米中新貿易戦争勃発で習近平秘策の「新質生産力」が壊滅へ

4/13 6:02 配信

マネー現代

最後の話し合いとしてのイエレン訪中

(文 石 平) 4月5日から8日までの4日間、イエレン・米財務長官は中国を訪問した。訪問中、中国の財政部長(財務大臣)、中国人民銀行総裁、そして経済政策・金融政策担当の何立峰副総理、李強首相と相次いで会談を行った。

 一連の会談において、イエレン氏はまず中国側に対して、

 1)中国企業によるロシア軍事産業への支援に強い懸念を示し、「支援する場合は重大な結果を招く」と警告した。
2)中国産EV車を念頭に、政府補助を受けた中国の過剰生産が米国と世界の産業と雇用に「破滅的な打撃」に対して強い懸念を示し、中国側に「政策転換による改善」を求めた。

 この二つの問題で業を煮やしているバイデン政権は、決定的な対立を避けるための「最後の話し合い」としてイエレン氏を中国に遣わした訳である。

 米国からの1の要求に対し、中国側は一連の会談でどう答えたか報道はないので不明であるが、4月10日、中国外務省の毛寧報道官は定例の記者会見で、中国とロシアには正常な経済貿易協力を行う権利がある。このような協力は妨害や制限を受けるべきではなく、中国は非難や圧力を受け入れない」と語った。

 それは明らかに、イエレン氏の訪中を強く意識したものであるが、中国政府は結局、この問題に関してイエレン財務長官が伝えたバイデン政権の懸念と要求を一蹴したとみられる。

ロシアを使った対米示威行為

 さらに驚いたことに、イエレン財務長官の北京訪問中の4月8日、ロシアのラプロフ外相が王毅外相の招待で北京訪問を開始した。9日、習近平主席は自らロシア外相との会談に臨んだ。

 このような際どい外交行動の意味するところは要するに、習近平政権は米国の警告と要求を完全にはねつけて、ロシア支援を引き続き行っていくことの断固とした意思を表明したのであって、米国への示威行為でもある。

 そしてそれに対し、イエレン財務長官は8日に北京で行った締めくくりの記者会見では、「ロシアの国防産業基盤に軍事品やデュアルユース品を流すような重大取引を促進する銀行は、米国の制裁リスクにさらされることになる」と述べ、中国の関連銀行に対する金融制裁の発動を示唆。

 こうしてみると、米国側が強い関心を持つ「対ロシア支援」の問題をめぐり、米中関交渉は完全に決裂し対立が決定的なものとなり、金融制裁を含む米国側による制裁発動の可能性は大である。

決裂の過剰生産問題

 米国側の2の懸念と要求、すなわち中国の過剰生産に対する懸念と改善要求に対し、中国側はやはりゼロ回答と拒否の態度である。中国財政省の廖岷次官は8日の記者会見で「過剰生産能力の解消は市場次第だ」と述べ、「市場任せ」の口実に中国政府としては「改善」に向けて何よりやらないとの姿勢を明確に表明した。

 人民日報系の環球時報は9日、米国側の要求について、「要求を実現するため、中国に圧力をかけるといった基本路線に変更はない」とする専門家の見方を掲載して米国批判を展開した。

 これに対してイエレン財務長官は、8日に行った前述の訪中締めくくりの記者会見では、政府の補助金を受けた安価な中国製品の流入で新たな産業が壊滅的な打撃を受けることを米国は認めないと明言。同じ日に彼女はまた、米CNBCテレビからのインタビューで、政府補助で安価な中国製品の流入から米国の産業と雇用を守るために関税の引き上げは排除しないとの考えを示した。

 結局、「過剰生産」に関する米中交渉も完全決裂したわけであるが、11月の米大統領選を迎えるなかで、バイデン政権としては当然、米国の産業と雇用を直撃するこの問題をそのまま放置することはできない。関税の引き上げを含めた措置の発動はもはや避けられない。トランプ政権以来の新たな貿易戦争の再開が必至のことである。

