宇宙のどこかに人間みたいな生命体がいる必然 宇宙物理学者・佐藤勝彦×生物学者・福岡伸一

4/29 17:32 配信

東洋経済オンライン

「生命とは何か」という根源的な問いに向き合い、生命理論「動的平衡」を唱える生物学者・福岡伸一さんが文学、芸術、建築、芸能、宇宙物理学など、さまざまな分野の第一人者と対談した『新版 動的平衡ダイアローグ: 9人の先駆者と織りなす「知の対話集」』。

このうち、宇宙物理学者の佐藤勝彦さんと『「知的生命体」が宇宙にいるのは必然か』をテーマに対談した様子を同書から一部を抜粋、再編集し、お届けします。

■「それ」は地球の生命に似ているか

 福岡 佐藤さんはご著書のなかで、地球外生命は存在するのかという問題を取り上げられておられますよね。この分野にとくに関心がおありなんですか。

 佐藤 私自身がそうした研究を進めているわけではありませんが、「宇宙における生命」についての研究は、今後大きく発展していく新しい分野だと思っているんです。

 天文学、生物学の境界領域であり、少数ではありますが、それぞれの分野の研究者がこの問題に取り組んでいます。幸い、私が機構長を務めている(対談当時)自然科学研究機構には、天文学と生物学、それぞれの研究所があります。

 ですから、「宇宙における生命」の研究を応援し、強化していくことは、私たちの責務だとも思っているんです。

 福岡 2010年にNASAの宇宙生物学研究所の研究グループが、「カリフォルニア州のモノ湖で、リンの代わりにヒ素を使って生命活動を行う細菌を発見した」と発表して、大きな話題になりましたよね。

 リンは地球の生命体を構成する主要元素の1つですが、それを使わずに生きられる細菌がいるなら、リンのない天体にも生命が存在できることになる。

 これが事実なら、今後の地球外生命の探索にも影響を与えるのでは、といわれました。

 その後、この発表には信憑性を疑う批判が相次いで出たわけですけど、宇宙における生命を考える場合、地球の生命体のようなものを想定するのか、あるいは、まったく異なる生命形態も含めて探るのか、2つの道があると思います。そのあたりはどうお考えですか。

 佐藤 そうですね。まず、いま自然科学研究機構の国立天文台が中心になって進めているのは、太陽系外の惑星、とくに水が液体で安定して存在できるハビタブルゾーン(生命居住可能領域)にある惑星を探す研究なんです。

 さらにそこから、それらの惑星を詳しく観測して、生命の有無を探っていくことになるでしょう。その際、初めはいま知られている唯一の生命体である地球型の生命を探すことになるはずです。

 福岡 まずは、宇宙における生命体を、地球型生命体のバリエーションとして考えるわけですね。

 佐藤 ええ。しかし、もちろん、それだけでは終わらない。私たちの知る地球の植物は太陽光を使って光合成を行っていますが、例えば、恒星にはいろんな種類の星があり、太陽より少し小さい星は太陽より温度が低く赤みを帯びています。

 その周りを回る惑星には、地球の植物とは大きく異なるメカニズムで光合成を行う植物も存在するかもしれません。しだいにそういうところまで、探査の対象を広げていければと思っています。

■宇宙はここ以外にも無限に存在する

 佐藤 私自身は宇宙論の研究者なので、本当はいろいろな生命体を考えたいんです。事実、宇宙科学者は、これまでにさまざまな地球外生命を発想してきました。

 たとえば、私たちのように化学反応ではなく、原子核反応によって生命活動を行うもの。有機物の代わりに、プラズマ状態にある無機物で構成される生命体。

 フレッド・ホイルというイギリスの天文学者が1957年に発表した『暗黒星雲』というSF小説では、暗黒星雲そのものが知的生命体として描かれています。

 奇想天外にも思えますけど、ホイルは、恒星の内側で炭素や酸素などの元素が合成されることを明らかにするなど、数々の功績を遺した天才的天文学者で、この物語もある程度、科学的根拠のある話です。

 あるいは、アメリカのダイソンという物理学者が……。

 福岡 ああ、フリーマン・ダイソンですね。

 佐藤 現在の物理学では、質量をもった物質はやがて崩壊し、電子やニュートリノや光になるといわれますが、ダイソンは、そのように物質が消え去った後でも、新たな生命が生まれてくる可能性はあると述べています。

 そして、人類自体が宇宙生命体となり、太陽系を越え、はるか銀河系にまで広がっていくだろうと。

 将来的には、そのあたりまで生命への洞察を拡大できれば素晴らしい。さらにその上には、「人間原理」という概念がありますけど。

 福岡「この宇宙の物理定数が、ちょうど人間の生存に適した値になっているのはなぜか」という問題ですね。

 佐藤 ええ、宇宙はなぜこんなにうまく、人間が生まれるようにデザインされているのか。「デザイン」というと、ちょっと怖いですが(笑)。

 福岡 佐藤さんはそれをどう説明されますか。

 佐藤 私たち物理学者は、それをマルチバース(多宇宙)という概念で説明できると考えています。これは、私たちがいる宇宙の他にも、宇宙が無限に存在するという考え方ですね。

 私が1981年に「インフレーション理論」を発表したときも、1つの宇宙から多くの宇宙が次々に誕生するという論文を書きましたが、最近はその部分の理論が大きく進歩し、それらの宇宙では、物理法則までがそれぞれに異なると考えられています。

 この考えのもとにあるのは、物質の基本要素を、粒ではなく、ひも状の存在とする「超ひも理論」です。

 私たちがいる空間は、縦、横、高さのある3次元空間ですけれど、この理論に従えば、その周りには10次元の宇宙が広がり、そこには2次元や5次元の宇宙空間も存在していることになります。

 さらに、「超ひも理論」をベースに発展した最新の仮説では、3次元空間に閉じ込められた私たちには単にそれらが見えないだけで、物理法則も次元も異なる宇宙は無限に存在するといわれています。

■「宇宙は10の500乗存在する」

 福岡 「人間原理」では、この宇宙が人間に適して見えるのは、「まさに私たちがそこにいるからだ」といいますよね。

 佐藤 そうです。スタンフォード大学の物理学者で、この分野の権威であるレオナルド・サスキンドは「宇宙は10の500乗存在する」といっています。

 仮にそれだけ多くの宇宙が多様な物理法則をもつとすれば、そのどこかで知的生命体が生まれているかもしれない。その生命体は、私たちと同じように、自分のいる世界はじつにうまくできていると感じているはずです。

 つまり、認識主体がいるからその世界が存在するので、主体がいない宇宙はそもそも認識されない。誰も質問する人がいないので。

 福岡 質問する人がいない(笑)。質問が生まれるような宇宙なら、つじつまが合うのは当然だということですね。

 佐藤 しかし一方、物理学者としては、「多様な物理法則」という考え方に対してフラストレーションもあります。物理学者は、この世界を総(す)べる物理法則は、必然的にたった1つに定まっていると信じたい。

 その信念のもと、究極の法則を探り出すことに、最大の喜びがあるんです。

 福岡 そこにイデア(理念/観念)のようなものを見ているわけですね。

 佐藤 もちろん、すべての人がこうした考え方に同意してくれるわけではありません。

 以前、ある生物学者の方からは、「物理法則なんてそれほど大仰なものじゃない。地球に人間が生まれたのはたまたま環境がそれに適していたからで、物理法則もそういう環境因子の1つに過ぎないよ」といわれました(笑)。

■恐竜が知的生物になった可能性もある

 福岡 じつは、こんな思考実験があるんです。

 私たちのいるこの宇宙の歴史はおよそ138億年、そのうち地球の歴史は46億年、さらに、地球に生命が誕生してから38億年がたったといわれます。つまり、生命は、地球誕生の8億年後に生まれたことになる。

 では、その8億年の歴史が、さまざまな環境条件を含めてまったく同じように再現され、繰り返されたとき、同じ進化のプロセスをたどって、いまと同じ人間が生まれてくるだろうか。

 私は、生まれてこないと思うのですが。

 佐藤 私も、生まれないと思いますね。よく、いまから6550万年前に地球に巨大隕石が落ち、それによって恐竜が滅んだために、哺乳類が知的生物へと進化したといわれますよね。

 しかし、あの時期にあの隕石が落ちたのは、極めて偶然です。隕石が落ちず、人間の代わりに恐竜が知的生物になった可能性すらあると思います。

 福岡 私は、同じ環境が再現されれば同じ結果がもたらされるというのは、イデアを求めすぎる考え方ではないかと思うんです。

 同じ条件で隕石が落ちても、一部の恐竜は生き残ったかもしれないし、その後に残った哺乳類もいまのように栄えなかったかもしれない。

 進化の過程にはさまざまな岐路が存在し、そのうちどれを選ぶかの選択には、偶然としか思えないことがたくさんあります。

 たとえば、私たちの体をつくるアミノ酸にはL体とD体という2つの異性体があって、地球の生物はすべてL体を使っています。

 そこに必然はなく、たまたま最初に誕生した生命がL体を選んだに過ぎない。同じ環境が繰り返されれば、次はD体が選ばれるかもしれません。

 そう考えると、同一の進化のプロセスは二度と繰り返されないと思えます。

 とくに西洋には、環境さえ再現されれば必ず人間が地球を支配するというある種のドグマ(独特の教義や教理)がありますけど、それはちょっと違うと思うんです。

 佐藤 そうですね。ただ、私自身は、知的生命体についてはもう少し別の見方ができると思っています。

 確かに進化の過程でたくさんのサイコロが振られることを思えば、2、3回の実験でいまと同じ人間が生まれてくるとは考えにくい。しかし、地球のような星が他に無数にあるとするなら、どこかで人間のような知的生命体が生まれることは、統計的に必然です。

 つまり、いま恐竜が知的生命体になったかもしれないと申し上げましたけど、ありとあらゆる場所にありとあらゆる生物が生まれ得るなら、そこには何らかの形で必ず知的生命体が含まれるはずです。

 その場合、それがわれわれと同じように、DNAから生まれる生命体である可能性も決して低くないのではないでしょうか。

■宇宙が広すぎて出会えていないだけ? 

 福岡 だとすると、私たちが地球外の知的生命体とまだ出会えていないのは、宇宙が広すぎるからでしょうか。

 佐藤 そう考えるのが、おそらく最も可能性が高いと思います。

 銀河系における恒星間の平均距離は、およそ3光年(1光年はおよそ10兆キロメートル)。一方、いま人間がつくれる最速の宇宙船の速度は、光速の0.1パーセントにも満たない。これでは、隣の星へ行くだけで何万年もかかります。

 おそらくこうした距離が、お互いの邂逅を妨げているのではないか。しかし、電波などの調査で今後も知的生命体の存在が確認できないとなれば、その理由をもっと深刻に考えないとなりません。

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最終更新:4/29(月) 17:32

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