こうして街の中の見慣れた景色が、少しずつ変わっていくのだろう。
商店街や大通りを歩いている時、店舗のガラス窓に物件情報が貼られているのを見かけたことがある人も多いのではないだろうか。店の中を少し覗くと、高齢の店主が1人座って新聞を読んでいたり、近所の人と世間話をしていたりする。
そんな「街の不動産屋」の倒産が今、増えているようだ。帝国データバンクの調査によれば、2023年の不動産仲介業の倒産件数は過去最多を記録した。
不動産オーナーにとって、賃貸仲介・管理を手掛ける「街の不動産屋」は心強いビジネスパートナーだ。
長年地域に根ざした事業を行ってきた彼らが、なぜいま店を閉める選択をしているのか? 業界にどのような変化が起こっているのか?
■不動産会社のビジネスモデル
倒産件数は、前年の約1.7倍──。
帝国データバンクによると、2023年に発生した不動産仲介業の倒産件数は120件だった。前年の69件から大きく増加し、年間の倒産件数としては統計開始から最多を記録した。
そもそも、一般的に「不動産屋」「不動産会社」と呼ばれる会社の事業は、大きく売買と賃貸の分野に分けられる。
今回とりわけ倒産が多かったのは賃貸事業を主として行う会社だ。
この賃貸事業はさらに細かく仲介と管理に大別できる。不動産会社によって、売り上げに占める比率はまちまちだ。
こうした賃貸事業者のうち、比較的中小規模の不動産会社、いわゆる「街の不動産屋」で倒産が増えている。
まず簡単に、そのビジネスモデルから理解しておこう。
収入の柱は大きく2つ。
1つは不動産の賃貸仲介を行い、成約となった場合に得られる「仲介手数料」だ。いわば案件発生ごとに生じるフロー収入で、どれだけ多くの物件仲介をこなせるかが鍵を握る。
もう1つが、不動産オーナーから預かった物件を維持管理する手数料として得られる「管理手数料」だ。
こちらはオーナーから任せられた物件の管理が仕事で、賃料の5%が相場だ。借主の有無にかかわらず発生するストック収入といえる。
一方、支出の中で大きな割合を占めるのは、入居希望者を集めるための「広告費」、従業員を雇うための「人件費」だ。
他にも、テナント料や社用車の維持管理費、光熱費などが挙げられる。
会社の倒産が増えるということは、不動産仲介業の中で収支が回らなくなった会社が多くなったということ。
上記のうち、どの項目で変化が起こっているのか。
■ポータルサイトの功罪
当然ながら、企業の業績は社会変化と密接に関係する。
人手不足に物価上昇が続いている昨今、人件費の上昇は避けられない。もちろん、「街の不動産屋」も例外ではなく、賃上げに対して悲鳴を上げているところは多い。
不動産仲介・管理を手掛けるKHD株式会社の代表取締役で、業界事情に詳しい若林雅樹さんは「従業員を雇いにくくなってきた」現状を指摘する。
「業界では、売り上げの約3分の1を人件費が占めるとされています。従業員の月給を上げれば、それだけ売り上げも必要になる。でも、顧客数は変わっていない。そう簡単に売り上げは増やせません」
つまり、月給25万円の営業マンの場合、月に75万円以上の売り上げを立てることが、会社目線で雇い続けられる1つの基準ということだ。月給30万円になれば、営業マンは月に90万円の売り上げをつくる必要がある。
しかし、それができる優秀な営業マンはいずれ独立してしまう傾向があり、人材不足、将来の後継者問題にまで波及していく。
さらに、コロナ禍を経てテレワークが普及したことなどにより、「住み替え需要」が低下したことも不動産会社に追い打ちをかけている。入居希望者数が減れば、収入の柱の1つである仲介手数料も減少するからだ。
「住み替え需要の低迷を実感する1つの指標に、契約更新率があります。物件に住み続ける選択をした人の割合を示すもので、2年ほど前は25%が目安でしたが、現在は35%ほどにまで上昇しています。前よりも人が引っ越さなくなったということです」(若林さん)
不動産会社を苦しめるのは、人件費アップと住み替え需要の低迷だけではない。
金沢市を中心におよそ1300戸の物件を管理する、有限会社高山不動産の代表取締役でCPM資格を持つ高山修一さんは「広告費に頭を悩ませている」という。
今や賃貸物件は、SUUMOやHOME'Sなどのポータルサイト上で検索をかけ、気になった物件を不動産会社に問い合わせる手法が一般的だ。店頭の張り紙を見て、飛び込みで店舗を訪れる人はごく少数だ。
不動産会社からすれば、ポータルサイトの集客力は心強い一方、事実上、利用しない選択肢がないため、利用料金(広告費)が支出として膨らんでしまう。
ポータルサイトの課金形態は大きく分けて2種類。何件掲載で月◯万円という「掲載課金型」と、掲載した物件に対して届いた問い合わせ1件ごとに料金が発生する「反響課金型」だ。
