流行危機なのに「麻疹ワクチン」が足りない大問題 武田は自主回収、第一三共・田辺三菱は出荷制限

4/11 9:41 配信

東洋経済オンライン

 「麻疹ワクチンは打てますか」

 ナビタスクリニック新宿で診察していると、毎日のように電話がかかってくる。そのたびに事務職員は、「現在、ワクチンの入荷待ちの状態で、しばらくお待ちいただけませんか」と回答している。

 これは当院だけの話ではなく、日本中の医療機関で、このようなやりとりが繰り返されている。

 なぜ、こんなことになるのか、本稿では、その背景について解説したい。

■すでに感染者は去年の7割

 まずは、麻疹(はしか)の流行状況だ。国立感染症研究所によると、国内の2024年の感染者数は20人だ(3月21日現在)。これは昨年の28人の7割に相当する。

 今回の流行は、2月にアラブ首長国連邦(UAE)から関西国際空港に到着した人で感染が確認されたのがきっかけだ。

 新型コロナウイルスのパンデミック中、世界各国で麻疹ワクチンの接種率が低下したため、世界中で感染が拡大している。日本にも海外渡航者を介して、感染が持ち込まれている。

 なぜ、麻疹感染でこれほど大騒ぎするのか。それは、麻疹ウイルスがさまざまな合併症を起こすからだ。

 重要なのは肺炎(15%)と脳炎(0.2%)で、ときに致死的となる。医療が発達したわが国でも致死率は0.1~0.2%とされている。

 厄介なのは、麻疹ウイルスの感染力が強いことだ。咳やくしゃみによる飛沫だけでなく、病原体の粒子が空中を漂い、離れたところにいる人も感染させる。これを空気感染といい、食い止めるのは難しい。免疫を持たない人が感染すると“ほぼ全員が発症する”と考えられている。

■予防にはワクチンしかないが…

 麻疹の感染を予防するにはワクチンを打つしかない。

 アメリカの疾病対策センター(CDC)によれば、1回接種で93%、2回接種で97%の人が免疫を獲得するとされている。日本の感染研の見解は1回で95%、2回で99%以上だ。2回ワクチンを打てば、ほぼ予防できる。

 現在、日本では麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の形で、1歳代と小学校入学の前年の計2回、公費で接種することになっている。

 問題は、日本には十分な回数のワクチン接種を済ませていない国民がいることだ。

 わが国で麻疹の定期接種が始まったのは、1972年10月1日からだ。

 それ以前に生まれた人の多くは麻疹に罹患しているだろうが、一部の人は免疫をもっていない。1972年10月1日から2000年4月1日生まれの人も1回しか麻疹ワクチンを打っていないため、十分な免疫を有していない人がいる。

 このため、わが国では、この世代を中心に流行を繰り返している。2010年以降では2012年、2014年、2015年、2016年、2018年、2019年と6回流行し、今年も感染が拡大している。

 麻疹の流行を食い止めるには、免疫がない人たちにワクチンを打つしかない。厚労省も問題を放置しているわけではない。

 2007年の流行を受け、2008年4月から5年間に限定し、中学1年生および高校3年生相当年齢の子どもに定期接種を実施した。しかしながら、それ以前の世代は手つかずだ。

■出荷を制限するワクチンメーカー

 筆者が問題視するのは、厚労省がこの問題解決に関して、本気度が足りないないことだ。

 現在、はしかワクチンを国内で販売するのは武田薬品工業、第一三共、田辺三菱製薬の3社だけだ。

 2022年のMRワクチン生産量は159万2000人分、はしか単体ワクチンは5万7000人分、つまり合計で165万人分だった。これは定期接種の対象者数とほぼ同じだ。未接種世代が麻疹ワクチンを希望するのは、麻疹が流行したときだが、彼らに回す余裕はない。

 今回は武田薬品工業が、1月16日にMRワクチンの一部ロットの自主回収を発表した。ワクチンの効果を示す「力価」が、国の規格を下回っていたためだ。

 翌日には、第一三共も「他社製品の自主回収により供給に影響が生じる可能性が否定できない」としてMRワクチンの出荷を制限した。田辺三菱製薬も、同様の措置をとっている。定期接種分を確保するための措置だろう。

 現在、わが国では麻疹ワクチンが不足している。これについて、厚労省や専門家はどのように考えているのだろう。

 厚労省の審議会の常連である川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は、マスコミの取材に対し、「成人の9割はワクチンや過去に感染したことによる自然免疫で抗体を獲得しているとされる」「まずは小児の定期接種を進め、成人で感染によるリスクの高い人は抗体検査などを受けて、必要であれば接種を受けてほしい」と語っているが、これでは十分ではない。

 少なからぬ国民が麻疹ワクチンの接種を希望しているにもかかわらず、この説明は、彼らの声にまったく応えていない。

 ワクチンが必要で、国内で製造できなければ、海外から買えばいい。

 ワクチンを製造している企業は、グラクソ・スミスクライン、サノフィパスツール、メルク、ノバルティス、ファイザー、インド血清研究所など世界中にあまたある。

 世界での麻疹ワクチン市場は、年率3.9%程度の成長を続けると考えられており、2030年にはその規模は約10億ドルに達すると予想されている。今後、麻疹ワクチン開発に参入する企業が増えるだろう。

 どうして、麻疹ワクチンの供給先を国内企業に限定するのか。これは「安全保障」の見地からいってもナンセンスだ。

 厚労省に求められるのは、麻疹流行時にワクチンを速やかに確保することだ。厚労省は、外資系企業の麻疹ワクチンを速やかに承認し、麻疹流行時には十分量を確保できるように体制を整備すべきだ。残念なことに、このような動きはないし、マスコミも指摘しない。

■国内在庫がなく納品されない

 筆者が勤務するナビタスクリニックの事務担当者は、「国産のMRワクチンは国内在庫がなく、発注しても納品は期待できません」と言う。この人物は元製薬企業の社員だ。国内のワクチン流通に詳しい。

 では、どうすればいいか。国が動かなければ、自分でやるしかない。

 前出の事務担当者は、「メルク製のMMR(麻疹・風疹・おたふく風邪混合ワクチン)を輸入し、希望者に接種しています。しかし、近日中に350本届きますが、焼け石に水です」と言う。

 コロナパンデミックが収束し、海外渡航者が増加している。「海外勤務などの関係で、麻疹ワクチンの接種が必要な人の分を確保するだけで精一杯。接種を希望する人に回せる分はごくわずか」 (事務担当者)からだ。

 これが、わが国の麻疹流行の背景だ。

 厚労省は国民視点で世界中から麻疹ワクチンを確保すべきだ。また、麻疹ワクチンの2回接種を済ませていない人たちは、今回の流行が収束し、社会が落ち着いた段階で、最寄りのクリニックを受診し、MRワクチンを打つことを勧めたい。

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最終更新:4/11(木) 9:41

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