スターバックスが長年イタリアに進出できなかったワケ

4/18 8:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 全世界で約3万7000軒の店舗数を誇る人気コーヒーチェーン・スターバックス。しかし実は、2018年までイタリアには進出できなかったという。そもそもスタバ自体、イタリアのバール文化にインスピレーションを得て誕生したチェーンなのに、なぜ “本家”のイタリアで苦戦してきたのか。本稿は、島村菜津『コーヒー 至福の一杯を求めて バール文化とイタリア人』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

● バール文化にインスピレーションを得た スターバックス

 その昔、銀座に「スターバックス(スタバ)」が登場した時、ちょうど訪日していたガンベロ・ロッソ社(イタリアのグルメ専門出版社)の社長、ステファノ・ボニッリ氏が、ぼそっと呟いた。

 「そのうち、イタリアにもスターバックスが攻め込んでくるんだろうなあ」

 2021年秋の時点で、世界には3万3833軒の「スターバックス」がある。発祥の地、米国には1万6000軒、中国や東南アジア諸国とともに日本は大きなマーケットで、1700軒弱がある。

 なぜ、ボニッリ氏が、そんなことを言ったのかというと「スターバックス」は、そもそもイタリアのバールにインスピレーションを受けたものだからだ。イタリア風の本格コーヒーが飲めるというのが売りだった。

 その出発点は、70年代、シアトルの3人の大学生がつくった小さな焙煎所にある。

 文学好きの彼らは、メルヴィルの『白鯨』に登場するコーヒー好きの航海士(スターバック)にあやかって、名づけた。それは当初、国内のインスタント・コーヒー会社が巨大化する一方、アメリカでにわかに火がついた高品質コーヒーの流れに与していた。

 87年、すでに売りに出されていた「スターバックス」を買い取り、これを世界ブランドにしたのは、82年に同社に店舗開発とマーケティング部門の役員として入社し、85年に創業者たちとの意見の対立から独立したハワード・シュルツだった。

 彼は、83年、社命でイタリアの見本市に出かけた。そして、ヴェローナでカフェ・ラッテを口にした時、彼によれば「まるで神の啓示のようだった。あまりに突然で、私は激しい衝撃を受け、身体が震えた」(マーク・ペンダーグラスト『コーヒーの歴史』樋口幸子訳、河出書房新社)のだという。

 帰国した彼は、エスプレッソ・バーの出店を提案し、これを任される。その後独立し、「イル・ジョルナーレ」というイタリアの新聞の名にあやかった店を出した。

 秀逸だったのは、イタリアのせわしないバールより、もう少し落ち着いて飲める空間をつくり、アメリカ人の味覚に照準を合わせた(ミルクたっぷりでマイルドな味)ことだった。こうして、カフェ・ラッテは、“カフェラテ”に変容し、人気を博した。

 87年、なかなか覚えてもらえない「イル・ジョルナーレ」の名を捨て、6つの店と焙煎工場を買い取り、「スターバックス」の名で再スタートしたシュルツは、フランチャイズの専門家を引き入れ、従業員には25時間の研修でマニュアルを叩き込んだ。そこから世界戦略が始まる。

● スタバの進出を許さなかった コーヒーの聖地・イタリア

 やがて、エチオピアの豆を市場価格の23パーセント増しで購入するというフェアトレード・コーヒーも手がけていたのに、シアトルで反グローバリストの殴り込みを受ける巨大チェーン店へと成長していった。

 こうして2021年の時点で、東京には394軒、ソウルに284軒、サウジアラビアやヨルダン、オマーン、上海にまでも広がった。

 さて、ボニッリ氏の呟きからほぼ10年、イタリアにスタバは店を出したのか。

 2018年まで、飛ぶ鳥を落とす勢いだった“世界”のスタバは、この国に一軒もなかった。

 このグローバル化の時代に、そんなことがありうるのか。「スターバックス」が啓示を受けたというコーヒーの聖地イタリアには、その名前すら知らない人が多い。日本人と同じで、英語がからきし苦手ということもある。

 しかし、シュルツは、「イタリアへ戻ることは、常に私の夢です」と公言しながら、虎視眈々と進出を狙っていたのである。

 なぜイタリアに進出できずにいるのか。専門機関にしっかり問い合わせてみようと、イタリア飲食協会に手紙を書いてみた。すると、まもなく、秘書のマリア・コンチリア・ソッレント女史から、こんな丁寧な返事が届いた。

