう。

■ミイラ取りがミイラになる未来

 Z世代だけが不安型離職をする(らしい)から、Z世代の性質を究明して、対策を練っていこう。新入社員はエイリアンで、自分たちにとって理解不能なことをするに違いなくて、怖い。そう思った瞬間、相互理解からは遠ざかっていく。色々違いはあるだろうとはいえ、雑に言えば同じ人間なわけだから、共通項もたくさんあるはずなのに。

 「若手社員の正体」を探ろうとするのは、まだいい。それが多少偏見や誤解を含むものであっても、まあ理解なんてそんなものだ(誤解なくして理解なし)。しかし決定的に危険なのは、若者「だけ」がそうであって、自分たちはまったく関係ないとか、安全圏だと過信してしまうことだ。

 若者の困った性質をハックして誰かに対応を命じておけばどうにかなるのだと、「若者をそうさせているもの」を完全にコントロールできるのだと思ってしまうのは、とても危険である。

 改めて、Z世代を部下にもつ上司たちに、こんな声掛けをして、どうなるだろうか。

 「若手社員は不安らしいから、きみ、なんとかしておきなさい」

 「不安型離職が増えてるらしい。早急に1on1とかでケアしておいて」

 「会社としてはできることはやっている。離職が起きたら君のせいだぞ」

 最悪のオチは、こんな話になることだろう。

 「不安型離職」の記事を読んだお偉いさん、びっくりする。なんだ、Z世代ってこんなことになってんのか。まったく、近頃の若いもんは。困ったなあと思いつつ、部下の中間管理職を呼び出して、キミ、なんとかしておいてくれよ、と伝える。

 まあ、今までも忠実に仕事をこなしてきたし、コイツならなんとかしてくれるだろう。雑な信頼を寄せて命令した、数か月後。辞表を持ってきたのは、なんと管理職の方だった。

 「すみません、今の仕事に不安があって…」

 これはただの創作だし、笑い話のようなものかもしれない。ただ、Z世代「だけ」が何か特別な性質をもっていて、だから誰か――だいたいは管理職――がどうにかすればよい、といった考え方をもつことは、会社組織として、危険な発想だと言っておきたい。

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最終更新:5/22(水) 5:41

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