目指すなら今?行政書士「外国人を支援」の奥深い魅力 外国人コミュニティーの「縁の下の力持ち」に密着

4/28 9:41 配信

東洋経済オンライン

■外国人の生活に欠かせない「行政書士」

 「リトル・インディア」とも呼ばれる東京都江戸川区、西葛西。インド人の姿をよく目にするこの街を、恩田薫さんは日々飛び回っている。インド料理店や、インドのスイーツ専門店、それにスパイスを売る食材店などをめぐり、インド人のスタッフに声をかける。

 「元気?」「お子さんの学校どう?」

 インド人のほうも流暢な、あるいはカタコトの日本語で応じ、笑顔を返す。すっかりなじみの間柄という感じだが、恩田さんの仕事は「行政書士」。実は行政書士というのは外国人の生活に欠かせない存在なのである。日本に住む外国人が急増しているいま、需要と存在感とが増している職業といえるのだ。

 そのワケは、外国人が必ず持っている「在留資格」にある。

 在留資格は日本に住むためには必須のもので、外国人は滞在する目的に合った在留資格を取得すべし、と定められている。「留学」とか「技能実習」とか、コックであれば「技能」、会社の経営者なら「経営・管理」など、その種類はいろいろだ。

 在留資格を持っている人の配偶者は「家族滞在」となる。それぞれ滞在期間が決まっていて、期限が迫ると更新をして、外国人は日本で生活しているというわけだ。

 で、行政書士はこれら在留資格の取得や変更、更新などを請け負っている。この手の申請手続きは日本各地にある出入国在留管理庁、いわゆる入管で行うのだが、書類は煩雑でややこしく、日本人だってやっかいなので外国人にはきわめて難しい。そこで、「申請を取り次ぐ」、いわば代行する職業として認められているのが弁護士と行政書士なのだ。

 行政書士の中でも入管業務を行う人は「届出済行政書士」とか「申請取次行政書士」と呼ばれ、おもに在留資格の変更や更新を扱う。もしなんらかの理由で在留資格を失えば日本に居られなくなるわけで、だから「在留資格は命の次に大事」なんて真顔で語る外国人もいるくらいだ。

■在留資格を通じて、子どもの成長を見守る

 恩田さんはそんな在留資格申請の取り次ぎを、単に書類仕事として請けるだけではない。

 「家庭の中に入って、暮らしに寄り添うのが私のスタイルなんです」

 例えば、ある中国人は、「経営・管理」の父と、「家族滞在」のファミリーで暮らしていたそうだ。

 「でもお子さんが大学入学を機に、お父さんから『自立しなさい』って言われて『家族滞在』から『留学』に変更して。その後、大学を出て就職するときには『技術・人文知識・国際業務』(専門知識を生かした仕事に就いている外国人が持つ在留資格だ)に切り替えたんです」

 在留資格を通して、子どもの成長を家族とともに見守っているのである。

 外国人同士が結婚すればどちらかが「家族滞在」になるし、子どもが生まれればその子の在留資格を取得するのも行政書士の仕事だ。日本に長年暮らしているうちに愛着を感じ、ずっと暮らしたいと思った人には永住権の手続きをサポートする。離婚のときはやっぱり在留資格の変更が必要だ。

 行政書士はまさに外国人の生活を支える存在なのだが、複雑な案件が舞い込むことも多い。

 「インド人のお父さんがシンガポールに転勤になったんです。すると、お父さんありきの在留資格である『家族滞在』の子どもたちは日本にいられなくなってしまいます。でも一家は日本に生活の土台があるし、子どもたちは日本の大学受験が迫っていて。

 そこで『特定活動』(ほかの在留資格に該当しない目的で滞在する外国人の受け皿的なもの。ワーキングホリデーとかインターンシップ、国際交流などなど幅広い)にいったん移行して、受験に合格して大学に入ったら『留学』に切り替えたんです」

