「『AKIRA』が大好きで研究した」伝説の米国人スタイリストが語る日本文化のストリートファッションへの影響

5/24 5:51 配信

東洋経済オンライン

 50年前にニューヨークのストリートから始まったヒップホップは世界的な現象へと成長し、音楽、ダンス、グラフィティというルーツをはるかに超え、どの国でもクリエイティブな表現手段として影響力を持つようになった。エンターテインメント、スポーツ、政治、映画など、文化のほぼあらゆる側面に影響を与え、ファッションへの影響も計り知れない。

 今やヒップホップファッションは、ストリートウェア、あるいはアーバンファッションへと進化した。かつては現状に立ち向かうためのツールであったものが、大きなビジネスになったことは皮肉なことだが、今後もこの分野は成長することが見込まれている。

■日本の文化から多くの影響を受けた

 そんなストリートファッションにおける第一人者が、ヒップホップアーティスト、ジェイ・Zのスタイリストを長らく務める、ジューン・アンブローズだ。ヒップホップファッションの形成と革新におけるアンブローズの重要な役割は、ストリートウェアをパリやニューヨーク、ミラノといった世界中のファッションショーへと導いたことだ。

 彼女が30年にわたりスタイリングとデザインを手がけたアーティストはビヨンセ、バックストリート・ボーイズ、マライア・キャリー、ミッシー・エリオット、バスタ・ライムス、ファレル、メアリー・J.ブライジなどなどそうそうたる名前が並ぶ。

 最近、アンブローズは日本を訪れた。アンブローズによると、日本は彼女の仕事に初期の頃からインスピレーションを与えてきたという。特に日本文化は彼女の作品に多大な影響を与えているようだ。

 「建築物やアニメからインスピレーションを受けています。私はアニメ版の自分なんです。アメリカでは人々は私を見て、『どうしてその帽子はそんなに大きいの?』とか『なんでそんなギンギンの格好をしているの?』と聞いてきます。ほとんどの人は理解できないんです。でもここではみんなわかってくれるのです」と日本でインタビューに応じたアンブローズは話した。

 実際、私はアンブローズのスタイリングが話題になった最初のミュージックビデオを見て驚いたことを覚えている。それは、ヒップホップアーティストのミッシー・エリオットの曲 「Get Ur Freak On」のミュージックビデオだった。

 ビデオの冒頭で、日本人のダンサーがスプリットをしてポーズをとり、カメラに向かって言う。「これから皆でめちゃくちゃ踊って騒ごう!」なぜ日本人なのだろう、と思った記憶がある。

■「AKIRA」は研究した映画の1つ

 「この国の建築やアニメにインスピレーションを受けたんです」とアンブローズは説明する。「1980年代の『AKIRA』を覚えていますか? あれは私が大好きで研究していた映画の1つなんです。バスタ・ライムスやミッシー・エリオットのように、私の作品ではつねに未来志向の日本的なアプローチをとっています」とアンブローズは語る。

 アンブローズは、未来志向について、自分の作品に「ハイパーリアリティ」や現実の誇張版を少し加え、日本のアニメやアメリカの漫画の要素を取り入れ、2つの世界を融合させたものだと説明する。世の中にある「テンプレート」を利用するのではなく、自ら独自のテンプレートを作ることで新たな道を切り開いたのだ。

 これは彼女のファッションへのアプローチにも当てはまる。

 「コム・デ・ギャルソンと、メンズファッションを女性のためにデザインするアプローチについて考えてみて」とアンブローズは言う。

 「そういう反抗と破壊が、私がヒップホップカルチャーにアプローチする方法です。ルールを破り、みんなが考えるヒップホップ文化には迎合しない。文化的な属性を曲げ、再解釈し、再構築するのです。例えば、着物の袖や日本のタペストリー生地をボンバージャケットのようなものに変えることです」

 日本人がどのように魔法をかけるのか、できるだけ多くのことを吸収するために、今回の来日でもアンブローズは日本のファッション界の火付け役、著名な編集者、トレンドセッターたちを訪ね歩いた。

 その中には、ヴェルディ(Girls Don't Cry)、藤原ヒロシ(fragment design)、ユン(Ambush)、そしてアンブローズのインスピレーションでもある阿部千登勢(Sacai)、その他大勢のインフルエンサーがいた。

■ファレルも驚いた日本のヒップホップファッション

 多くの日本のデザイナーは、インスピレーションを得るためにアメリカに目を向けた。これらのデザイナーはまた、ヒップホップスタイルの要素をデザインに取り入れてきた。この傾向は、ヒップホップが日本で人気を博し始めた頃からあったと、日本にヒップホップ文化を浸透させた1人でもある、スチャダラパーのメンバーでラッパーのボーズは話す。

