日米の心理学者が語る「内なる声」の驚異の力 アスリートも実践する「自分と距離を置く」方法

3/28 8:02 配信

東洋経済オンライン

「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。
このような「頭の中のひとりごと(チャッター)」はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。
一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。
賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」から抜け出す方法とは何か?  2022年11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』について、スポーツ心理学者で五輪メダリストの田中ウルヴェ京氏と、本書の著者でミシガン大学教授の心理学者イーサン・クロス氏との対談が行われた。そのもようをお届けする。

■他人には見えないチャッター

 イーサン・クロス(以下、クロス):スポーツの世界は、チャッターが絶えない環境でしょう。

 田中ウルヴェ京(以下、田中):はい、四六時中ですね。

 クロス:アスリートは、身体面のトレーニングには多くの時間とエネルギー、お金を費やしますが、心理面のトレーニングを行っている人は少数派です。しかし、特にエリート層にもなれば、そこが差になるでしょう。

 田中:もちろんです。私自身、7、8歳の頃から、ひっきりなしにチャッターが起きているのを自覚していました。たいていはネガティブな考えに行き着きます。そして、そのまま練習に行くと、考えた通りのネガティブな結果になります。

 つまり、自分が自分の敵になるのです。それで自分を心底嫌いになったときもありました。

 クロス:説得力のあるお話ですね。本書の願いの1つは、チャッターを、誰にでもある普通の経験として捉えてもらうことです。頭の中で何が起きているかは、他人には分かりません。

 でも、ビジネスパーソン向けのワークショップで、「チャッターの無限ループを体験したときのことを話してください」とお願いすると、たちまちディスカッションが止まらなくなり、みなさん気持ちが通じ合います。

 田中:チャッターが始まったとき、私の頭のなかには、3人の「ミヤコ」がいます。1人はいつも優しく励ましてくれる「エンジェル・ミヤコ」。ほかに、常に攻撃的に話しまくる「デビル・ミヤコ」、なんでも判定しようとする「ジャッジ・ミヤコ」がいます。

 私にとって効果があるのは、エンジェルの自分が「ミヤコ、えらい」と自分に言い聞かせることですね。

 クロス:3つの声があるというのは、興味深いですね。たいてい、2つの声があり、ネガティブな声は、ポジティブな声よりはるかに大きくて横暴になっていきます。

 本書の存在価値は、「ネガティブな声が大きくなりすぎたら、どうするか」というロードマップを示すことです。ネガティブな声の音量を下げる方法を知っておくことが大切なのです。

■自分の筋肉に話しかける

 田中:アスリート時代は、よく自分の筋肉にも話しかけていました。

 シンクロナイズドスイミング(現在の競技名はアーティスティックスイミング)は、息を長く止めて水中で足技をし続ける競技で本当に疲れるのですが、練習中などは水中で逆さまになりながら「ガンバレ、ガンバレ」と筋肉細胞に声をかけました。

 つま先にも話しかけていましたよ。「おーい、つま先、元気?  よくやってるね。ガンバレ」と。

 クロス:距離を置くという方法ですね。状況に没頭しすぎて悪影響があるときに、精神的なゆとりを得て、離れたところから自分を振り返る。有益なツールですね。

 例えば、人は病気になるとこう言います。「私は何も悪くない。悪いのは病魔だ。ここから出て行け。お前に私は倒せない」。自分で自分を有害な要素から切り離すのです。

 クロス:田中さんは、選手を引退後、スポーツ心理学の道に入って博士号をとられましたね。

 田中:それが長年の夢でした。博士号をとればようやく自分が自分のことを認められる、人生が変わるかもしれないと思ったのです。私は「元五輪選手」と呼ばれる自分のことがあまり好きではありませんでした。もう35年も前のことですから。

 クロス:それだけがあなたではありませんからね。

 田中:そうです。でも、引退後もずっと「元五輪選手」と呼ばれます。その自分ではない自分を作ることに必死だったのが引退後の数十年です。私は、21歳で選手を引退しました。目標であり、夢だったオリンピックメダルを獲得したからです。

