超高額「Vision Pro」でアップルが実は考えていること、アップルの「次の屋台骨」になる可能性は?

3/26 5:32 配信

東洋経済オンライン

 アップルがアメリカで2月に発売した「Apple Vision Pro(以下Vision Pro)」。「空間コンピューティングデバイス」として注目される一方、3499ドル(約53万円)からという価格の高さなどには批判もある。要は「アップルの収益を担う製品になり得るのか」という疑問が出ている、ということだ。

 筆者も発売日に渡米し、製品を手に入れている。以来、ほぼ毎日のように使っている(写真)。その視点から見ても、「今年や来年のうちに、Vision Proがアップルの屋台骨になることはない」というのが実感だ。

 他方で「これは5年から10年経つと、空間コンピューティングとして提案された要素が大きな意味を持ってくるのではないか」という強い予感があるのも事実だ。そして「これはおそらく、ポストスマホではない」という印象も強くなってくる。

 では、それはどういうことなのか?  解説してみたい。

■空間に浮かぶ画面を目線と指で操作する快楽

 Vision Proとはどのような製品か?  アップルは「空間コンピューティングデバイス」と呼んでいるが、デザインや構造自体は、他のXR(バーチャルリアリティ・拡張現実関連)機器と大差ない。頭につけてディスプレイで視界を覆い、自分に見える世界を置き換えることで新しい体験を目指す機器である。

 ただ、使ってみると従来の機器とはかなり体験が違う。違いは主に2つある。

 1つは「画質」。目に見える世界の精細さが他よりかなり高く、見やすい。3D CGの表示はもちろん、動画やウェブブラウザーの文字まで精細であり、現実により近くなっている。

 Vision Proにはカメラが内蔵されており、自分の周囲の様子を見ながら作業できるのだが、これも快適だ(写真)。画質の良さはここでも有効。「現実とまったくおなじ」ではないのだが、見ているうちに違和感はなくなり、つけたままでも部屋の中などを安全に歩き回れる。現実の空間に本来目の前には存在しない物体やウインドウが浮かんでいる、という体験は非常に新鮮に感じる。

■「目線」と「指」で操作

 2つ目は「操作」。XR機器のほとんどは、コントローラーもしくは両手で操作を行う。目の前に浮いているものを「触って」操作するイメージだ。一方、Vision Proにはコントローラーはない。手を使って操作するのだが、他の機器とはその使い方も違う。なぜなら、操作を「目線」と「指」で行うからだ。

 手を持ち上げて空中のものを触る操作は直感的だ。一方で、手をいちいち上げるのは面倒で、手も疲れてくる。コントローラーを使うならなおさらだ。だがVision Proはちょっと違う。手を上に持ち上げる必要はない。操作したい場所に「視線を合わせる」動作をして、親指と人差し指を打ち合わせる「タップ」動作をすればいい。

 文章だとイメージが湧きにくいが、要は視線をマウスカーソルの移動、タップをマウスのクリックだと考えればわかりやすいだろうか。若干の慣れが必要だが、手を無駄に持ち上げる必要はないし、素早く使える。

 空間に浮かんでいるものを目線で見て、指でつまんで移動する……という操作は、まさに、Vision Proがもたらした新しい体験と言える。

 Vision Proが優れた製品なのは疑いない。だが、いきなり何千万台も売れることはないし、すぐにアップルの収益源になることも考えられない。理由はシンプルだ。3499ドルから、という価格設定であるが故に、大量に売れるとは考えづらいためである。

 Vision Proがこのような価格帯で売られることになった理由は、品質と大きく関わっている。

 前出のように、Vision Proは表示品質が高い。理由は、ディスプレイ・カメラ・プロセッサーといった主要パーツに、ハイエンドなものを採用しているためだ。特にディスプレイとプロセッサーは、XR機器として見て破格な品質である。

■高価ゆえに利益貢献は先、あえて未来を見せる

 ディスプレイは、片目4K弱の解像度をもつソニー製のマイクロ有機ELディスプレイを2つ使っており、プロセッサーは、MacやiPadの上位機種に使われている「M2」。さらに、位置認識などの処理を専用にこなすものとして、「R1」という専用プロセッサーも搭載している。これらの原価だけで1500ドルを超えていると予想されており、他社製品よりもかなりコストがかかっている。3499ドルという売価ですら、利益はほとんど出ていないだろう。

 内部構造も複雑だ。他の機器では省かれることも多い「視線認識」も、ひときわ高精度なものを搭載している。目と目の間隔(IPD、瞳孔間距離)の調整も自動。他社なら手動で行い、コストをかけない部分だ。