 「最初の頃は、MTVやアルバムのジャケットでラッパーが着ているような服は東京では売られていませんでした」とボーズはいう。

 「ポロ・ラルフローレンのようなブランド品も、アメリカのヒップホップアーティストが着ているようなオーバーサイズや大きなロゴのものはありませんでした。1992年にぼくが初めてニューヨークに行った時は、そういう日本で売られていない服や靴を買って回りました。(A BATHING APEを立ち上げた)Nigoや他の友人たちもぼくと同じように、ニューヨークでナイキやティンバーランドを買い回って、彼らの場合は持ち帰って東京で販売したんです」。

 何人かの友人たちは、アメリカのヒップホップウェアやデザインを真剣に研究していたという。

 「Nigoたちはヒップホップファッションの”オタク”というか”研究者”でした。その知識によってヒップホップファッションを分解して、日本特有の素材と技術を使って再構築したんです。そしてA BATHING APEをはじめとする、自分たちのブランドを作りました。

 だから、東京から発信されるヒップホップファッションが持つ、日本製の丁寧なクオリティと意識的・無意識的なアップグレードを目にした時、逆にニューヨークのデザイナーたちは驚きました。そうやってファレルやJay-Zが日本のデザイナーたちに『どうやってやったんだ?』と尋ねるような状況が生まれ、東京とニューヨークの人々が交流を始め、関係を築いていったのです」

 アンブローズもボーズと同じように考えている。

 「日本のブランドは、プロポーションとスケールに重点を置いています。私たちが今ストリートウェアやラグジュアリーの分野で目にしているものの多くは、日本から来ています。特に高機能服の分野は」と彼女は説明する。

 「日本には、特にアメリカに輸出された場合、より高級でプレミアムな品質と思われる、美しく作られたワークウェアがあります。私たちはそれを高く評価しています。1999年に日本のセルビッチデニムを使ったことは画期的でした。日本人はプレミアム価格でデニムを買うという高い視点を持っているように見えました。ジーンズに1000ドルも出すなら、日本製のセルビッチデニムでなければなりません」

■日本人独特の「ファッション観」

 「日本人はファッションにお金をかけます。それがアメリカと日本の大きな違いです。日本人は家を持たず、アパートも狭いかもしれないけれど、ファッションにはお金をかける。それがここ日本では普通なんです」とボーズは補足する。

 「ヒップホップファッションを着ている人の多くは、ヒップホップカルチャーに興味があるわけでも、ラップミュージックを聴いているわけでもない。彼らはそのスタイルが好きでやっているだけで、その中に身を置いているわけではないのです。クールであればそのスタイルを取り入れる、というのが日本人の特徴です」

 だから、ジェイ・Zやファレルが日本に来て、エキゾチックな要素もある、仕立てのいい日本の服を見つけたとき、彼らは唖然としたわけだ。そして、その一部をアメリカに持ち帰った、とボーズは説明する。

 「そして、アメリカのデザイナーが、日本のデザイナーの真似をするようになった。その日本人のデザイナーは別のアメリカのデザイナーから影響を受けたり、インスピレーションを得たりしている。それがファッションと文化の交流の本質です。つまりコピーのコピーです」

 日本のストリートファッションは以前よりハイエンドにシフトしている、とボーズはいう。クラッシックなヒップホップファッションは、主婦や中年女性のファッションになりつつあり、若い人たちがオールドスクールな服装をすることを躊躇する要因になっているそうだ。

■ラグジュアリー化するストリートウェア

 しかし最近、ボーズは20代前半が多く訪れていたヒップホップのライブに参加し、クラッシックなスタイルとはまったく違うヒップホップスタイルが定着しているのを目の当たりにした。グッチやヴェルサーチといったハイファッションに傾倒していたのだ。

 ヒップホップが第6世代を迎える中、こうした傾向があることはボーズだけでなく、アンブローズも認識している。アンブローズも今後は、日本でも高級ストリートファッションの需要が高まると想定している。そして、それこそが、彼女がずっと構想してきたことだ。ヒップホップファッションを頂点へーー。

 「キャリアをスタートさせた当初、私がしていた会話は、ハイファッションとヒップホップカルチャーをどう融合させるか、というものでした。間違いなく、ハイファッションはストリートカルチャーに影響を受けていましたから。ただまだ『結婚』はしていませんでした」とアンブローズはいう。

 「今、ファッションショーのフロントロー(最前列)を見ると、アスリートやラッパーが座っています。日本も同じようなことになっているでしょう。ヒップホップカルチャーが長年にわたっていかに日本に影響を与えてきたかがわかる光景です。

 これは新しいことではありません。これから何が新しくなるかというと、アメリカのブランドと日本のブランドがファッション業界で関係を築いていくことだと思います。アメリカで成功している多くのストリートブランドが、日本にも進出してくるのではないでしょうか」

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/24(金) 8:21

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング