和田秀樹「競争なんてしなくていい」で育つ子どもの不幸 学校では「勝ち負け不要」でも実社会は競争だらけ

11/3 12:02 配信

東洋経済オンライン

「幼児教育でもっとも大事な点は、子どもにどう向き合うかという親の意識」ーー。長年、受験指導にあたり、教育に関する書籍を多数出版してきた精神科医の和田秀樹氏は、変化の激しい時代・正解のわからない時代において、子どもたちをどのように育てるか、という点を、さまざまな視点から論じてきました。
本記事では、和田氏の著書『5歳の壁: 語彙力で手に入れる、一生ものの思考力』から一部を抜粋し、競争を避けたがる保護者の増加など近年の風潮と、そのことによってどのような影響があるかについて考えていきます。

1本目:「東大を出れば安泰」ではない時代に必要な教育
2本目:「褒める・叱る」子どもの未来を育むバランスの妙

■「やさしくて性格の良い子」に安心する保護者

 子どもたちの受験指導をしていて感じるのは、最近の保護者には非常に神経質になっている方が多いということです。

 最近では我が子が自信過剰だとか、負けん気が強いと人から思われることを恐れている親御さんも少なくありません。やさしくて性格の良い子だと言われると、安心する親も多いです。

 また、我が子が友だちに勝ったことで得意になっていたり、負けたことを悔しがったりすると、「性格が悪いって言われるから、そんなことは言ってはいけない」とか「あまり勝ち負けを考えない方がいいよ」などと言って、負けん気の強い子を潰してしまう親もいるようです。

 しかし、負けん気が強いというのは、実はとても大切な特性なのです。

 子ども時代から何かあったらすぐに自信をなくしてやる気をなくしてしまうようでは、これから先の長い人生を生き抜いていくことは難しくなります。「絶対に自分は負けない」「負けてたまるか」という強い気持ちが、この先に待ち受けているかもしれない困難を乗り越える原動力になるのです。

 もちろん、勝つためには何をしてもいいという考えはよくありませんが、根底に「人に勝ちたい」「負けたくない」という気持ちがなければ、子どものやる気は育ちません。ましてや格差社会が進む社会では、負けん気の強い方が「何とかして生き延びよう」という力が高くなるのは確かです。

 ですから、我が子の負けん気が強くても親御さんは気にする必要はないと思います。

 日本というのはダブルスタンダードな社会です。今の学校では傷つく子どもを減らそうという意図から、競争が極力避けられるようになっています。

 そのため学校では「競争はしなくていい」「勝ち負けは不要」などと言われて育ちますが、実際に社会に出たらそうはいきません。

 学歴による選別が行われ、社会に出た後も競争を強いられます。そこで負ければ叱責されたり、減給されたり、リストラされることもあります。競争なんてしなくていいと言われて育ってきたのに、実際には超競争社会。それが今の日本社会です。

 言葉は悪いですが、それは大事なペットとして育てた動物をジャングルに放つようなものと言えるでしょう。子ども時代は絶対に傷つけないような配慮をされていた子どもが、いざ社会に出てうまくやっていけると考えるのは甘い考えなのではないでしょうか。

 子どもが大人になってからジャングルの中でもたくましく生き延びてほしいのであれば、多少は競争に慣れさせて育てたほうがいいと考えています。

■社会に出てから困るのは子ども

 それから親御さんの懸念という意味では、負けん気が強い、あるいは自信の強い子どもの場合、我が子が周りから嫌われてしまうのではないかと気にする親御さんも多いのですが、よほど極端な子でなければ、社会に出ると性格が丸くなっていくものです。

 たとえば、レベルの高い学校に入ると、自分よりも成績のいい人がたくさんいることを知って「これはまずい」と危機感を感じます。

 社会人になって現実を見れば、自分の足りなさに気づくこともあります。

 私自身もそうでしたが、社会経験を積むことによってどんどん角が取れていく人も多いです。社会で成功して恵まれた環境にいるうちに気持ちの余裕が出てきて、性格が鷹揚(おうよう)になっていく人も少なくありません。

