完成までに10年!異質モビリティ「Lean3」は世界を変えるか?
全長およそ2.5mの3輪電動車「Lean3(リーン3)」に、試乗した。Lean3は、台湾企業との合弁スタートアップであるLean Mobility(リーンモビリティ)が、2025年に量産を目指す、パーソナルBEV(バッテリー駆動の電気自動車)だ。
まずはリーン3について、説明しよう。リーン3のボディサイズは、全長2470mm×全幅970mm×全高1570mmで、ホイールベースは1800mm。ホイール内部にモーターを持つインホイールモーターで、後輪を駆動する。
駆動用電池はリン酸鉄リチウムイオン電池で、電気容量は8.1kWh。充電時間はAC200Vで約5時間、満充電での航続距離は100km(開発中の暫定値)だ。
車両の区分は、日本では原付ミニカー。そのため1人乗りで、最高速度は時速60kmに設定されているが、超小型モビリティとして型式指定を取れば、2人乗りも可能になるという。
実際、車両の生産に加えて販売も行う台湾では、ヨーロッパ規格のカテゴリーL5となるため、2人乗りで最高速度は時速80kmになっている。
■車体がリーンする(傾く)独特の感覚
試乗したのは2024年11月1日、場所は羽田空港に近い羽田イノベーションシティの一画だ。走行した印象は、「動きに少し慣れれば、誰でも気軽に楽しめる」といったもの。
ハンドルをあまり大きく切らなくても、車両全体がコーナー内側に向かって大きくリーン(傾いて)走行するのが特徴だ。
自転車やオートバイの場合、低速走行で大きく車両をリーンさせると車両が倒れてしまうが、リーン3は低速でリーンしても倒れない。そのため、車両全体の安定感とドライバーとしての安心感がある。
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これは、リーンモビリティが「アクティブ・リーン・システム」と称するもので、Gジャイロセンサーによって常に車両姿勢を推定しながら、コーナリング時に独自開発のサスペンション機能を作動させ、最適なリーン姿勢で走行する機構によるものだ。
このリーン3を見て、「あれに似ているのでは?」と思った人もいるだろう。トヨタが量産を目指して研究開発していた「i-ROAD(アイロード)」のことだ。それは当然のことで、両モデルの開発責任者は同じ、谷中壯弘(あきひろ)氏なのである。
■i-ROADは後輪操舵、リーン3は前輪操舵
筆者が谷中氏に最初に会ったのは今から11年前、スイス・ジュネーブショーのトヨタブースでのこと。i-ROADが、世界初公開されたときだ。現・リーンモビリティ代表の谷中氏は当時、トヨタ自動車でi-ROADや「C+pod」などの小型モビリティ開発を担当していたのである。
i-ROADがブース内の舞台を走行する様は、これまでのクルマや2輪車の常識を覆す雰囲気で、メディア関係者や一般来場者に極めて強いインパクトを与えたことを思い出す。
その後、i-ROADはヨーロッパなどで実証試験を行っており、筆者も豊田市のクローズドエリアで試走したこともある。後輪が駆動と操舵に対応するため、「小回りが効く」印象だった。
一方、リーンモビリティとして独立し、谷中氏が完成させたリーン3では、駆動は後輪だが操舵は前輪で行う設計になっている。
この点について谷中氏は、「後輪操舵による独特の操作感よりも、多くの人が操作しやすいと感じることを重視した」と説明する。
そのうえで、「どのような車両姿勢でも、タイヤがボディに接触しないような設計にするのが挑戦だった」と量産に向けた経緯を振り返った。あわせて、生産性やコストの効率化を考慮して、リーン3が完成した。
生産については、台湾の2輪メーカーである中華汽車と、車両最終組立の委託に向けた覚書を2024年10月に締結しており、2025年の販売を目指す。価格は、生産地の台湾で90万円台の想定だという。
■なぜ、量産まで10年以上もかかったのか?
