新規事業に必要な「本業への貢献」ストーリー 顧客を引き付ける「フック」、収益を得る「回収エンジン」

4/29 19:02 配信

東洋経済オンライン

 新規事業には、既存市場に新規製品/サービスをリリースする場合と、新規市場に新規製品/サービスをリリースする場合に分けられます。多くの方が新規事業と聞いて後者をイメージされかもしれませんが、大企業においてはあまり推奨しません。

 なぜならば、新規市場への新規製品/サービス提供は会社にとって全く新しい領域であり、既存事業の強みを活かしづらく、知見がないために失敗しやすいからです。実際に、大企業の新規事業の成功例を見ると、既存の顧客に新規製品/サービスを提供するケースが多いことがわかります。

例えば、モノ売りからコト売り(例:AdobeのCreative Cloud)やデータを活用した効率化(例:コマツのLANDLOG)などがあげられます。売上高200億円以上の会社の新規事業開発経験者へのアンケートでも、「既存顧客への新サービス展開」の方が成功していることが分かっています(アビームコンサルティング株式会社2023年度調査)。

 もちろん、既存顧客に新規製品/サービスを提供する場合も、適切なテーマ選定を行わないと問題に直面することになります。既存顧客と相対する事業部がいるため、新規×新規以上に、本業との関係性を明確にしないと検討を進めるのは難しくなります。そこで、今回は事業構想時に考慮すべき「本業への貢献」ストーリーについてご紹介します。

■「本業への貢献」というストーリー

 「本業への貢献」とは、新規事業が本業へ貢献する明確な論理のことです。例えば、「この事業は短期的な収益にはつながりませんが、本業の顧客の維持に貢献するため未来への投資として重要です」というストーリーを描きます。

 そして、このストーリーに沿うように事業領域、サービス内容、事業計画などを検討します。そうすることで、新規事業が本業との関係性を踏まえて全社の中で位置付けられ、推進しやすくなります。

 一般的には、本業の売り上げ拡大やコスト削減に寄与するロジックを考えると良いでしょう(下図表)。「本業への貢献」は多種多様のため、いくつかの具体例でご説明します。

■既存顧客の離脱防止/既存事業への送客

 あるBtoCサービス事業者は、「人々の移動」を成長領域として捉え、新規事業を検討していました。世界ではUberやTeslaなどの有望企業が誕生している中、規制の強い日本ではまだ確固たる地位を築く事業者がいない状況であり、事業機会は豊富にあるように思われました。

 しかし、事業のテーマ選定は難航しました。日本では既に高品質な交通サービスが安価に提供されているため、新しいサービスに高い利用料を払う消費者は限定的だったからです。

 そこでまずは既存顧客の離脱防止と新規顧客の既存事業への送客を目的に、既存事業の魅力を向上させる追加サービスとして開発することにしました。具体的には、複数の交通機関や商業施設のデータを集約し、消費者の利便性を向上させる様々な機能を一括提供するサービスを無償でリリースし、既存事業のブランド名称を使ったうえで、新規サービスから既存事業への自然な遷移を促す設計を行いました。

 「本業への貢献」を織り込んで投資対効果を試算することで、当初のシステム開発投資の合意を得てサービスの魅力を磨いていく、その後十分な顧客規模に達した段階で、有償の新プランや新サービス提供により事業単体でも利益を得るビジネスに進化させていく、という狙いです。

 今では新サービスをクイックにリリースし、本業へ送客しながら育てていく、という勝ちパターンを、会社の戦略として確立しています。

■研究開発の工数減/販売・物流の最適化

 コスト削減への貢献についても、簡単に例を挙げてご説明します。ある大手メーカーは、従来のモノ売りビジネスと異なる収益源を探求していました。しかし、販売は代理店に任せており消費者の情報が不足しており、十分なサービス検討が行えない状況でした。

 そこで、最初の顧客として製品の取り付けを担う協力会社を選び、業務支援サービスを提供することでデジタル化を促進しました。非効率な業務による働き手不足という業界課題の解決を志向したサービスです。経営状況の厳しい協力会社へ提供するため、サービスは非常に安価な設定でしたが、得られたデータ活用も含めた事業計画を立案しました。

 具体的には、協力会社のデジタル化により、協力会社が持つ消費者情報をデータ化し、メーカーの本業の商品開発や在庫管理、次なる新サービスの検討に活かすことができました。

■「本業への貢献」:フックと回収エンジン

 では、実際にどのように「本業への貢献」を描けばよいでしょうか。思考の武器として「フック」と「回収エンジン」をご紹介します。事業を、顧客を引き付ける「フック」と、収益を得る「回収エンジン」の2つに分ける考え方です。

 「フック」とは、顧客の獲得や集客を目的としたサービスや機能のことです。顧客に伝わりやすい価値と、他社との明確な違いを持つことが重要であり、必ずしも利益を生む必要はありません。一方で、「回収エンジン」は利益を回収するための儲かるサービスや機能を指します。

 Googleの例が分かりやすいでしょう。彼らは無料で提供する多くのサービスをフックとして、顧客を惹きつけ広告事業という回収エンジンにつなげています。ポイントはフックによって獲得した顧客を回収エンジンに誘導する仕掛けです。

 の考え方を用いることで、新規事業をフックに、本業を回収エンジンとするストーリーを描きやすくなるでしょう。

 最後に、本業への貢献ストーリーを描きやすい、新規事業開発の問題を回避しやすくするフレームワークをご紹介します。野村総合研究所(NRI)で活用している「NRI版ビジネスモデルキャンバス」です。これは、Strategyzerの「The Business Model Canvas」をベースに、NRIの支援事例を踏まえて拡張したものです。

 このキャンバスを用いることで、具体的には「自社ビジョン・戦略との整合性」の項目で、「本業への貢献」を漏れなく検討することができます。また、「拡大シナリオ」と「事業リスク・撤退シナリオ」において、「見ざる:無理のある計画に目をつむる」の問題回避の策を考えておくことができます。

 さらに、顧客への提供価値を真ん中に据えて常に意識することで「聞かざる:顧客の声を聞かずに当初プランに固執する」問題に対処します。最後に、重要な意思決定ごとにキャンバスを記録しておくことで「言わざる:リスクを経営層に言わずにリリース直前に揉める」の問題を回避します。

 従来のビジネスモデルキャンバスも強力なツールですが、企業内での新規事業開発をしやすいように調整しています。そして、キャンバスを描くことを楽しみながら、事業開発へのチャレンジを前向きに続けていただければと思います。

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最終更新:4/29(月) 19:02

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