 イタリアには、スターバックスの支店はございません。と申しますのも、あのような規模の企業が、私どもの国に投資をする意味がないという事情によるものでしょう。

 つまり、こういうタイプの企業は、その過程においても、商品そのものについても、正確で厳しいマニュアルに従って生み出されたものであり、どうしても、スタンダードなものにならざるを得ないわけです。

 私どもの国は、食べ物との関係をとりたてて大切にする社会です。それは同時に、食品とレシピの多様性、そして伝統とのつながりを極めて大事にしており、そのことが、世界におけるイタリア料理の価値を高めているのです。

 チェーン店の融通の利かなさは、こうしたヴァラエティに富む世界には馴染まないものです。チェーン店のマニュアルが、この国においては必要不可欠なイタリア化という“汚染”を受け入れない限り、難しいでしょうね。

 たとえば、マクドナルドが、そのメニューの中にパスタやピッツァ、大きめのサラダといったイタリアの伝統料理のメニューを少しずつ加えていき、さらには、それを世界の他の地域にまで紹介していったようにです。

 スターバックスに限っていえば、イタリアにないもうひとつの理由は、私どもの国には、無数のバールがすでに存在していますし、彼らが経済的に潤えるような隙間が見当たらないということもあるでしょう。唯一、進出してくるとすれば、すでにあるバールを買収していくことしかないのでしょうが……。
● スターバックスはイタリアに どのような影響を与えるか?

 しかし、2018年、スタバはついにイタリア上陸の夢を果たした。2023年の春時点で17軒だが、観光の回復とともに半島各地への出店を広げるとの声明を発表した。

 いったい、誰が誘致したんだろうと思って調べてみたら、アントニオ・ペルカッシという元サッカー選手の実業家で、高級下着のヴィクトリア・シークレットやナイキ、グッチのイタリアでのチェーン展開も手がけている企業だった。

 イタリア第1号店のスタバは、上海、香港、ドバイ、東京にもある高級なロースタリーだというので、翌年、さっそく、覗きに行ってみた。まあ、こういう物見遊山の客も多そうだし、どうせ観光客ばかりだろうなと思いきや、開けてびっくりである。イタリア人たちもかなりいて、混み合っているではないか。

 ヨーロッパで最大の広さを持つ店舗らしい。しかも歴史的建造物の中には、誰かが“コーヒーの遊園地”と呼んだのも頷ける、まるで映画のセットのような派手な銅色のインテリアに大理石の人魚。

 東京と違って、古典的で重厚な建物ばかりの都市の住民には、何だか解放感があって楽しかったのだろう。それに、いまどきの若者たちには、地域密着型のバールと違って、適度にほっといてくれる距離感が居心地がよいらしい。

 グルメ雑誌「ガンベロロッソ」の評論家は、スタバの進出は、味も、対応も劣化していた国内のやる気のないバールへのよい教訓になると呟いたが、ある専門家は、スタバは、並みのエスプレッソを基調にシロップとミルクを大量に使ったアメリカ好みの甘い飲み物を世界展開するモデルに過ぎず、恐れるにはあたらないと強気だった。

 中には、「イタリア人として、本国へのスタバの進出は屈辱的だと考えている」とまで書いた新聞記者もいた。

 しかし、農業経済に通じたジャーナリストのルチアーノ・カポーネは、長年、スタバがイタリアになかったことは、「私たちのバールでの仕事の生産性が高く、コーヒーの質がよく、低価格であること」と同時に「それが小さな家族経営のビジネスの典型例であり、職人から管理者への移行に苦労していること」を同時に示していたと指摘した。そして、スターバックスの上陸は、イタリア経済の構造的な問題について考える機会を与えてくれるだけでなく、シュルツが繰り返し口にする「謙虚さ」は、イタリア人へのよき教訓でもあると皮肉った。

 さらに彼は、近い将来、スターバックスは、イタリアから、おいしいエスプレッソやカプチーノを学ぶことだろう。だが、果たしてイタリアは、スターバックスから、グローバル・チェーン店を生み出す方法を学ぶのだろうか? という問いを投げかける。

 それから、短い評をこんなふうに結んでいる。

 “最終的に、世界の他の国々は、コーヒーやピッツァが、スターバックスやピザ・ハットのそれではないことを見出すことになるのではないだろうか。”

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最終更新:4/18(木) 8:02

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