僕は現在、まだ西成にシェアハウスを借りている。
詳しくは以前、コラムにしたが、去年の夏に借りた外国人ばかりが住むこのシェアハウスは、2万7000円と格安だが、格安だけあって難点も多い。
先日は天井から、水が漏れてきた。シトシトと雫が垂れてくるというような生優しい水漏れではない。
ダバダバダバと落ちてきて、顔と布団にかかって目が覚めた。ちなみに外は晴れ。雨漏りではなく、上階に置いてある洗濯機の排水が壊れて、全部下に落ちてきたらしい。水の色も茶色い。
不動産会社に連絡して、2時間後にやっと水漏れは止まった。
ベトナム人の管理人に、「ワタシ止メタヨ! ヨカッタデス!」と、ニコニコ笑顔で言われたので、思わず「ありがとうございます」と答えたが、布団も床もびしょびしょなままだ。
そんな物件である。
■覚醒剤の売人が増えてきている
シェアハウスのある場所はもともと、近所の人に、「お薬屋さんの通り」と言われる場所だったらしい。ちなみに薬局はない。
覚醒剤の売人が路上で「お薬」を販売する場所だからだそう呼ばれていた…そうだ。物騒この上ない。
最近は取り締まりが厳しくなって、ほとんど見なくなった。……と思ったが、再び復活してきているようだ。
先日、友人のジャーナリストで、YouTuberでもある丸山ゴンザレスさんがウチに遊びに来た帰り、シェアハウスを出たところで、「丸山さん!」と声をかけられた。
見ると、声をかけたのは警察官で、犯人らしき人を取り締まっていた。
慌てて「何にもしてないですよ!」と言うと、「いつも見てますよ! 職務質問するつもりはなかったけど、良かったらやりますか?」と返してきたという。もちろん遠慮したそうだ。
「ここのところ覚醒剤を路上で売る人たちがまた増えてますね」と警察官。
路上で覚醒剤を販売するなんて、リスクがバリ高いのにまだ手を染める人がいるとは…。
ちなみに、僕が初めて西成に来た20年以上前は、路上でバンバン覚醒剤を売っていた。まだ10代の少年に見える売人もいた。西成警察の警察官に話を聞くと、「覚醒剤売ってるけど、買わんように」と言われた。
売ってるの知ってても、売らないようにはできないんだなあと思った。
■「居酒屋で覚醒剤を売るな!」
それから何年も経って、少しはマシになったかなあ? と思った時、びっくりするようなサインが現れた。
「居酒屋で覚醒剤を売るな!」
商店街の壁に貼られていた。
目が覚めるような配色センス。黄色い板に緑色の文字で書かれていた。西成は奇天烈なモノも多く目にするが、さすがに度肝を抜かれた。
しかも1つだけではなかった。
商店街の別の壁や、コインパーキングの看板などにもやはり「居酒屋で覚醒剤を売るな!」と書いてある。
またビルの壁には、
「西成から覚醒剤を追放しよう!」「覚醒剤の売人は西成から出ていけ!」
と、垂れ幕がかかっている。
「西成も昔に比べたら大人しくなったよねー」
なんて語ってる訳知り顔な人たちに対する、強烈なカウンターパンチである。
「西成にはまだ覚醒剤はまだある!」という強烈なメッセージだった。
そして住んでみて分かったが、実際にまだ覚醒剤はあった。
この看板は、SNSなどで取り上げられると、よくバズった。Google mapではこの壁は「おもろい壁」と名付けられていた。「おもろい」の一言で済ませていいものかどうか分からないが…。
昔から西成の壁に書かれている謎の文言、
「男の美学
20代30代は男に成りたい
40代50代は男でありたい
60代70代は男で死にたい」
の近くに書かれていること、なによりセンスに近いものを感じることから、同じ人のサインなのだろうと思った。
「どんな人が書いたのだろう?」というのがここ数年のナゾだったが、ナゾは急にとけた。このサインを書いた男性と、YouTubeの番組で共演することになったのだ。
■西成の大家、真面目そうな青年に物件を貸したら…
男性の名前は、利川文男さん。20年以上前から、西成に物件を持ち、運営している方だ。
同氏の所有する物件は緑色、黄色、オレンジ色、ハッキリした色で塗られていることが多い。
西成の中心地、三角公園の隣にもドン! とビルが建っている。スタジオとして活用されているし、YouTubeで24時間西成の様子が配信されている。俳優の白竜さんを西成に呼んで、大々的なコンサートを開いて話題にもなった。
そんな利川さんに、いよいよ、なぜ「居酒屋で覚醒剤を売るな!」の看板を出したのか? をうかがった。
利川さんは、「居酒屋をやりたいと言ってきた青年がいて、真面目な人だと思ったから貸しました」と話を始めた。
その青年は、名古屋名物ベトコンラーメンを売りにした居酒屋をはじめたのだそうだ。だが。
「男は店内で、覚醒剤を売り始めました」
なんと、看板は「そのままの意味」だった。
ただ、店内で単純に覚醒剤が売買されたわけではなかった。もっと狡猾に取引がされていた。
「店員に金を渡すと、紙片が渡されます」
紙片にはメモが書かれている。たとえば「○○の駐車場の、車両ナンバー●●―●●の下」という具合だ。その場所を調べると、覚醒剤が置かれているというわけだ。
「実際私の所有する駐車場の車の下から覚醒剤が見つかったこともありました。このやり方だと犯人側は覚醒剤を手渡ししなくていいし、客も万が一見つかっても『拾っただけだ』と言い訳できます」
彼らは、警察に捕まらなかった。
覚醒剤の売人がその居酒屋に逃げ込んで、そこからの大捕物になったことがあった。事件は週刊誌に載ったが、それでも犯人は捕まらなかった。
「それで、看板を出すことにしました」
利川さんは、自分が所有する物件に、メッセージを書いた。このインパクトはとても強かったため、おどしや、嫌がらせを受けることもあったという。
それでも、なかなか居酒屋から立ち退かせることはできなかった。
「3年かけて、やっと出て行かせることができました」
ホッとして、店の中を見ると、まるで嫌がらせのように荒れ果てていた。
特に、2階部分がひどかったという。
「至る所が泥だらけでした。何かを栽培していたようで……。種も落ちていました」
どうやら、大麻草を育てていたようだ。覚醒剤を販売するだけではなく、大麻を育てていたとは、完全に「黒い」居酒屋だったわけだ。
◇
現在、西成は外国人観光客で溢れている。星野リゾートも完成したし、通天閣も綺麗にリニューアルした。日雇い労働者は減り、福祉の街になった。
だけど、利川さんの話を聞くと、まだまだ覚醒剤などの諸問題が根深く西成にはびこっていることがわかった。ルポとしては書きづらい、すごい事件の話も聞いた。(持っている物件が爆破されたとか!)
ただ、もちろん絶望的な話ばかりではない。少なくとも、健全化の方向に進んでいるようだ。
それでも、西成に不動産を所持したり、商売をしたりするのは、かなりの胆力がいるだろうな……と感じた。
村田らむ/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
最終更新:5/17(金) 19:00
Copyright © 2024 ファーストロジック 記事の無断転用を禁じます。
© LY Corporation