 価格と同様にプライオリティを下げられたのが「重量」だ。Vision Proに対する批判の多くは「つけ心地」の部分に集中している。本体重量が約600グラムあり、その上バッテリーも外付け(写真)であるため、取り回しも良くない。それを頭につけるため、フィッティングは極めて重要。ズレが大きく、バンドを強く締め付けることになると顔にも負担が大きくなり、不快感が増す。

 コストも重量も、現在の技術では解決が難しい課題。だから他社は一定の「割り切り」のもと性能と価格を落とした製品を作るやり方を選んでいる。逆に言えばアップルは、普及や短期的な収益貢献よりも、品質の高さを優先した……ということなのだ。

 アップルはなぜ品質を最優先にしたのか?  それは、彼らがいう「空間コンピューティング」という世界を、最初からできるだけ、理想に近い姿で見せたかったからだろう。

 コンシューマ市場向けのXR機器は、現状での市場特性がゲーム機に近いため、多くの場合、価格を抑えて販売されている。数が増えてからソフトウエアやサービスの収益性が高まっていく、という構造だからだ。

 ただその結果として、画像の解像度は低めで、性能もギリギリ。MRによる画像にも歪みが出やすく、「自然な体験」にはなっていない。

 しかしアップルは、Vision Proでゲーム機のようなビジネス構造を目指さない。機器を使うことで便利で魅力ある体験ができる、という点を狙う。別の言い方をすれば、アップルは、現状理想に近い体験を提示することで、「空間コンピューティング」に対してマイナスの要素を取り除き、先を見せることが重要と判断している、ということになる。

■「ポストスマホ」ではなく「ポストPC」

 アップルが見せようとしている「空間コンピューティング」とはどのようなものなのだろうか? 

 筆者は2月に購入以来、ほぼ毎日、なんらかの形でVision Proを使っている。そこで感じるのは、アップルがVision Proで短期的に置き換えようとしているのは「スマホではなくPCだ」という点だ。

 スマートグラスに類する機器は、一般的に「ポストスマートフォンだ」と言われる。どこでも持ち歩いて使われるスマホの代わりに、メガネ型のデバイスで情報を表示して使う……という発想だ。

 ただ現実問題として、これは非常にハードルが高い。屋外は明るい場所と暗い場所の差も激しく、熱や寒さ、埃などの厳しい条件もある。その中で安全性を確保し、さらに600グラムのヘッドセットをメガネレベルの軽さにするのには、まだ相当に時間がかかる。アップルも当然そのことはわかっている。だから、Vision Proがストレートに「ポストiPhone」である、と考えてはいないだろう。

 だが、これが「ポストPC」「ポストタブレット」だったらどうだろうか? 

 現在のディスプレイが持つ「四角い画面の中で作業する」という制約を超え、主に屋内で、自分がいる空間を生かし、作業をしたりコンテンツを楽しんだりするデバイスは、十分に可能性がある(写真4)。実際、Vision Proではそういう働き方・楽しみ方がすでにできる。

 コストや重量はもちろん、操作性など、いろいろと改善すべき点はある。だが、Vision Proをつけてみると、四角いディスプレイから空間全体がディスプレイとなった世界の可能性を確かに感じられる。

 テレビやPC、タブレットとそれらに使われるディスプレイすべてが1つの機器で置き換えられるとすれば、いくらなら支払うだろうか?  3499ドルは高いかもしれないが、これが1500ドル・2000ドルになると、話は変わってくるだろう。

■課題は「頭に何かをかぶる」という不便さ

 現状、スマホを置き換えるヒット商品を作るのは、どの企業にとっても困難なことだ。アップルも、ストレートに「ポストiPhone」を作ってはいない。しかし、PCやタブレットなどの世界が変わるなら、スマホもその影響を受けるだろう。

 スマホの時代になってもPCはなくならず、健在だ。タブレットという新しい市場も生まれた。それらが変わるとすれば、その市場インパクトは十分に大きい。

 アップルは、そういう変化が数年後に来る可能性に賭け、Vision Proを作ったのだろう。メタを含め、他社も発想としては同じようなものを持っているので、彼らに後れをとるわけにはいかない。

 課題は「頭に何かをかぶる」という不便さが、新しい利便性をもってしても超えられない可能性がある、ということにある。Vision Proもそのジレンマから抜け出してはいない。

 逆説的だが、だからこそアップルは、「今は儲からなくとも、未来を見せるデバイスを世に問う」賭けに出て、突破口を見出そうとしたのではないだろうか。

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最終更新:3/26(火) 5:32

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