習近平はEVで妥協する意思は最初からない

 その一方、米国側が指摘し懸念するEV車を中心とした中国の過剰生産問題については、習近平政権にはそれを「改善」する意思は最初から全くないのが最大のポイントである。特にEV車に関しては、習政権は以前から、欧米を凌駕する国際的競争力を持つ新産業としてそれを育てる国策を策定し、挙国体制でそれを推し進めてきている。

 そして今年に入ってから、習近平主席は自ら「新質生産力」という新造語を持ち出して、それを今後の中国の産業と経済発展の「方向性」として提唱し始めた。要は、不動産市場の崩壊に伴って不動産開発業やそれと関連する鉄鋼・セメントなどの伝統産業が揃って沈没している中で、それらにとって変わって中国経済を支える新支柱を手に入れるのが狙いである。

 それ以来、「新質生産力」は習主席の「経済政策・戦略」の一枚看板となっているのが、その「新質生産力」の重要なる一翼を担うのはまさにEV車である。

 習政権がEV車を新産業として育てていく秘策は要するに政府補助だ。EV車製造の企業には大量の補助金を与えるという安易な産業政策である。しかしそのことの結果、多くの中国国内企業はまさに補助金目当てに一斉にEV車産業に参入した。2020年までの5年間、「新エネルギー車」産業に参入してきた関連企業数は248%増。21年は128%増であった、22年になると、部品メーカーも含めた国内の関連企業は既に56.8万社に達している。

 しかしそれでは、中国EV産業の生産能力が国内需要を大幅に上回ることとなり、深刻な「生産能力過剰」の問題が生じてきている。2023年、中国国内の「新エネルギー車」販売台数は949.5万台であったのに対し、現在の全国の生産能力は年産2000万台に上っていると推定されている。2021年9月、中国の肖亜慶工業情報相は「中国のEVメーカー数は過剰」と語り、再編を促す考えを示したが、EV業界の抱える「生産過剰」の問題はこの発言からも示さていれる。

補助金付きの中国EVの洪水

 政府補助による「新エネルギー車」産業支援を行なった結果、産業全体は深刻な生産能力過剰の問題を抱えることとなっているが、今度は中国は、過剰生産を米国市場を含めた海外市場に捌くことで活路を見出すのである。

 しかし欧米企業は、政府補助を大量に受けている中国メーカーの価格競争に勝てないから、EV車を含めた欧米の新産業が中国の破壊的な輸出から大打撃を受けて破滅しつつ雇用も失う。結局、習主席のいう「新質生産力」は、発明や創造、技術革新による「新質」では全くなく、単なる政府補助と海外市場頼りの代物であることはよく分かるが、アメリカとしてはこんなものによって自国の産業が壊されるのを許せるわけにはいかない。

 実はアメリカだけでなく、EUも安価な中国EV車の流入に苛立ち始め、バイデン政権と歩調を合わせて制限する方向性である。米国とEUは共同で中国のEV車を封じ込めることとなれば、海外市場頼りの中国「新エネルギー車」産業は逆に破滅的な打撃を受けるのは必至のこと、そして習近平肝煎の「新質生産力戦略」も出足から挫折しかねないし。

 しかしこれでは、中国と習主席の反米意識と米中間の対立はより一層高まろう。まさにアメリカとの対立を強く意識して習主席は前述のように、イエレン訪中の直後にロシア外相と会談して「中露戦略関係の強化」を高らかに宣言したが、それでは中国と米国・EUとの間の溝がますます深くなる一方である。

全くすれ違いの首脳会談

 一方、米中対立の深まりは何も貿易問題に限定されたものではない。イエレン訪中に先立って、米中首脳による久しぶりの電話会談も行われたが、この首脳会談はまた、より広範囲の問題を巡る米中対立の深刻さを示すこととなった。

