日銀のマイナス金利政策の解除が現実的な見立てとして取り沙汰されています。一方で日本経済に抱える「3つの負」によって決して簡単ではない側面もあるようです。第一生命経済研究所・藤代宏一主席エコノミストに展望を寄稿してもらいました。
一般的になりつつある解除の見立て
筆者は2024年前半(最有力は4月の金融政策決定会合)に日銀がマイナス金利解除(現在の政策金利はマイナス0.1%)に踏み切ると予想しています。主な理由は、消費者物価が2%を上回って推移していること、企業の価格設定スタンスが値上げに積極的な姿勢に変化していること、名目賃金が1990年代半ばと同等の伸び率で推移していることなどです。現在の物価上昇は、食料品が中心であるものの、人手不足感の強いサービス業の一部にも値上げの裾野が広がっています。
このようにデフレ期には想像もできなかったデータがそろいつつある現状、マイナス金利を解除するとの予想は一般的なものになりつつあります。また円安対策として日銀がマイナス金利解除に踏み切る可能性も十分に想定されます。仮にドル円相場が155~160円のレンジに移行すれば、日銀は政府サイド(政権および財務省)からの外圧に耐えられないでしょう。10月16日には神田真人財務官が「(為替相場が激しく下落した場合には)国は金利を上げることによって資本流出を止めるか、為替介入で過度の変動に対抗する」と発言しました。同財務官は一般論を述べたに過ぎませんが、裏を返せば通貨防衛的な利上げは「一般的」であり、その点において政府サイドが日銀に水面下で利上げを要請する、或いは既にそうしている可能性はあると思われます。
「為替対策」としての意図は出さない?
なお筆者が予想するマイナス金利解除は「金融緩和的な環境を長く保つための措置」という建前になることを想定しています。日銀は2%の物価目標達成を確信できないものの、効果・副作用の観点からマイナス金利よりも「ゼロ金利の方が持続可能性に優れているとの判断に至った」などと説明されるのではないでしょうか。もちろん為替対策としての意図は表に出さないでしょう。
経済過熱による物価上昇には程遠く
他方、植田和男総裁をはじめとする日銀の政策委員は、現在の日本のインフレは輸入物価に由来するものであるため「一時的」、ゆえにマイナス金利解除には「まだ距離がある」と説明しています。欧米のように賃金が著しく上昇し(例えば米国の平均時給は2022年前半に6%近辺まで上昇)、その労働コストが価格転嫁されて激しいインフレが起きているなら話は別ですが、日本の名目賃金は約30年ぶりの上昇率とはいえ、その伸び率は2%弱に過ぎません。賃金のすう勢を反映する正社員の基本給は2%をやや下回る水準にあり(毎月勤労統計における一般労働者の所定内給与)、こうした状況で2%の物価目標が安定的に達成されるかは疑問です。しかも、現時点において2024年度春闘は2023年度実績(ベア相当部分で約2%)をやや下回ると予想されています。そうした前提を踏まえると、2024~25年度に消費者物価が2%を下回るという日銀の物価見通しは一定の妥当性があるでしょう。
現時点において日本経済は需給ギャップ、実質消費支出、実質賃金という「3つの負」を抱えています(内閣府が推計するGDPギャップは小幅プラス)。経済が過熱し、その結果としての物価上昇ならば金融引き締めは強い妥当性を持ちますが、残念ながらそうした状況には程遠いと言わざるを得ません。金融引き締めによって為替が円高になり輸入物価が下落すれば良いのですが、15年超ぶりの利上げに対して人々が過剰反応(住宅ローンの繰り上げ返済、消費から預金へのシフト)するなどして引き締め効果が増幅され景気が減速すれば、名目賃金が下押しされてしまう可能性は否定できず、そうなれば実質賃金がさらに減少してしまう可能性すらあります(物価以上に賃金が下がってしまう)。
そう考えると、コンセンサスになりつつあるマイナス金利解除のハードルは意外に高いかもしれません。日銀が動く前に米国の金融当局(FRB)が金融緩和に踏み切るとの観測が芽生えるなどして為替がドル安・円高方向に推移すれば、そのまま現在のマイナス金利政策が続く可能性もあります。
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THE PAGE
最終更新:10/19(木) 11:41
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