こうした経緯を見ていく中で、疑問が湧いてこないだろうか。i-ROADがコンセプトモデルとして登場してからリーン3の量産までに、「なぜ10年以上の年月が必要だったのか」という点だ。
i-ROADについてはトヨタの事業に関わるため、守秘義務を考慮して今回の取材時にも谷中氏に対してコメントは求めておらず、ここから先は筆者の私見として話を進めたい。
ジュネーブショー2013でのi-ROAD発表に際して、トヨタヨーロッパのディディア・レロイ社長(当時)は、トヨタが考える次世代モビリティの全体像をチャートで示した。
その中で、電動車の中核は当時、ヨーロッパ市場での販売拡大戦略を進めていた「プリウス」が起点となっており、そこから市場はPHEV(プラグインハイブリッド車)へと広がって、都市間移動など長距離対応ではFCEV(燃料電池車)を重視するとしていた。この流れは、2024年現在でも概ね変わっていない。
現在との大きな違いは、BEVの位置付けである。当時のBEVは、一充電航続距離を100km程度とするシティコミューターとしていたのだ。
その中で、「iQ」をベースとした「eQ」を「ショートディスタンス・コミューター」、現在も生産が継続しているトヨタ(車体)の「コムス」を「ホームデリバリー・ビークル」、そしてi-ROADを「パーソナルモビリティ・ビークル」と区分していた。
その後、フォルクスワーゲンが燃費不正問題から事業のV字回復を狙い、他社に先んじて「BEVシフト」を宣言。同じころ、第21回 気候変動枠組条約締結国会議(COP21)で採択された「パリ協定」がきっかけとなり、自動車産業界において環境対応戦略の必要性が一気に高まった。
これを受けて、投資家の目がBEVに集まり、環境・ソーシャル(社会性)・ガバナンスを重視するESG投資の大波がグローバルで広がる。そして、いわゆる「BEVシフトバブル」が2010年代後半から2020年代前半にかけて、巻き起こる。
結果的にBEVは、HEV(ハイブリッド車)やガソリン車並み、またはそれ以上の航続距離を可能とする大容量バッテリー搭載車が主流となっていく。
■実証は行われるも難しい事業性
小型電動車について日本では、国土交通省が2010年代に「超小型モビリティ」という車両区分の新設に向けて全国各地で実証実験を行った。
導入目的は、中山間地域での交通確保、いわゆる“買い物難民”と呼ばれる住宅地域での手軽な移動手段、観光地での回遊、そして個宅配達や自宅介護事業へのサポートカー等であった。
筆者も全国各地の実証現場や、超小型モビリティ関連の数多くのスタートアップを取材した。だが、実証時点での成功事例は少なく、その後の法整備の遅れや事業性の難しさなどを理由に、多くの事業者が超小型モビリティ事業から撤退していった。
最終的に、超小型モビリティの法整備は進んだものの、国内需要はあまり広がらず、この分野では国内でもっとも品質の高いと考えられていたトヨタ C+podも短命に終わることになる。
日本では一方で、電動キックボードが特定小型原付として新規に区分されたり、(賛否両論あるが)都市部の観光用としてゴーカートを使用したサービス事業が一般化したりと、環境は変わってきている。交通が不便な地域を対象としたライドシェアに対する法整備も、進んでいるところだ。
こうした中、2013年時点でトヨタが描いたi-ROAD普及に向けた将来図は、大幅に修正する必要が出てきたと言わざるを得ない。
ただし、ヨーロッパではカテゴリーL5のシトロエン「AMI」が一定数、普及しているなど、コロナ禍前後でのライフスタイルの変化を背景とした、短距離移動型モビリティの新しい方向性が見えてきた印象もある。
こうした領域において重要なのは、ハードウェアの性能だけではなく、人と社会とのつながりの中で「新しいサービス価値をどう生み出すのか」という点だ。
単なる車両シェアリングや、搭載バッテリーのシェアリングといった観点だけではなく、近年自動車メーカー各社が将来構想のひとつとして打ち出すことも多い「異業種パートナーとの多様な連携」が、リーン3の普及には必須であると筆者は考える。
■苦節10年の果実は実るか
リーンモビリティとしては、B2B(民間事業者向け)やB2G(行政向け)を含めた多様なパートナー連携を模索しているというが、これらがどのように具体化していくのか。
同社によれば2024年10月時点で、新規調達分を含めて累計10億台湾ドル(円換算で約46億円)の資金調達を実現している。こうした資金をいかに有効活用して新たな社会サービスを実現するのか、その行方を今後もフォローアップしていきたい。
ひとまずは、リーン3の日本での発売告知を心待ちにしよう。苦節10年を経て完成されたリーン3の、ハードウェアとしてのクオリティは確かだ。価格やサービス次第では、ある程度の普及もありうるだろう。
【写真】スタイリングは? メカニズムは? 「Lean3」を詳しく見る
東洋経済オンライン
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最終更新:11/22(金) 8:32