 その反対に、「競争なんてしなくていい」「やさしければいい」と言われ、最初から勝負することをあきらめて育った結果、社会に出てみたら、自分の希望する職に就けないし、待遇のいい企業にも入れないという現実を知って絶望し、世間や社会に対して不満を抱くようになる可能性もあるのです。

 自分に自信を持てないせいで社会でうまくやっていけないという人も、精神科医としてたくさん見てきました。

 競争なんてしなくていいと言われて育った結果、社会に出てから競争社会の厳しい現実に直面する。それは、ある意味では不幸と言えるのではないでしょうか。

 もちろん、その子ができないのに、厳しい競争を強いて苦しい思いをさせるのはよくありません。そのためにも、親は小さい頃から子どもの得意なことを見つけて育て、子どもに自信をつけさせる必要があるのです。

■子どもの「負けん気」は伸ばしてあげて

 とはいえ、子どもの気質というのはそれぞれに違います。

 人に負けたら悔しいという感情を素直に表に出す子と、それほど出さない子がいます。また、表には出さないだけで悔しさを内に秘めている子もいますし、そもそもあまり悔しいと思わない子もいます。

 しかし少なくとも、家でも親が「競争なんてしなくていいよ」と言っていたら、子どもの負けん気は育ちません。むしろ私は、子どもの負けん気のタネを見つけたら、どんどんそれを伸ばしてあげた方がいいと思っています。

 たとえば子どもが「あの子には負けたくないな」と言ったら、親は「その気持ちは大切だよ」と子どもを応援してあげて、勝ったら一緒に喜んであげる、負けたら一緒にどうして負けたのか、次はどうしたらいいかを考えればいいのです。

 近年は、日本の国際競争力の低下が問題となっていますが、子どもの頃から競争を回避させるような教育が進めば進むほど、そうした傾向が進むのも当然です。

 たとえば、2024年のIMF(国際通貨基金)による世界の1人当たり名目GDP(国内総生産)ランキングでは、日本は38位。ついに、韓国(35位)や台湾(34位)にも抜かれ、3年連続で過去最低ランクを更新しています。

 他の先進国や新興国と違い、日本だけが数十年にわたって成長していないというのは異常な事態といえるでしょう。成長が停滞しているどころか、現在の円相場は1ドル160円を超えています(2024年7月1日時点)が、急速に進んだ円安は日本の競争力が急激に低下していることを示しています。

■科学の世界でも競争力が低下

 科学の世界でも、日本の競争力の低下が指摘されています。

 文部科学省の「科学技術指標2023」によると、注目度の高い論文数ランキング(引用回数の多い論文数の比較調査。論文の注目度と質を表す指標として用いられている)で、2005年まで世界4位をキープしていた日本は年々順位を落とし、2023年の発表では13位になりました。

 これはデータが残っている1981年以降でもっとも低い順位であり、人口が半分の韓国(10位)より下回りました。ちなみに、中国は日本と反対にどんどんランクを上げ、2022年からは2年連続で1位です。

 「人に勝つこと」「貪欲に学ぶこと」を良くないことと考える社会では、やはり国としての競争力も伸びていかないのも当然ではないでしょうか。

 精神分析学者のコフートが言うように、本来、子どもには人から褒められたい、認められたいという野心があります。その野心を満たしてあげることで、子どもの健全な自信や負けん気を育てることが大事なのです。

 「人に負けたくない」という気持ちは、人間として自然な感情です。その自然な感情を親が支え、育てることで、子どもの内面からやる気が湧き上がってきます。

 子どもの負けん気や自信を育てることは決して悪いことではないし、子どもの成長につながることなのです。

東洋経済オンライン

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最終更新:11/3(日) 12:02

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