「特に難しいのが、反響課金型です。問い合わせ数で広告費が変動するので、支出が読めません。問い合わせばかり来ても、成約しなければ支出だけ膨らむのも難しいところです」(高山さん)
■「管理」に大手建設が進出
ここまで、業界全体に認められる変化を見てきた。加えて、都心と地方の不動産会社ではまた違った事情があるようだ。
若林さんは、全国的に宅建業および宅建士の登録件数が増加傾向にあることを指摘する。「パイを奪い合う人数が増えているのだから倒産件数も増えるのは必至です」
競合が増えたという傾向は、都心でより顕著に現れている。
国土交通省が毎年発表している「宅地建物取引業法の施行状況調査結果」によれば、2012年度の東京都における登録件数は2万3720件だったところ、2022年度には2万6716件にまで増加している。
10年前との比較で、全国の件数はプラス6%ほどであったのに対し、東京都は12%を超える増加率。競合他社がどんどん出現してくることで、都心にある不動産会社では物件や顧客の奪い合いが苛烈になっているということだ。
一方、地方にある不動産会社を苦しめているのは「管理戸数の減少」だ。そもそも、地方では賃貸需要を支える若者(学生や若手ビジネスパーソン)の流出が激しく、賃貸不動産の数は増えにくい傾向がある。
地域に根ざした不動産会社は特に、オーナーとの関係性を築いて長く物件を預かることが多い。長く関係性を続けていく中では、老朽化し不動産の売却や建て替えというイベントも発生する。
その時、不動産会社が物件を管理し続けられるかが重要な分岐点だ。
地方の賃貸物件となれば家賃の価格帯も高額にはなりにくいため、不動産会社の管理手数料収入(5%が目安)も、物件1戸あたりそこまで大きな金額ではない。
だが、アパートやマンションを1棟まるごと管理していれば、毎月の安定した収入となり、これまで不動産会社の経営を支えてきた。
物件が老朽化してくれば、オーナーは建替えや更地にしての売却などに考えを巡らせる。不動産会社としては管理を続けたいため、建替えを提案する。
そこで建設会社の手によって新築物件に生まれ変わるのだが、近年はこの建設会社がそのまま物件管理をするケースが増えているのだという。
「不動産会社は当然、新しい管理物件を仕入れる必要があります。ところが、物件を建てた大手建設会社のグループ会社が管理をするようケースが増え、なかなか管理戸数を増やせません。正直しんどい部分はあります」(高山さん)
物件のオーナーも歳を取り、彼らの子どもに物件が相続される場合も、不動産会社にとって痛手となることもある。
関係性が構築されていた従前のオーナーと違って、規模の小さい不動産会社に物件を任せるメリットを感じてもらいにくいからだ。
■「不動産業だけ」では生き残れない
人件費、集客、管理…。さまざまな変化を前に対応できず、これからさらに倒産してしまう会社が増えていくのだろうか。
若林さんも高山さんも、「時流の変化に対して適切な対応を取れない会社は淘汰されていくだろう」と同意見だった。
加えて、都心で不動産会社を経営する若林さんは業界にさらなる変化の予兆を感じているという。
「私の会社では賃貸の成約のうち、約8割がポータル経由から。ユニークなのが残りの2割でYouTubeやSNSの内見動画です。賃貸ニーズの高い若い世代に強い媒体に、物件情報動画を掲載する方法がより普及していくかもしれません」
実際に若林さんの周りでも、そのような動画を制作できる従業員を雇ったり、動画編集は外注だがSNSの運用を始めたりする会社が出てきているようだ。
地方圏で不動産会社を経営する高山さんも、不動産会社側に求められる能力の幅が広がっていることを痛感しているという。
「日頃から、物件の将来を一緒に考えるようにしています。オーナーさんや場合によっては息子さんとも、資産形成を含めて不動産の可能性を相談するようにしています。不動産業というよりFPや資産管理のコンサルに近い関係性かもしれません」(高山さん)
単に入居付けを行ったり、物件を管理したりするだけでは、いずれ淘汰されてしまう。「不動産会社は、オーナーさんの『資産運用』をお手伝いする気持ちで寄り添い、提案するスキルが必要です」と続けた。
地場の不動産会社は、地域の特性をよく理解しており入居付けに強いとされている。
そんな不動産会社がやむを得ず店をたたむケースが増えていくとしたら、不動産オーナーにも大きな影響がある。
不動産オーナーがお願いしている仲介・管理会社がどんな方針なのか。大淘汰時代を迎えつつある今こそ、オーナーサイドの不動産会社を見る眼も問われそうだ。
不動産投資の楽待
最終更新:5/13(月) 11:00
Copyright © 2024 ファーストロジック 記事の無断転用を禁じます。
© LY Corporation