円安を嫌うトランプ氏、大統領に返り咲いてもドル円は思い通りにならない《楽待新聞》
日本時間11月6日に開票された米大統領選挙はトランプ氏再選という結果で幕を閉じた。
結果の確定に伴いドル/円相場は一時154円台に到達、6日の日経平均株価は一時、前日比+1000円を突破し4万円を臨む時間帯も見られた。
これらは概ね事前にそうなるだろうと言われていた通りの取引であり、この点で2016年のトランプ氏当選の時とは雰囲気が異なる。当時は「トランプ氏勝利でリスクオフの円高が進む」という事前観測が跋扈していたものの、実際は今回見られたようなリフレ(財政拡張・金融緩和)トレードが市場を席巻した。
8年前の経験が学習され、再現されている印象は強い。8年前、トランプ氏は得体のしれない存在であったが、今回はある程度、知見があり、それが生かされているとも言える。
もっとも、選挙直前・直後の相場反応やこれにまつわる解説の類は水物であり、深追いは禁物である。第二次トランプ政権の発足は来年1月であり、それまでにさまざまな情報の更新は重ねられるだろう。
よって現時点では確実に言えそうなことを論点整理し、各政策に伴う大まかな方向感だけ頭に入れておくにとどめたい。
■トランプ氏のポリシーミックス
現時点で判明しているトランプ大統領の主要政策とこれにまつわる物価・金利・為替の方向感をまとめてみた。
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実際に政権が発足してみなければ、トランプトレードとも言われるリフレトレードが適切だったのかどうかは分からない。
だが、一瞥する限り、インフレ誘発的な政策が多く、結果として米金利上昇とドル高が想起されるものが多いのは間違いない。
あえて言えば、トランプ氏は気候変動対策と称して化石燃料の供給制約を無為に強めることはしないのだろう。この点はエネルギー価格を押し下げ、ディスインフレ的とも想像される。
また、毎度お馴染みの債務上限問題についてはトリプルレッドを前提とすれば市場が嫌う不透明感の長期化はないのだろう。よって、それ自体は「悪い米金利上昇」を回避する材料とも言えるかもしれない。
ただ、この点は解釈が判然としない。債務上限問題が用意に通ると仮定すれば、「拡張財政に振れやすくなる」という解釈にもなり、それ自体をインフレ誘発的だと理解することもできる。現時点で予断を持つべき論点ではない。
なお、金融政策と為替相場に関連しては支離滅裂な情報発信も多いトランプ氏だが、財政政策における減税、通商政策における追加関税、そして社会政策としての移民排斥といった論点については姿勢が一貫している。
■「関税男」の標的になる日本の自動車産業
説明するまでもなく、いずれも確実にインフレ誘発的な政策だ。
特に追加関税についてはトランプ氏本人が「tariff man(関税男)」を自認しており、今回も気合いを入れて打ち込んでくるのは間違いない。
追加関税に関し、現時点で分かっている情報によれば、対中国では60%、それ以外の世界全体では10%の一律関税(universal baseline tariff)を課すことが表明されており、メキシコ経由で輸入される中国車に至っては100%という案も見られてる。
対中関税はその他外交政策とセットで可変的な部分も多く含むだろうが、「世界全体に対する10%の一律関税」はトランプ氏が早めに表明してきた案でもある。実施可能性は相応に高いと構えておくべきだろう。
例えば、日本の対米黒字の大半を占める自動車に対する関税は現行では2.5%だが、これが12.5%まで引き上げられるケースが想定される。
貿易相手国の通貨安と対米黒字を目の敵にしているトランプ氏にとって、追加関税は稀少な実効性のある政策ツールであり、日本の自動車企業にとっては重大な関心事と言わざるを得ない。
ちなみに対中関税60%と世界一律10%関税を加重平均すると、米国が対外的に課す税率は現行の約2~3%から約17%まで上昇するという試算もある。
輸入財に賦課された追加関税はそのまま米国の民間部門が支出するわけだから、同国の一般物価水準も当然、押し上げられる。
以上のようにラフに考えただけでも、それを日本株の上昇要因と見なすのが正しいかどうかはさておき、大統領選の結果判明直後の為替市場におけるドル高・円安は極めて真っ当なアクションと評価できる。
なお、10月29日時点のIMM通貨先物取引において円の対ドルポジションが▲20.2億ドルと8月6日以来、約3か月ぶりの売り持ちに転じていることも、トランプトレードの一環と解釈すれば合点はいく。
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付け加えておくと、ここから先の円安相場は投機的な円売りの色合いも強まるため、その巻き戻しによる急激な円高の可能性を常に考慮する必要がある。
