国内敵なし、日立「鉄道売上高」今期1兆円超えへ ドーマー副社長インタビューで判明した全軌跡

5/13 4:32 配信

東洋経済オンライン

 日立製作所の鉄道事業の成長が著しい。4月26日に発表された2023年度の鉄道事業売上高は8561億円。前年度の7360億円から1201億円増えた。2010年度は1502億円だったので13年で約6倍に増えたことになる。

 フランスの防衛・航空宇宙メーカー、タレスの交通システム事業買収も近々完了する見通しで、これを加えると2024年度の鉄道事業売上高は1兆円を超える見通し。東原敏昭会長は8年前に「2020年代の早い時期に売上高1兆円を目指す」と話していたが、実現の日が近づいた。

 国内同業との比較では川崎重工業の鉄道車両事業が売上高1959億円で2位、3位以下は1000億円を下回り、日立は頭1つ抜き出る。成長の原動力は海外。2010年度の鉄道事業売上高に占める海外の比率は400億円に満たなかったが、今や売上高の8割超を稼ぐ。

■副社長が語る鉄道事業発展の足跡

 分野別の売り上げは車両製造が6割、信号システムや保守ビジネスが4割。同業他社は国内向け車両製造が売り上げの大半を占めるので、海外比率、事業構成のどちらを取っても他社とは見ている景色が違う。むしろライバルは海外勢。日立は中国中車、仏アルストム、独シーメンスと並ぶ世界大手の一角を占める。

 そんな日立もかつては国内他社と同様、国内向け車両製造が鉄道事業の中心であった。国内は新規路線の開業が少なく、新たな車両の製造は既存車両の更新需要ばかり。国内向けに安住していてはいずれ尻すぼみ。成長機会は海外にしかない。他社がアメリカやアジア諸国に照準を定めた中、日立が目を付けたのは英国だった。

 蒸気機関車による鉄道が世界で初めて実用化された英国でなぜ成功できたのか。そこにはキーパーソンの存在がある。現地採用社員からスタートして本社副社長に上り詰めたアリステア・ドーマー氏だ。同氏へのインタビューを基に、日立の鉄道事業の歩みを振り返ってみたい。

 ドーマー氏が日立の欧州法人に営業マンとして入社したのは2003年。当時の日立といえば1998年から駐在員を英国に派遣して2つの大型案件の入札に挑んだがどちらも失注していた。英国内で日立製の列車が走っているのを見たことがない現地関係者からは「日立の列車が英国で日本と同様に走れるとは限らない。絵に描いた餅。ペーパートレインだ」と揶揄されていた。

 入社時の年齢は39歳。英国海軍を皮切りにブリティッシュ・エアロスペース、アルストムの英国法人に勤務した経歴を持つ。以前から日立の仕事ぶりについては熟知していた。「顧客第一主義の姿勢を尊敬していた」という。日立入社前に勤めていた会社では納期が遅れがちだったことを不満に感じていた。

■「ペーパートレイン」の批判はねのける

 入社してまず感じたのは、日立が行った過去2回の入札案件の内容は「非常に優れていた」ということ。にもかかわらず、なぜ受注できなかったのか。理由は簡単。「日立は英国の鉄道運行の仕組みが日本とまったく違うことを理解していなかった」。英国の鉄道は運行とインフラを分離した上下分離方式で運営されており、さらに運行事業者は自ら車両を保有することはせず、リースで調達する。

 もう1つ付け加えると、日立のスタッフたちの英語力が必ずしも高くなく、PRも下手。技術の仕組みを説明するばかりで、その技術が運行事業者にどのようなメリットをもたらすのかを説明できない。

 ドーマー氏の入社時、日立は英仏海峡トンネルの英国側出口とロンドンを結ぶ高速鉄道路線を走る鉄道車両「クラス395」174両の受注に狙いを定めていた。英語下手の日本人社員に代わり、「顧客と日立をつなぐ橋渡し役として、顧客と話をすることに多くの時間を費やした」。

 ペーパートレインという批判に対しては、本物の車両を日本から持ち込む代わりに英国の中古車両に日立の機器を搭載、実際に線路の上を走らせ、その性能を納得させた。さらに車両工場のある笠戸や鉄道システムの開発・設計などを行う水戸といった日立の国内事業所にも案内し、現場を見せることを徹底した。2005年、クラス395の入札に成功。納期を守ったことが高く評価されるというおまけまで付いた。「納期を必ず守ることも戦略に加えていた」と明かす。かつての勤務先で納期を守れないことに忸怩たる思いを抱いていただけに、納期順守はドーマー氏のこだわりでもあった。

 日立がクラス395の開発・製造に取り組んでいた2007年、総事業費1兆円という巨大案件が英国に登場した。「都市間高速鉄道車両置き換え計画(IEP)」と呼ばれる866両の製造案件。27年間にわたる車両の保守もセットだ。規模の大きさだけではない。日本では車両の保守はJRなどの鉄道事業者が行うため、日立は未経験。

 当時、日立本社の会長を務めていた庄山悦彦氏は「リスクが大きすぎる」と難色を示したが、ドーマー氏ら現地スタッフの熱意にほだされ入札参加へのゴーサインを出した。英国国内に車両工場や保守基地を建設し雇用が生まれるというPR戦略も奏功し2012年、受注にこぎつけた。案件の規模からいってシーメンスなどの大手が受注するとみられていただけに、「誰もが驚きましたね」。

