TSMCが熊本進出→「台湾人子女の急増」で新サービスも!日本が学ぶべき“台湾の教育政策”とは?

4/19 8:01 配信

ダイヤモンド・オンライン

 台湾の半導体大手TSMCが熊本県に日本初の工場を開所したことで、熊本の人口動態や社会構造が大きく変化しようとしています。それまで多かったベトナム人・中国人を、台湾人の人口が上回りそうなのです。多文化社会への対応に課題を抱える日本にとって、これは多様性の受け入れ方を見直す絶好の機会。同時に、台湾企業から見てもこれは大きなビジネスチャンスです。熊本・菊陽町に起こりつつある変化をまとめました。(名古屋市立大学大学院人間文化研究科研究員 齋藤幸世)

● 台湾TSMCの日本進出で、 熊本県の人口動態が変化しつつある

 熊本県に在留する外国人で最も多いのはベトナム人です。熊本県の統計(※)によると、2022年に熊本県に在留していた外国人の人数と同県の在留外国人全体に対する割合は、1位がベトナム(6251人、30.3%)、2位が中国(3201人、15.5%)、3位がフィリピン(3044人、14.7%)、10位が台湾(349人、1.7%)という状況でした。2017年までは1位であった中国をベトナムが追い越したのは、同国からの技能実習生が急増したことが主な要因です。

 しかし、この順位が様変わりしようとしています。2024年以降には、台湾が1位になりそうな勢いです。

(※)観光交流政策課令和6年3月発行『熊本県の国際交流 International Exchange Information of Kumamoto』令和5年度版(2023年度版)、第1部 国際化をめぐる熊本県の状況「国籍別 県内在留外国人数(外国人登録者数【R4年人数上位30カ国・過去10年の推移】」
 今年2月24日、台湾の半導体受託製造企業TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が、その日本初の工場としてJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)を熊本県菊陽町に開所しました。JASMは、筆頭株主のTSMCが日本のソニーセミコンダクタソリューションズおよびデンソーと共同出資したTSMCの子会社です。

 JASMは、TSMCと同様の半導体受託製造企業で、今年末に製造を開始する予定。JASMオープンに合わせて、台湾のTSMCから第1陣の従業員約750人が日本に出向してきました。その半数ほどは子女と共に熊本に移り住むことになったと台湾では報道されています。台湾からたくさんの人々がやってきたことを受け、地元菊陽町を始め、熊本県や熊本市も迅速に適応せざるを得ない状況になりました。

● 工場ができて台湾から来る人が増える 菊陽町を取り巻く社会の変化

 台湾TSMCの工場がJASMとして熊本県に進出することで、台湾からの出向者やその家族だけでなく、ビジネス来訪者や観光客の増加も予想されています。これを受け、工場付近の飲食店やコンビニ、スーパー、あるいは宿泊施設の従業員たちは、行政やNPO団体が実施する、接客や言語などを学ぶ講習に参加し始めています。

 これまで中国語の表示は、簡体字(中国で使用されている)だけだったのが、繁体字(台湾で使用されている)も加えられる、という変化も起きています。台湾の中国語や文化を学ぶ日本人も増えているようです。反対に、TSMCからの出向で昨年既に来日していた台湾人従業員が、熊本市国際交流振興事業団主催の大人の日本語会話教室で学ぶ光景も見られました。

 一方、JASM従業員の子女への教育サポートにビジネスチャンスを見いだす台湾企業もあります。例えば、日本では児童だけで登下校するのが当たり前ですが、台湾では大人(両親や祖父母など)が送迎したり、送迎バスを利用したりするのが一般的です。また、放課後の過ごし方も、児童を預かるだけでなく教育サービスや食事も付随する「安親班」、日本の学習塾に相当する「補習班」など、日本の学童保育や学習塾とは異なります。こうした、台湾で普及している教育サービスを熊本で運営しようという台湾企業が出てきているのです。これ以外にも、華僑学校や「台湾村」の構想をほのめかす台湾企業家もいるようです。また、音楽、芸術、スポーツ、自然科学分野などで秀でた能力も児童の進路に影響するため、その受け皿も必要となるでしょう。

 日本(熊本)でも台湾式の教育サービスを受けられるようにする狙いは、その児童たちが数年後に帰国し、教育制度やカリキュラムが日本と異なる台湾の学校教育に戻った際に、スムーズに適応できるように、ということを親たちが考慮に入れているからです。台湾では2019年より、「12年国民基本教育制度」が台湾全土の小中高に採り入れられました。この制度では、「國語」(台湾の中国語の一呼称)だけでなく、英語教育も小学校から強化されているのが特徴です。これは台湾の現政権が推進している「2030バイリンガル政策」により、2030年に台湾社会全体で英語とその他一言語(未定)によるバイリンガル社会を目指しているということも背景にあります。

 しかし日本では、こうした台湾社会の変化がほとんど知られていないばかりか、そもそもの多文化社会への対応も立ち遅れています。日本政府は2023年夏にようやく、熊本大学教育学部附属の小学校と中学校それぞれに英語指導による「国際クラス」の2026年新年度開講を目指し始めたばかりです。そのため現状では、私立のインターナショナルスクール頼りともいえます。