 1988年10月1日の日記に「夢が叶った。これからの“余生”はどんな人生だろう?」と書いています。21歳であったにもかかわらず「余生」と書いたわけです。

 引退直後は人生が終わったような感覚でした。スポーツ選手というアイデンティティではない私は想像できなかったのです。そして自分を見失いました。引退しても「シンクロの田中です」という自己紹介をしたくなるたびに「もうそうじゃない。だったら私は誰?」と思っていました。

 そして、自分は何者なのかを考えるようになり、アメリカで心理学を学び始めます。

 クロス:それが第2の情熱になったのですね。

 田中:はい。当時、私のチャッターは鳴りを潜め、セルフトークは機能しなくなっていました。引退後は、もう自分に話しかけたくありませんでした。自分の本音を知りたくないからです。

 やがて、スポーツ心理学を学ぶ過程でセルフトークについて知り、話そうと努めるようになりました。

■内なる声を味方につける

 田中:私の場合、チャッターは解決策を見つけ出す大きな助けになります。だからこそ自分と対話する必要があるのです。

 クロス:心を静めたいと思うときと場所が絶対にあると思います。例えば、野球なら、9回2アウトのピッチャーマウンドにいるというような場合です。

 そのときに助けになるツールが、本書に紹介している「儀式」です。一方、「内省」を求めるときもあります。プレッシャーが強いときは、自己分析したくないものですが、逆に、試合の前後にはそうしたいのではないでしょうか。

 田中:はい、そうです。自己分析をせざるを得ません。

 クロス:つまり、状況に応じて異なるアプローチが必要なのです。あるリリーフ投手は、状況に応じて3つのツールを持っています。

 ブルペンで「2イニング後に登板だ。準備せよ」と言われたとき、「この回の後半で登板だ」と言われて準備をする時間が少ないとき、そして「今すぐ登板だ」というときです。それぞれの状況に応じて自分に効くツールを用意しているのです。

 これから起こり得るシナリオを想定する、「実行意図」と呼ばれるものです。

 田中:内なる声を、自分の敵ではなく、味方につけるわけですよね。

 クロス:それが望ましい状態です。内なる声は価値ある資産である一方、人類最大の脆弱性でもあります。しかし、内なる声は、素晴らしいことをなすように進化してきたわけです。

 クロス:デビル・ミヤコが主役なら、乗っ取られてしまいますが、私は、内なる声を取り除くのではなく、より良く考えるために、内なる声が必要なことをできるように解放し、味方につけたいのです。

 田中:世界情勢が緊迫している今、子どもたちの未来を考えると難しい状況だと感じますが、本書を読んで希望も持ちました。

 クロス:今の世界は情報にあふれていて、せっかくの知識を本当に人のためになるように生かし切れていない状況です。私は科学者ですから、チャッターに関して最高水準の科学的裏付けがあることが非常に重要で、それが当然の責任だと考えています。

 田中:クロスさんの今回のご著書のように先行研究を具体的に示した科学的根拠という言葉の意味が明確な論じ方であると、私のように選手時代からなんでも疑ってかかる慎重な人間でも納得します。

■アスリートだけでなく誰でも応用できる

 クロス:田中さんは、今も選手と仕事をされているのですか? 

 田中:最近は、ボクシング・ミドル級世界チャンピオンである村田諒太選手、車いすバスケットボール男子日本代表チームと8年間活動しました。

 特に、車いすバスケのチームには、交通事故、がん闘病中などいろんな人生背景の選手がいて、彼らは真剣に勝ちたいと望んでいました。そこで、チャッターをセルフトークに変えたり、互いに協力して安全基地を築いたりすることに取り組みました。

 私にとっても本当に学ぶ機会の多い濃厚で貴重な時間でした。彼らは、2021年東京パラリンピックで銀メダルを勝ち取りました。

 クロス:見事ですね。おめでとう! 

 田中:そういった今までの経験と知見をまとめた『心の整えかた』(NHK出版・2022)という本を書きました。アスリートが行うメンタルトレーニングについての内容ではありますが、誰の日常生活にも応用できるものになっています。

 クロス:素晴らしいですね。今後も連絡を取り合いましょう。

 田中:ありがとうございます。日本のアスリートにとって、心理学が何のためにあるのかを知ることはとても重要だと改めて思いました。

 (構成:泉美木蘭)

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最終更新:3/28(木) 8:02

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