 その一方で平然と受け止めた人もいた。当時の社長だった中西宏明氏。受注の成功を報告したところ、「すごいね。それで、次は?」とせかされたという。鉄道事業には大きな成長余地があると見抜いていたのだ。

 IEP向けの車両「クラス800」は高い評価を受け、英国国内の他路線も次々と採用。この成功によってドーマー氏は鉄道現地法人のトップに就いた。

■イタリア企業買収で欧州大陸進出

 次の照準は欧州大陸に定めた。2010年代に入りイタリアのハイテク関連企業フィンメカニカ(現レオナルド)が傘下の大手鉄道システムメーカー・アンサルドSTSと鉄道車両メーカーのアンサルドブレダをセットで売却する方針を固め、日立に買収を打診。日立が欲しいのはSTSが持つ技術力と世界的に広がる販売網。一方、ブレダはトラブル続きで業績が悪化していた。

 ドーマー氏は2012年にイタリアにあるブレダの車両工場を視察した際、買収には値しないと判断した。「工場が十分に活用されていないので固定比率が高い。品質も十分ではない」。

 その後、新たに就任したフィンメカニカのCEOはドーマー氏の助言を受けブレダの業績改善に力を注いだ。ドーマー氏が2014年に再訪すると、「品質を高めようという意欲が感じられた」。日立は方針を改めてSTSとブレダの両方を買収することに決め、2015年に実現した。その年、ドーマー氏は執行役常務として日立本体の経営陣に名を連ね、2019年には副社長に昇格した。

 英国では2021年、ロンドンとバーミンガムを結ぶ高速鉄道路線向け車両の製造や保守をアルストムと共同で受注した。アメリカではSTSの技術を活用してハワイ州ホノルルで高架鉄道「スカイライン」が2023年に開業したほか、ワシントンDCでも3000億円規模の地下鉄車両製造を受注した。

 日本流の生産手法を取り入れ生まれ変わったブレダの車両工場も欧州の鉄道製造に不可欠の存在で、イタリアなど欧州大陸向けは元より、英国向けの車両も製造している。「日本で開発し、イタリアで製造し、英国に送り込むという国際分業体制が整った」。

■大型M&Aは今後も続く? 

 ブレダは日本流の生産スタイルを持ち込んで復活したが、逆に日本がブレダから学んだこともあった。ドーマー氏が例として挙げたのは電気や通信システムなどの配線を車両に取り付ける作業だ。ケーブルが多数あるため、ミスなく効率的につなぐのが難しいことが多いだけに日本では熟練工の技に頼る。だが、ブレダでは事前に配線をモジュール化して、それを車両に取り付けていた。「非常に賢いやり方」とドーマー氏は賞賛する。

 また、2025年頃の開業を目指す台湾の三鶯(さんいん)線建設プロジェクトでは車両設計をイタリアが行い、日本で製造し、台湾に持ち込むというスタイルを取った。新たな国際分業の形である。

 2021年にはタレスから交通システム事業を買収すると発表した。タレスの鉄道信号システムは世界的にも評価が高く、「長年にわたって買収したいと考えていた」。また、「日立は日本、英国、イタリアに強みを持ち、アメリカでも事業を拡大しているが、タレスはカナダ、ラテンアメリカ、サウスアメリカ、フランス、ドイツ、東欧、シンガポールに強い。両者は強力な補完関係にある」とも話す。

 では、今後も大型M&Aを重ねて成長を続けるのだろうか。タレスの交通システム事業買収に際しては、EUや英国の規制当局が日立の規模が大きくなりすぎることを懸念して一部事業を売却することを求めた。そう考えると今までのような大型のM&Aは困難かもしれない。ドーマー氏も「中小規模企業の買収を検討している」と話す。

 分野的に強化したいのはデジタル関連。日立はIoTプラットフォーム「ルマーダ」を核としたデジタル戦略を進めている。IoT技術を駆使して車両や線路の状態を常時監視することで異常を事前に察知できれば、保守費用が安価になると同時に、運行の安全性も高まる。「たとえば1両に片側2つドアがある車両なら10両編成でドアの数は40。今までは40のドアを毎月点検していたが、ドアにセンサーを付けてデータを蓄積すると、どのドアが動作不良を起こすか事前に察知することができる」。

■データ蓄積で優位を築く

 もっとも、IoTプラットフォームではシーメンスが先行している。鉄道への活用という点でシーメンスと日立のどちらが優れているのか。この点について尋ねると、「日立が優れていると言いたいね」と笑顔で答えた。その理由は、シーメンスは製造面での活用に注力しているが、日立は顧客の価値向上に力点を置いているからだという。

 「直接、鉄道の話ではないのだが」と前置きしたうえで、一例として挙げたのは、英国の公共交通運営会社ファーストグループにEVバスのバッテリー充電マネジメントサービスを提供したことだ。乗客の利用動向、道路状況、天候などによってバッテリーの寿命は大きく変わる。これらのデータを分析してバッテリー性能を最適化し、寿命延長につなげる。「デジタル技術で最も重要なのはメインナレッジ、すなわち業界のことをよく知っているかということだ。デジタル技術はそれを手助けするツールである」。

 ということは、データを蓄積すればするほど、次の顧客獲得展開で優位に立てることになる。ドーマー氏が日立に入社した当時、クラス395案件を受注することに無我夢中で、IEPを受注し、M&Aを重ねてここまで大きな存在になるとは夢にも思わなかった。しかし、現在は日立の将来像をしっかりと見据えている。

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最終更新:5/13(月) 8:02

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