■単に書類を埋めて申請すればいいわけではない

 こうして人生そのものに寄り添っていれば、死に向き合うときもある。

 「コックをしていたインド人の男性が交通事故で亡くなってしまったんです」

 そのままでは妻子は「家族滞在」を失ってしまうが、子どもは日本で生まれ育ち、日本の文化や言葉を身につけて暮らしてきた。インドはルーツではあっても、故郷ではないのだ。そこで恩田さんは入管に働きかけ、「定住者」を取ることができた。就労に制限がなく、安定して日本で生活できる在留資格だ。

 これらの手続きは、単に書類を埋めて申請すればクリアできるというものでもないのだそうだ。

 「必要書類のほかに『理由書』が大事になってくるんです」

 在留資格の取得や変更、更新などのために入管が求める書類がいろいろあるのだが、それとは別に、任意で「理由書」なるものを添付することが半ば慣習のようになっている。そして、必要書類とはされておらず任意であるはずの「理由書」次第で申請が許可されるかどうかが決まってくるという一面がある。

 このあたりの曖昧さが入管行政の問題だという声もあるのだが、ともかくどういった理由でその在留資格が必要なのか、審査官が納得できるようしっかり申請者本人たる外国人から念入りにヒアリングし、

 「人生をしっかり書き込むんです」と恩田さんは力を込めて話す。

 だからこそ、家族の中に入っていって親しくなり、暮らしぶりを肌で知り、この国でいかに生きていきたいか、その切実な思いを聞き取って「理由書」に落とし込んでいく。

 そうなると仕事の枠を超えて、生活や就職や人間関係や、あれやこれやの相談に乗ることもしばしばで、むしろ「そういう時間のほうが多いかも」と笑う恩田さんだが、ゆえに「リトル・インディア」で信頼される存在になった。

■外国人経営者にとって大事なビジネスパートナー

 そんな恩田さんを、西葛西のインド食材店「スワガット・インディアンバザール」の店主ビネス・プラサードさんは、「ホームロイヤーだよ!」と絶賛する。ホームドクターならぬ「家庭の法律家」というわけだ。

 行政書士とは外国人ファミリーの人生の伴走者のようだと実感する言葉だが、ビネスさんたち外国人経営者にとっては大事なビジネスパートナーでもある。

 というのも、外国人が食材店やレストランなど事業を立ち上げるときの、開業手続きを請け負う行政書士も多いからだ。新しく社長となる人やコックの在留資格だけでなく、保健所を通じた営業許可の申請、司法書士とタッグを組んでの会社設立など、一連のサポートも手がける。

 西葛西ではここ数年でインド料理のレストランがずいぶんと増えたが、その陰には行政書士の働きがある。外国人コミュニティーの「縁の下の力持ち」と言ってもいいかもしれない。

 行政書士は国家資格だ。一般的には行政書士試験を受験して取得することになるが、合格率は毎年10%前後というなかなかの難関。ただ受験資格の制限がない。例えば司法試験を受けるにはロースクールを修了する、社会保険労務士は大学や短大を修了するといった条件があるが、行政書士の場合は年齢や学歴を問わず誰でも受験できる。ちなみに2024年2月現在の行政書士登録者数は5万1959人(日本行政書士会連合会による)だ。

 で、晴れて行政書士になったら、次に「行政書士申請取次関係研修会」なる講座を受け、効果測定というテストを受けて、合格すれば「届出済行政書士」として活動できる。その証明となるのが入管に提示するピンクカードで、なかなか頼もしい見栄えだ。

■年齢的に雇ってくれるところがなかった

 その後は事務所に所属して実務を学んでいくか、あるいは開業するかに分かれるのだが、恩田さんはいきなり事務所を構え、独立開業に挑んだ。そこには、

 「私の場合、年齢的に雇ってくれるところがなかったからなんです」

 という理由があった。10代の頃から外国人に関わった仕事がしたいと考えながらも、会社員として就職し結婚して子育てに追われ……という暮らしを送ってきた恩田さんだが、母のアドバイスもあり40代のときに一念発起して行政書士になろうと、勉強を始めた。

