3月モスクワのテロ事件はイスラム国の仕業だ!

3/29 17:02 配信

東洋経済オンライン

 2024年3月22日に、モスクワ郊外のコンサートホールで140人以上の死者を出す銃撃テロ事件が起きてから約1週間が経過した。事件発生を聞いた瞬間、筆者の脳裏に、ある生々しい情景が浮かんだ。

 1999年9月半ば、モスクワの巨大アパートで起きた爆破テロの現場の情景だ。当時、共同通信モスクワ支局長だった筆者は現場に足を踏み入れた瞬間、息を飲んだ。

■1999年のテロ事件

 大きなビルの一角が上から下まで、ナイフでケーキの一部がきれいに切り取られたように、そこだけ完全に崩壊していたからだ。100人以上の住民が死亡した。

 当時この事件を含めモスクワなど各地で4件の爆破テロが起き、計300人以上が死亡し、ロシア社会は騒然としていた。

 当時首相になったばかりのプーチン氏は、この一連の爆破事件についてチェチェンのイスラム過激派の仕業と断定。第2次チェチェン戦争を開始して、独立運動を力で抑え込んだ。これによって国民から圧倒的支持を受けたプーチン氏は翌年春、大統領選で初当選した。

 筆者はこの連続爆破テロ事件の真相について、旧ソ連国家保安委員会(KGB)のスパイだったプーチン氏が世論の支持を集めるために仕組んだ自作自演の謀略事件だったと当時も今も思っている。当時のロシア独立系メディアやモスクワにいた多くの西側記者仲間もそう思っていた。

 この連続爆破事件は、戦争やテロといった流血の事態を起こす一方で、国内では政治的安定をもたらしてきた「プーチン時代」の血なまぐさい幕開けを告げる出来事だったと言える。

 あれから四半世紀。今回のモスクワ郊外での銃撃テロ事件についても、当初、筆者はクレムリンによる自作自演ではないかとの疑いを持って情報分析を行った。

 事件直前に行われた大統領選で5選を決めたばかりのプーチン氏としては、テロへの恐怖を再度国民に植え付けることで、国内を引き締め、自らの求心力を高めるという25年前と同じ構図ではないかと疑ったのだ。

 しかし、情報を収集した結果、今回のテロは自作自演ではない、との判断に至った。すでに犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)の仕業と見るのが妥当だと考えている。

■ISとタリバン暫定政権との対立

 ISはアフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権との間で対立を深めている。ロシアは、そのタリバンにとって、数少ない事実上の「同盟国」と呼ばれており、ISが敵愾心を高めているからだ。

 ロシアを標的にした事件はすでに起きていた。2022年9月、アフガニスタン・カブールのロシア大使館前で爆発があり、ロシア大使館の職員2人が死亡。ISが犯行声明を出したのだ。ISは、プーチン政権がアサド政権側に立ってシリア内戦に軍事介入したことにも強く反発している。

 ある西側外交官は今回のテロ事件後、筆者に対しこう語った。「モスクワの事件がISの犯行であることは間違いない。それどころか、ISが世界各地で同様のテロを起こす可能性が出ている。アメリカ本土でも起きることを心配している」。

 この外交官の発言の背景には、当然ながら、アメリカのバイデン政権がISによるテロ準備の動きを把握していたことがある。この事件が起こる直前、2回にわたってロシア政府に海外の過激派によるテロが起こる可能性を伝え、2回目ではISの可能性も伝えていたといわれる。

 なぜウクライナ侵攻でプーチン政権と間接的に軍事的に対峙するバイデン政権が、テロ切迫の情報をモスクワに伝えたのか。それは、外国で犠牲者が出るような危険なテロが切迫しているとの情報を入手した場合、アメリカ政府は当該の外国政府に通告するという原則を定めているからだ。

 このため、アメリカは対立するイランに対しても、2024年1月、イラン国内でのテロ情報を伝えている。

 ロシア政府はこうしたアメリカの外交原則を承知していた。前例がすでにあったからだ。2019年12月、プーチン氏はロシアでのテロ情報が提供され、事件を未然に防ぐことができたと当時のトランプ大統領に対し、謝意を電話で伝えている。