 熊本大学附属の小中学校も、私立のインターナショナルスクールも、授業は英語で行います。TSMCの進出を受けて、現地で中国語を学ぼうという人が増えるなどの変化は良いことですが、中国語を一から習得するのは大変です。英語をコミュニケーションツールにするほうが、より現実的ですし、迅速に対応が図れるのではないかと考えます。加えて、台湾の歴史や文化、あるいは生活習慣や食文化への理解を深めることが円滑な交流につながるのではないでしょうか。日本は、まず多文化社会の捉え方を根本から見直す必要がありそうです。

 実際、JASMには台湾籍以外にも外国籍の従業員が在籍しています。2027年末に運営開始予定の第2工場には、JASMが新たに雇用する1700人の従業員の内、台湾での採用者500人が含まれるため、その家族も帯同する可能性もあります。加えて、半導体の熟練工不足を補うには、台湾や日本の人材以外に、多国籍の優秀な人材の採用が急務となっています。その場合、台湾の中国語や文化などに対してのみの対応ではなく、まさにグローバルな対応が必要となります。

 菊陽町だけでなく、熊本県および市が主導し、さまざまな国籍の人たちを受け入れられる社会を構築することが早急に求められています。そして、この地域の取り組みを参考にして、日本全体が多文化社会への理解を深め、適応していく時が来ているのかも知れません。

 そして忘れてはならないのは、現在熊本県内に最も多く在留している外国人はベトナム人だということです。彼らの多くは技能実習生という異なる立場ですが、JASMの従業員ばかりに注目し政策を講じ過ぎる偏重は、本来の多文化社会構築とは言い難く、差別感が否めません。また、永住者として居住している中国人も多数おり、彼らとの関係性も留意すべき点です。社会全体の構成員を視野に入れた取り組みが、トラブルの軽減につながると考えられます。

● 公立の小中学校も、 台湾の子どもたちを受け入れる準備をしているが……

 JASMの稼働に伴って台湾から来る子どもたちは、熊本でどの学校に通うことになるのでしょうか。現在受け入れ可能な学校は、以下のようにさまざまあります。

 まず、熊本には、英語で授業を行うインターナショナルスクールとして、熊本インターナショナルスクールや九州ルーテル学院インターナショナル小学部があります。ただ、台湾の児童たち全てがいずれかのインターナショナルスクールに通うというわけでもありません。地域の公立小学校も台湾の児童を受け入れる準備に取り組んでいます。

 例えば、2023年1月末の段階で、まず熊本市教育委員会は、日本語指導拠点校として指定している中央区の2校以外に、新たに北区と南区それぞれ1校ずつを加えることとしました。また、日本語指導拠点校は、日本語の教育を必要とする子どもが多い地域の学校を拠点とし、拠点校に在籍する担当教員が他の小中学校にも出向いて授業を行います。この方針は、既に同年4月から実施しているようです。次いで、同年2月初旬に菊陽町の公立学校を管轄している熊本県教育委員会は、菊陽町立の小学校と中学校のそれぞれ1校ずつを台湾の児童たちの受け入れ拠点校にし、新たに教職員、日本語指導員、教育支援員の配置と翻訳機の配備の意向を発表しました。

 それに先立ち、熊本県と台湾の中学校間で交流会を試みました。その際に使用した共通言語は英語か、台湾の児童が日本語を話し、日本の児童が英語を話すといった状況でした。また、菊陽町立の小学校の児童が、菊陽町に訪れる外国人を歓迎するために多言語看板(日本語・英語・中国語)を作成し、菊陽町役場に手渡す場面がニュースで放送されました。しかし残念なことに、この多言語看板の中国語は台湾の繁体字ではなく、中国の簡体字でした。これは、教師だけでなく報道関係者も含めて、台湾への認識不足が表れた一例といえます。

 中国語に関する問題は、熊本県や熊本市のホームページにも見られます。いずれのサイトも外国語の選択肢で中国語の簡体字と繁体字が別枠で設けられています。さらに、「熊本県外国人サポートセンター」のホームページに中文(繁体字)の相談フォームがあるのですが、クリックすると中国の簡体字で説明とフォームが表示されます。予算不足や経費削減でこうした「張りぼて」のような不完全な翻訳状態のホームページになっているのかもしれませんが、本来はネイティブチェックを通すべきです。正確さに欠けるだけでなく、提供する相手への敬意も欠如していると思います。

● 「多文化社会」の認識が、 台湾と日本ではまったく異なる

 台湾は、特に2016年からの8年にわたる民進党・蔡英文政権下で、多文化社会化に重点を置いた移民政策や、東南アジアやオセアニア諸国との経済政策「新南向政策」を強化し推し進めてきました。この多文化社会とは、漢民族系と原住民族の社会に東南アジア7カ国(ベトナム、タイ、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、カンボジア、フィリピン)の民族、言語、文化も加わった、新たな社会構造です。台湾政府は早くから、国際競争に打ち勝つために、法整備や経済活動を強化しています。今年5月20日台湾の新総統に就任する民進党・頼清徳政権下でも現政権の政策継続の方向にあります。

 こうした台湾の取り組みは、日本にとっても参考になるはずです。TSMCの日本進出は、日本が多文化社会に対する認識を見直す絶好の機会。日本のこれまでの「異文化理解」や「多文化共生」という考えでは、さまざまな国籍の外国人住民が一気に増えた途端に社会が行き詰まるのは目に見えています。世界視野で多様性を受け入れ、多文化社会を実現することが急務といえるでしょう。

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最終更新:4/19(金) 8:01

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