 そして見事に資格を取得する。行政書士事務所での下積みは若手の仕事という風潮こそあったが、それなら自分でやってみようと45歳で開業を果たすのだ。40代からでもセカンドキャリアとして目指せる職業というのは、なんとも夢のある話だと思った。

 もちろん、まずは地道な営業からのスタートだ。夫の地元である西葛西リトル・インディアで念願の外国人サポートを始めたものの、お客がいないのである。

 「だからこのへんを歩いていてインド人を見かけると、名刺を配っていたんです。コンビニでもアルバイトの外国人に名刺を渡して。それですぐに仕事が来るというわけでもないですが、度胸はつきましたよね」

 それに西葛西で開かれるホーリーやディワリーといったインドの祭りにも参加し、名前や顔を売り、多くのインド人にチラシを手渡した。また地域の行政書士会にもあいさつして仁義を通すことも忘れない。そのつてで仕事を紹介してもらうこともあった。

 そして「スワガット・インディアンバザール」にもあいさつを、と行ってみたところ、ビネスさんはなんと恩田さんの宣伝ポスターを店内にドーンと張り出してくれたのだ。

 「恩田さんはロイヤーになる前にも来てくれたことがあって、日本語の書類を読んでくれたり、いろいろ助けてくれたからね」

 ビネスさんは言う。そのおかげもあって少しずつお客が増え、仕事は安定していった。いまではすっかりリトル・インディアの有名人で、毎日インド人たちに呼ばれて西葛西を駆けまわるが、忙しさの中でも時間をつくり、英語の勉強を続けている。

 「英会話教室に通って、法律用語の翻訳のレッスンを受けたりしているんです」

■法律関係の用語は英語のほうが理解してもらいやすい

 西葛西のインド人たちはIT関連の駐在員が中心で、教育レベルは高い。だから日本語がわかるインド人もたくさんいるが、法律関係の用語になると英語のほうがずっと理解してもらいやすいのだ。

 こうして努力を重ねてインド人コミュニティーに食い込んだ恩田さんのような存在は重宝されて仕事が集中し、てんてこまいだ。それだけ外国人案件を扱う行政書士がまだ少ないということでもある。つまり、外国人が急増しているいま、チャンスが広がっている業界ともいえるのだ。

 東京都の場合、届出済行政書士は2836人(2024年4月現在。東京都行政書士会による)で、この数は増加している。それでもまだ需要はあるし、とくに地方では足りないという。外国人の中に飛び込んでいってコミュニケーションを楽しめる人なら、きっとうまくいくのではないだろうか。

 「まずは人間関係を築くこと。異文化交流ですよね。外国人を日本人と同じように見て、接することができるなら、とてもいい仕事だと思います」

 そして心がけているのは「その国のバックグラウンドをしっかり把握すること。それに政治と宗教の話はしないことですね」と恩田さんは言う。加えて、

 「日本人の価値観と違うところには怒らないようにしています。時間にルーズとか(笑)」

■これから花形の職業になるかもしれない

 気になるのは収入だが、日本行政書士会連合会が発表している報酬額の統計データによれば、在留資格に関する仕事の1件あたり平均額は以下の通りだ(2020年度)。もちろん報酬額は行政書士によって差があるし、こうした案件をいくつも同時並行して進めていくのが普通だ。

 在留資格変更許可申請(就労資格)……9万5378円

 在留資格変更許可申請(経営・管理)……15万9258円

 在留期間更新許可申請(就労資格)……5万4447円

 永住許可申請……13万1527円

 少子高齢化による労働力不足を埋めるため、これからも外国人材は増えていく。彼らの在留資格を扱う行政書士はもしかしたら、花形の職業になっていくかもしれない。

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最終更新:4/28(日) 9:41

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