現状、トランプトレード一色ではあるものの、筆者は150円割れの円高相場というのは年内に起きても不思議では無いと思っている。
もっとも、150円が140円になろうと130円になろうと、「それを円高と呼ぶのか」という根本的な疑念を多くの日本人は持つだろう。
2022年3月に110円付近から始まった円安相場は気づけば随分と遠くに連れて来られてしまったと言わざるを得ない。
■ナローパスにはまるFRB
トランプ前政権同様、金融・通貨政策に関して言えば、トランプ氏はリフレ(金融緩和)的要素が色濃い政策を展開しながら低金利やドル安への志向を吐露するという支離滅裂な言動を繰り返すことが予想される。
しかし一方、上述するように、最終的には拡張的な財政政策や輸入単価を引き上げる通商政策、労働需給をひっ迫させる移民政策などが相まって、米国経済の一般物価はどうしても加熱しやすいはずであり、通貨・金融政策はこれらの政策に対して事後的に決まるに過ぎない。
この点が重要である。トランプ氏が低金利やドル安を希望しても実体経済がそれを許すかどうかは別次元の話だ。
トランプ氏の希望するポリシーミックスが実現すれば、米金利とドルの相互連関的な上昇は発生しやすく、ハト派(金融緩和)路線を歩み始めたばかりのFRBの政策運営がナローパスを強いられる恐れはかなり高い。
極端なシナリオとして「不況下の物価高(スタグフレーション)」も警戒を要するだろう。
前回政権の教訓を踏まえれば、トランプ氏の政策でインフレが収まらないのに、パウエルFRB議長が(利下げをしないことに対して)トランプ氏から叱責を受けるという滑稽な構図は如何にも予見されるものである。
■トランプ氏が癇癪を起しても円安は修正されようがない
金融市場ではどうしても短期筋による価格変動が話題になりやすいが、日本経済にとって現実的な問題はやはり追加関税問題である。
多額の対米貿易黒字を抱える日本の円安修正がままならない現実を前に、トランプ氏が着想するのは「追加関税でこらしめる」という結論だろう。
いくらトランプ氏が円安批判を展開しても、日米金利差が大きいまま放置され、日本全体の外貨需給構造が脆弱な現状では円安は修正されようがない。
円安に癇癪を起こしたトランプ氏は何を思うだろうか。対米黒字を力業で削り取るアクションを考える可能性は高い。もしくは「それ(追加関税)が嫌なら対米投資を増やせ」というトランプ前政権と同様の要求が予想されるだろう。
だが、前政権時代にも何度も議論された点ではあるが、日本は雇用・賃金のいずれにおいても多大なる貢献を果たしている国の1つであり、とりわけ自動車産業の直接投資が大きいという事実がある。
製造業に限って言えば、日本が最大の貢献国になってきたという歴史がある。
米商務省のデータをみると、日本企業の米国経済への貢献の大きさは議論の余地がない。
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この点に安倍元首相がトランプ氏に正面から説いたこともあり、今後の政府・与党においても同様の働きかけを期待する話である。
もっと言えば、過去に何度も論じてきた通り、日本企業による対米国を含めた海外直接投資収益のうち、その半分近くは日本へ回帰せずに現地で外貨のまま再投資されている現実がある(統計上は再投資収益として第一次所得収支黒字を押し上げている)。
統計上は黒字だが、キャッシュフロー上は黒字ではない…いわゆる筆者が提唱してきた「仮面の黒字国」問題である。
「仮面の黒字国」の実利を享受するのは統計上の黒字を誇る日本ではない。あくまで投資受け入れ先の国(この場合は米国経済)が恩恵を享受するのである。
もちろん、投資主体(この場合は日本企業)も高利益を実現するが、その利益は現地に再投資されてしまうので投資主体が所属する本国(この場合は日本経済)は恩恵が乏しいのである。
投資受け入れ先の国はそこから雇用創出効果などを享受できるし、賃金上昇という恩恵もあったと考えられる。片や、日本は経常黒字を抱えていても通貨安によりインフレを輸入するような状態に悩んでいるのは周知の通りだ。
◇
トランプ氏は恐らく貿易収支に着目した上で、対米黒字の大きさに文句を言うだろう。
しかし、貿易収支を含めた経常収支(第一次所得収支黒字はここに入る)まで視野を拡げれば、米国も日本から相当の実利を享受しているのは明らかである。
むしろ、日本政府においては、米国から称賛されることはあっても非難される筋合いはないという事実を、数字と共にトランプ次期政権に説いて欲しいと思う。
唐鎌大輔/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
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最終更新:11/9(土) 11:00