「定年後、何しようか不安…」→朝ドラ「らんまん」主人公の生き様がヒントになる

5/16 7:32 配信

ダイヤモンド・オンライン

 長寿化や年金基金の逼迫などを背景に、定年年齢の延長や再雇用の促進により70歳までは働ける社会にしようといった動きがあり、さらには定年廃止の議論もみられるようになった。実際、60歳あるいは65歳になったからといって、急に仕事能力が衰えるわけではない。今の仕事を続けるべきか。違う仕事をするならばそれをどうやって決めるか。あるいはいっそ仕事はすべてやめて趣味に没頭するか……これからの60代以上は、どのように生きるべきなのだろうか。(心理学博士 MP人間科学研究所代表 榎本博明)

● 今の仕事を続けたいかどうかを見極める

 定年後、どう生きるか。悩んでいる、あるいは思いつかないようであれば、まず考えないといけないのは「今の仕事をこの先も続けたいと思うかどうか」である。

 今の仕事が好きでたまらない、できることならこの先も今の仕事を続けていきたい、というのであれば、定年延長や再雇用の恩恵を被って、可能な限り今の仕事を続けるべきだろう。

 だが、仕事や職場が自分には合わないと思っていた人、職場に通うのをときどき苦痛に感じていた人、「転職したいなあ」と思ったこともあった人、今の仕事を積極的に続けたいとも思えないという人も、けっして少なくないはずである。その場合は、今の職場に無理にしがみつかなくてもよいのではないか。

 ただし、そこで再度検討しなければならないのは、年金収入以外に稼ぐ必要があるかどうかだ。

 年金と貯蓄の切り崩しで稼ぐ必要がないという場合は、これまで長年にわたって働き続けてきたことのご褒美として、現役時代にはできなかった、美術館めぐり、コンサートめぐり、映画館めぐり、読書三昧の生活、旅行三昧の生活……といった趣味人としての生活に乗り出すことができる。若い頃はあまり本気で学んでいなかったけれど、暇になったら学び直してみたいという人などは、知的好奇心に任せて市民講座などの学びの場を居場所としたり、大学の社会人クラスに入学したりするのもよいだろう。関心のある分野の学びと結びつけて、ボランティア活動に乗り出す道もある。

 多少は稼がないと不安だという場合は、自分が関心のある仕事を探してみるのもいいだろう。収入にこだわらなければ、これまでのように嫌々働く必要もないのだから、ちょっと面白そうに思う仕事や刺激になりそうな仕事に乗り出すこともできるだろう。現役時代の転職のように長く続くかどうかを考えなくてもよいので、試しにやってみるという感じでもよいのではないか。

● 「好きなこと」にこだわり、それを趣味か仕事にする

 大切なのは、現役時代のように自分の気持ちを無理に抑えて働く必要はなく、趣味に生きるにしても、働き続けるにしても、「好きなこと」「好きな過ごし方」にこだわってもいい時期になるということである。

 若い世代の間では「好きなこと」探しがブームになっており、「好きなこと」を仕事にしたいといった志向が強まっているが、定年を目前とする世代が就職した頃には、そのような発想は現実的ではなかったはずだ。ここに来て初めて、好きなことをして暮らすことが夢ではなく現実になり得るわけである。趣味として、あるいは仕事として。

 運よく好きなことと仕事が結びついたケースの代表が植物学者の牧野富太郎だ。昨年その生涯がNHKの朝ドラになったので、知っている人も多いだろう。退職後も、現役時代と同じく植物研究を死ぬまで続けた姿は、好きなことをして生きる過ごし方のモデルとして参考になる。

 牧野は土佐の酒造家の跡取りとして生まれたが、子どもの頃から植物が好きだった。青年期になっても植物に夢中で、家業を継ぐつもりなどさらさらなく、植物研究に没頭し、ついに植物学の第一人者になったという植物学者である。

