幸せの国ブータンの食卓で見た「幸せの現実」、ブータン人が「毎日同じ夕食でも幸せ」と話す深い意味

5/27 10:02 配信

東洋経済オンライン

あるときはキューバの家庭の台所に立ち、またあるときはブルガリアでヨーグルト料理を探究して牧場へ向かう。訪れた国と地域は25︎以上、滞在した家庭は150以上。世界各地の家庭を巡りながら一緒に料理をし、その土地の食を通じて社会や暮らしに迫る「世界の台所探検家」の岡根谷実里さん。今回は「幸せの国」ブータンの台所からお届けします。

■国民の約5割が「とても幸せ」「かなり幸せ」

 「幸せの国」というから、作物が豊富にとれ、物質経済に執着せず、いつもみんなにこにこで生活の不安もなく生活しているんだと思っていた。ところが、一緒に生活したらすぐに、そんなのは勝手な憧れだったと気付かされた。

 その国は、ブータン。「幸せの国」と呼ばれるようになったのは、国の開発指針として経済指標のGDPではなくGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)を掲げているためだろう。2022年に行われた調査では、主観的幸福に関して「とても幸せ」「かなり幸せ」と答えた人は48.1%で、2010年と比べて7.2%も増加した(「まあまあ幸せ」を加えると9割を超える)。

 ところが生きるのは決して楽ではなく、厳しい自然環境の中で食事はワンパターン、食料は輸入に頼り、稼ぐために若者の海外流出が激増していて、私たちの社会と変わらぬ喜びや悲しみがあった。

 一体何が「幸せ」なのか。ブータンという国家が目指す幸せとは何か。食のシーンを通して考えてみたい。

 訪れる家庭は、首都ティンプーから60キロほど、Wangdue Phodrang(ワンデュ・ポダン)という地方に住んでいる。ヒマラヤの山中にある国ゆえ、緑の山岳風景は美しいのだけれど、道はひたすらくねくねでジェットコースター並みの悪路。そろそろ酔うと思った時、村に到着した。

 お世話になる夫婦は、棚田に入って草取りをしていた。2人は、他の多くの家と同様に農業で生計を立てている。棚田の草取りをし、牛の餌となる草を刈り、キノコを採りに行き、牛の乳を搾る。

 畑の唐辛子は自家用兼収入源なので、収穫期には盗まれないよう畑の隅に建てたテントで夜の見張をする。牛の生乳がたまったらバターとチーズを作り、食事の後には庭で皿洗い。のどかな農村風景に見えて仕事は無限にあり、休む間はない。

 この時は夏休みで大学生の子どもたちが手伝いに来ていたが、普段は2人だけですべての仕事をする。一緒に仕事をしながらいろんな話をして、その中で父さんに「幸せって何?」と聞いてみたが、あまりに浮いた質問で困った顔を返されるばかりだった。

■「いつも同じ夕飯も幸せ」

 さて、帰宅して食事だ。一家の台所で生まれる料理はきわめて簡素で、「青唐辛子と何かをチーズで煮て、それをおかずにご飯を山盛り食べる」が基本形。少量の辛いおかずで山盛りのご飯を食べる。みんなおかわりする。

 1日の終わり、家族と床に丸く座り、青唐辛子チーズ煮(エマダツィ)をおかずに山盛りのご飯をかき込み終えると、なんだかもうそれだけで充足した気持ちだし、それ以上何かをする余力もない。スマホいじりをする気力も意欲もなく22時には寝落ちする。

 ある日の夕飯を食べていた時。父さんが、思い出したように「これも幸せの1つだよ」とぽつり言った。「幸せも、不安も、妬みも、すべては自分の中にあるものだ」。

 日を重ねる中で少しだけわかってきたのは、「幸せの国」と言えども人々は底抜けにハッピーで不安がないのではなく、足るを知るというか、あるものに満足し、幸せを感じるのが上手だということ。静かに満ち足りて幸せを感じる、このメンタリティはどこからくるのだろうか。

 自らの体験および文献に書かれていることを集約すると、おおむね以下3つになる。

 ① 仏教に根ざす「執着しない」思想
② 地形的・政策的閉鎖性
③ 自国文化や伝統を重んじる教育・政策

■経済的な豊かさを追い求めすぎない

 ① 仏教に根ざす「執着しない」思想

 ブータンは、仏教を国教とする。人々は非常に信仰深いとされるが、確かに信仰は生活の隅々に浸透している。山道にはカラフルな仏教旗がはためき、寺によく行くし、普通の家にも寺の役割の一室がある。

 ブータンにおける仏教思想で重要な概念として、京都大学の熊谷誠慈准教授は「輪廻」を挙げている。輪廻とは、苦しみに満ちたこの世で生まれ変わりを続けること。仏教に基づく究極的な幸福は、この輪廻を外れた「涅槃」に至ることであり、これこそがブータン仏教徒たちの目指す最終目的地であるとされる。

 地位や富や名誉は、現世において確かに重要だ。それを認めた上で、ただし究極的なものではなく、それを追い求めると執着を生んで逆に不幸になると言う。

 これをGNH的文脈に置いてみると、「経済的に豊かになることは大事でないとは言わないけれど、それだけを追い求めてガツガツするときりがないし決して満たされることはないから、物質的なことばかりに執着せず精神の平穏を目指そう」と言い換えられる。

 ②地形的・政策的閉鎖性

 ブータンを地図で見ると、険しいヒマラヤの山中にあり、北は中国と南はインドという2つの超大国に挟まれている。しかもチベットと接する中国側国境は、ダライラマ14世亡命以降閉じていて、現在はインド側が唯一の陸路国境だ。簡単に行ける土地ではないこともあり、外界と隔離されてきた。