■テロ情報を信用しなかったプーチン

 しかしプーチン氏は今回、ワシントンからのテロ情報を信用しなかった。テロ発生の3日前、対テロ作戦の中核である連邦保安局(FSB)での会議に出席したプーチン氏はこう警告をはねのけた。

 「これは、あからさまな脅迫である。ロシア社会を脅し、不安定化を狙ったものだ」

 なぜプーチン氏は今回、アメリカの警告を受け入れなかったのか。やはり、ウクライナ侵攻で間接的にロシアと対峙するバイデン政権への反発があったと思われる。実際に、事件当夜のコンサートホール周辺の状況を見ると、厳重な警戒態勢をとっていたとは言えない。

 これは、明らかにプーチン政権の手落ちである。西側であれば、テロ警備上で大きなミスを犯したとして、政権への批判の大合唱が起きるところだが、ロシアではそうはならない。真の野党も、報道の自由もないからだ。

 逆にプーチン政権は、この事件をウクライナや米欧への攻撃材料として利用している。プーチン氏は「過激なイスラム主義者」の犯行とする一方で、ウクライナの関与の可能性に触れた。

 大統領の側近でもあるボルトニコフFSB長官に至っては、ウクライナとともに米英両国の情報機関が関与している可能性が高いとの見方も示した。

■説得力に乏しいロシア側の主張

 しかし、上記したようにテロ情報を提供したアメリカはもちろん、ウクライナも、ロシア本土への攻撃に際しては、民間人を対象としないという原則を掲げている。ロシア側の主張はいかにも説得力に乏しい。

筆者は2024年3月22日付「大統領選『5勝』のプーチンが乗り出す世界戦略」の中で、プーチン政権が、西側的法治主義を形式的に取り入れた従来の「ハイブリッド民主主義」をやめ、米欧的価値観を一切拒否する「反西側要塞国家」としての純化を始めたと報告した。

 今回の事件でも、このプーチン政権の一層の強権化を象徴する場面があった。

 事件の実行犯として逮捕された4人のタジキスタン人が法廷に連行された際、明らかに治安当局の取り調べを受けた際に拷問を受けていた痕跡があったのだ。

 このうち、一人は片耳を切断され、別の一人は意識がないまま、車イスに乗せられていた。プーチン氏は2022年に拷問を禁止、厳罰の対象とすることをうたった拷問禁止法を成立させた。しかし、人権活動家によると、ロシアはこの法成立後も取り調べで実際には拷問は行われていたが、当局は隠そうとしていた。これが今や、隠そうともしなくなったのだ。

 国際的注目を集めていた、反政権派指導者、ナワリヌイ氏の先日の収監中での事実上の殺害が象徴するように、今のプーチン政権には米欧からの違法行為批判を気にする気配はさらさらない。

 こうしたプーチン政権の強権化を加速させているのが、3年目に入ったウクライナ侵攻だ。侵攻開始直後から、ロシア兵がウクライナ兵捕虜を殺害したり、ロシアの民間軍事会社ワグネル幹部が脱走した傭兵を殺害したとする動画がネット上に出回わっている。

■非人道的な残虐行為を犯すプーチン政権

 プーチン政権は明らかに非人道的な残虐行為への感覚がマヒしている。ロシア社会全体の人権感覚も一層鈍くなっている。

 こうした社会の大きな変化を背景に、先述の被疑者への当局による追及は今後さらに過酷になるだろう。

 ロシアの人権活動家の間では、容疑者が、今後の取り調べの中で、ウクライナとの関わりを認める虚偽の自白を強制されたり、当局に協力しない場合、殺される事態を懸念する声も出ている。

 この面で今回の捜査の行方は、今後の「プーチン・ロシア」全体の動向を占うひとつの試金石になるだろう。

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最終更新:3/29(金) 19:17

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