 一方、自分の興味のないことには熱心になれない性格で、小学校も中退してしまうほど。学歴もないままに独学で学問を究めた、異色の存在でもある。

 とにかく植物に触れていれば満足で、植物のこと以外何も考えられないほどであり、その実力が認められて50歳のときに東京帝国大学の講師となり、77歳で講師を辞任した。しかし植物学という仕事が趣味でもあったので、所属がなくなっても生活は変わらず、90代になっても植物学への情熱は衰えることを知らなかった。

● 好きなことをして過ごすことが、イキイキした老後につながる

 牧野自身、自分の人生を振り返って、次のように述べている。

 「私は大学を辞めても植物の研究を止めるわけではないから、その点は少しも変りはないわけである。『朝な夕なに草木を友にすれば淋しいひまもない』というのが私の気持である」(牧野富太郎『牧野富太郎自叙伝』講談社学術文庫、以下同書)

 「大学を出て何処へ行く? モウよい年だから隠居する? トボケタこと言うナイ、(中略)マア死ぬまで活動するのが私の勤めサ」

「思い出深い大学は辞めたが、自分の思うように使える研究の時間が多くなったことは何より幸いである」

 退職でさびしがったり落ち込んだりすることはまったくなく、むしろ好きなことに没頭する時間が増えたと喜んでいるのであり、まだまだ植物研究から引退する気など毛頭ないのだった。

 そして、80代半ばになっても植物研究への情熱も意気込みも変わらなかったのは、次のような言葉を見れば明らかだ。

 「私は今年八十五歳になるのだが、我が専門の植物研究に毎日毎夜従事していて敢て厭(あ)く事を知らない」

「故に今日の私はわが一身を植物の研究に投じ至極愉快にその日その日を送っているので、こうする事の出来るわが身を非常な幸福だと満足している次第である」

「私はこの八十六の歳になっても好んで、老、翁、叟、爺などの字を我が姓名に向かって用いる事は嫌いである。(中略)『わが姿たとえ翁と見ゆるとも心はいつも花の真盛り』です」

 このように言う牧野は、自分は老け込んだというような気持ちを抱いてはいけないとし、そうした気持ちになる人が世間に少なくないことを嘆き、いくら年をとっても若者に負けずに仕事に精を出すことが大切だとする。

 そして、自分が年をとっても健康でいられるのは、生涯没頭できるものがあるからだという。

 「私の一生は殆ど植物に暮れている。すなわち植物があって生命がありまた長寿でもある。(中略)私がもしも植物を好かなかったようなれば、今ごろはもっと体が衰え手足がふるえていて、心ももうろくしているに違いなかろう」

「私が自然に草木が好きなために、私はどれ程利益を享(う)けているか知れません。私は生来ようこそ草木が好きであってくれたとどんなに喜んでいるか分りません。それこそ私は幸いであったと何時も嬉しく思っています」

● 定年前だからこそ「好きなこと探し」に取り組もう

 牧野を主人公のモデルにしたNHKの2023年度前期の連続テレビ小説「らんまん」の脚本を手掛けた長田育恵は、作家いとうせいこうとの対談の中で、生涯植物に一途に生きた牧野に圧倒されたと語っている。

 「牧野さんがうらやましいと思ったんです。(中略)あそこまで何かを好きになれて一途に生きられるって、なんてうらやましいんだろうって(中略)今の時代、私たちはたくさんのコンテンツに出会うことができるけど、何か真剣に一つのことをそこまで好きになれるってこと自体が少なくなっているかもしれないし、飽きたら次に行っちゃうし、それだけ好きなものに出会えるっていうことの幸せに圧倒されました」(いとうせいこう監修『われらの牧野富太郎!』毎日新聞出版)

 「好きなこと探し」を若者に任せておく必要はない。定年前だからこそ、真剣に「好きなこと探し」に取り組んでみてはどうだろうか。

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最終更新:5/16(木) 7:32

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