 バイデン米国大統領と中国の習近平国家主席との電話会談が行われたのは4月2日のことであるが、会談当日の晩、ホワイトハウスによる「会談紀要」が発表された。その中国語の全文訳が米国の駐中国大使館の公式サイトでも掲載されている。中国の方では4月3日、人民日報は一面トップで会談に関す記事を掲載したが、それは当然、中国政府の公式発表に準ずるものである。

 まず、ホワイトハウスの公式発表によると、バイデン大統領は会談では習主席に対し、次のようなことを強調しあるいは懸念を示したという。

 1)台湾海峡の安定と平和を守ることの重要性の強調。
2)南シナ海の法の支配と航海の自由を守ることの重要性の強調。
3)中国がロシアの国防工業に対する支援に懸念。
4)中国の不公平な貿易政策と非市場経済的なやり方に懸念。
5)米国は引き続き、その先進技術が米国の国家安全を損なうことに使われないよう必要な措置をとる、との意思表明。

 以上は、米国側公式発表による、バイデン大統領が強い関心や懸念を持って習主席に注文したことのポイントである。要するにバイデン政権の中国に対する核心的な要求の数々であるが、それに対して習主席がどう答えたのかについてはホワイトハウスの公式発表に一切ない。ということは要するに、バイデン大統領は習主席から、米国側の諸要求・注文に対する積極的な回答を一切得られていない、と考えられるのである。

 一方、人民日報の公式発表では、バイデン大統領が語った上述の五つのポイントについては一切触れられていない。中国側も結局、米国大統領からの諸要求を完全に黙殺した格好である。

 こうしてみると、米国側が大きな関心と懸念を持って提示した前述の五つの問題にいて、首脳会談での米中間の歩み寄りや合意は全くなく、対立の解消に向けての前進がないことはよく分かる。

習近平の要求にはゼロ回答

 一方の習主席は何を語ったのか。人民日報の公式発表では、習主席は会談で、バイデン大統領に対して次のようなことを訴えたという。

 1)米中関係は、「和をもって貴と為す」、「安定が肝要」、「信用を根本とする」という三つの原則に基づくべきである。
2)台湾問題は米中関係おける「超えてはならない第一のレッドライン」、バイデン大統領が「台湾独立を支持しない」との約束を実際の行動を持って履行することを期待する。
3)米国がどうしても中国の高先端技術の発展を阻害するのであれば、中国は座視することはできない。

 以上の三つのうち、1は習主席が好きな建前上の一般論であって無視しても良いが、2,3こそは、習主席がバイデン大統領に突きつけた注文あるいは要求の二大ポイントである。要するに習主席はバイデン大統領に向かって、「“台湾独立支持しない”との約束を行動で果たせ!」、「半導体などの先端技術領域では中国に対する禁輸などの“阻害措置”をやめろ!」と強く迫ったわけであるが、そこからは、習主席のバイデン政権に対する苛立ちと不信感が強く感じられる。

 しかし、習主席から突きつけられたこの「二大要求」を関しては、今度はホワイトハウスの公式発表が全く取り上げることはなく完全に黙殺しているのである。あたかも、習主席がそんな話を全くしていないかのような扱い方である。

 こうしてみると、両首脳の久しぶりの会談は結局、相手の核心的な要求や苛立ちを完全に無視したまま、自分の方の要求を一方的に突きつけただけの「平行線会談」となっていることは明らかである。

 結局、この週の会談においては台湾問題、南シナ海問題など、中国にとって「核心的利益」につながる諸問題について双方の歩み寄りは全くないし、米国が重大な関心を持つ諸問題については両国間の対立が解消できないままである。言ってみれば、米中両国間の対立はまさに「調和不可能」なものであることは、むしろこの首脳会談によって浮き彫りにされている。

 不定期の首脳会談で米中関係の緊張が多少緩和されることはあるが、「米中対立」の構図はやはり変わることはない。それは、今後においてもアジア太平洋地域の国際政治の基軸の一つであり続けよう。

マネー現代

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最終更新:4/15(月) 10:06

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