 地形的な閉鎖性に加えて、政治的にも1970年代まで鎖国政策をとっていた。外国人が旅行できるようになったのは1974年、インターネットとテレビが解禁されたのが1999年。最近だ。

 鎖国政策の目的は、強大な隣国からの影響を避け、自国固有の文化や伝統を守ることであった。この政策から転換したいまも、公式な場では伝統衣装を着用し、一般家屋も伝統的な建築様式を守り、学校では国語であるゾンカ語を教えることが義務付けられている。

 これをGNH的文脈に位置付けると、「比較するものがなければ、限りない欲望にまみれることもなく、満足を感じやすい」と理解できる。皆がゾンカを着て、エマダツィを食べて、伝統家屋に住み、衣食住すべて同じようだったら「もっと豊かになりたい!」などと思う機会もないだろう。

 ブータン研究を長年行ってきた今枝由郎氏は、ブータン人気質を「かつて一度も外国の支配下に入ったことがなく、頑なに鎖国を続けてきたために、外国人に対して何らの偏見もコンプレックスも持たない。自尊心を失うことなく、かといって肩肘張ることもなく、ブータン人はあるがままにブータン人自身である」と記している。

■GNHを形作る「4つの柱」

 ③ 自国文化や伝統を重んじる教育・政策

 GNHは単なる思想や哲学ではなく、政策だ。GNHに基づく政策には4本柱がある。しばしば「ブータンは幸福を追求し、経済発展を重視していない」と言われるが、これは正確でない。①で述べた通り、経済発展の重要性も認めており、GNH1つ目の柱は「持続可能で公正な社会経済発展」だ。

 2つ目の柱「文化保存」は、ブータン人としての誇りとアイデンティティを持てることが幸福につながる、という思想に基づくもので、②で述べた伝統衣装の着用やゾンカ語教育などが該当する。食もアイデンティティの1つであることは言うまでもない。「国民料理」というものは世界各地で国民統合の象徴として使われてきた歴史があるが、エマダツィもそうなのかもしれない。

 GNHという概念を提唱したのは、第四代国王だ。初めて口にしたのは1979年にキューバで開かれた非同盟諸国首脳会議でのことだそうだが、その国王と親しかった今枝由郎氏が、2004年7月に面謁したときにGNHについて国王が語られた話として以下を記している。

国として、経済基盤は必須であり、ブータンも当然経済発展は心がけている。しかし仏教国としては、経済発展が究極目的でないことは、経済基盤が必須であることと同様、自明のことである。そこで仏教国の究極目的として掲げたもの、それがGNH「国民総幸福」である。(中略)この充足感を持てることが、人間にとって最も大切なことである。私が目標としていることは、ブータン国民の一人一人が、ブータン人として生きることを誇りに思い、自分の人生に充足感を持つことである。

  ブータン 変貌するヒマラヤの仏教王国(今枝由郎著、大東出版社)

 生きることを誇りに思い、自分の人生に充足感を持つこと。まさに、田舎の村で出会ったエマダツィ続きの食卓、そのものだ。「今日もいっぱい働いた、ご飯とエマダツィがうまい」と充足感と誇りを感じて生きられたら、毎日違う料理を作らなければと自分にプレッシャーをかけたり、料理のバリエーションに不満を感じことなく、充たされるのではなかろうか。

■進歩する社会と変化する幸せ

 しかし、ブータンも変化してきている。

 インターネット解禁以降の急速な情報化。インドからの輸入増大。コロナ禍以降はオーストラリアに出稼ぎに出る若者が急増し、2022年7月からの12カ月間で1万5552人のブータン人が豪州就労ビザを得た。これは人口70万人強の国にとって大変な人数で、頭脳流出・労働力流出が深刻な懸念となっている。国際化と情報化の時代、山で外界から閉ざされたヒマラヤの小国でも、外界と関わらず独自路線で生きていくことはできないのだ。

 知ってしまったらエマダツィだけでなくピザも食べたいし、触れてしまったらiPhoneがほしい。スナック菓子はかっこいいし、出稼ぎに行っている親戚が語る食事はバラエティ豊富だ。急激な社会変化の中、旧来的な価値観と流れ入る価値観の間で、苦しみながら道を探している。

 最後の日に空港に送ってくれた若者は、ブータンを誇りに思いながらも「もっと稼げるしみんなが行くから僕も行く」とオーストラリアへ移住を決めた。胸に渦巻く複雑な気持ちは言葉に結実せず、彼が彼なりの幸せを見つけることを願う他なかった。

 私も足るを知るで生きられたらいいなと思うけれど、情報がこれだけ入ってくる時代にどうして「ああこれで満足」と思えるだろうか。特に食に関して言うと、日本ほど諸外国の料理が家庭で作られる国もめずらしい。あれもこれも作りたい、昨日と違うものを作らなきゃ。「今日もご飯と味噌汁で満足」と思えたらいいけれど、知らなかった時にはもう戻れない。おいしそうなレストランの料理写真を見たら「あのお店行ってみたい」と思う。

 情報化社会は、幸せを感じにくいのかもしれない。かと言ってスマホを手放したらそれはそれで非常に困るし、難しい時代だ。

参考文献:
熊谷誠慈, ブータンにおける仏教と国民総幸福(GNH)(<特集>しあわせと宗教), 宗教研究, 2014, 88 巻, 2 号, p. 263-290
今枝由郎, ブータン 変貌するヒマラヤの仏教王国, 大東出版社
The Australia Reality, The Bhutanese, Jul 2023

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/27(月) 13:54

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング