なぜ「欧米から経済制裁」のロシア経済がV字回復しているのか…中国にすべてを握られたプーチン政権の末路

4/18 7:17 配信

プレジデントオンライン

■経済をV字回復させた穏健な技術官僚

 3月のロシア大統領選で圧勝したプーチン大統領は、5月7日の就任式で5期目に入る。大統領は就任後、新内閣を組閣するが、手堅い経済運営を進めるミシュスチン首相は続投し、小幅改造にとどまりそうだ。

 ミシュスチン首相をめぐっては、中国が高く評価し、続投をロシア側に求めたとの情報がある。同首相はウクライナ侵攻には沈黙し、戦時下の経済政策に没頭してきた。

 経済の立て直しに向け静かな国際環境を望む中国は、冒険主義のプーチン氏より、穏健なテクノクラート(技術官僚)であるミシュスチン首相の影響力拡大を望んでいる形跡がある。

■習近平主席との会談はプーチン氏よりも多い

 ミシュスチン首相は昨年、習近平国家主席と3回会談している。

 昨年3月に訪露した習主席はロシア政府庁舎を訪れ、ミシュスチン首相と個別に会談。「中国は複雑な国際環境の中でも、健全な成長の勢いを維持したい」とし、中露の貿易経済関係拡大、エネルギー協力、サプライチェーンの安定を訴えた。

 5月にはミシュスチン首相が中国を公式訪問。習主席は人民大会堂で会談し、中国の「一帯一路」とロシアが主導する「ユーラシア経済同盟」の相乗効果を高め、より開かれた地域市場と安定したグローバル協力を進めたいと述べた。

 首相は12月にも訪中。習主席は会談で、「中国経済には強力な回復力、潜在力、余力がある。質の高い発展と対外開放を進め、ロシアなどにも機会を提供する」と語った。

 中国側の発表では、習主席はウクライナ戦争には言及せず、必ず「産業とサプライチェーンの安全・安定」の重要性を強調したという。「複雑な国際環境」という表現で、暗にロシアのウクライナ侵攻が中国の経済発展の妨げになると苦言を呈した。習主席は昨年、プーチン大統領と2度会談したが、首相との会談回数のほうが多かった。

■中国が格下のロシア政府人事に介入している

 クレムリンの内部情報に詳しいとされる謎のブロガー、「SVR(対外情報庁)将軍」は今年4月4日、ロシアのSNS「テレグラム」で、「中国はロシア指導部に対し、ミシュスチン首相を続投させるよう強く要請した。中国指導部は、他の誰よりも現首相と仕事をすることを望んでいる」と伝えた。

 3月20日の投稿では、「中国指導部はミシュスチン政府の舵取りを評価している。習近平はミシュスチンと個人的に連絡を取り、発言などを好感している」「中国は格下のロシア指導部に対し、決定を押し付けることができる」と指摘した。

 1月23日には、「在ロシア中国大使館がロシア指導部の意思決定の中に入りつつある。中国はロシア指導部に対し、人事を事前に中国側に報告するか、調整するよう求めている」と書いた。

 これが事実なら、政府人事介入により、プーチン氏が最も重視する国家主権が中国によって脅かされていることになる。

 習、ミシュスチン両者の蜜月関係については、ウクライナのテレビ局「24TV」が昨年5月、「習近平指導部はミシュスチンを敬愛し、プーチンの後継者になることを望んでいる」としながら、「プーチンは側近を恐れ、誰も信用しない。後継者の登場を許さないだろう」と分析していた。

■軍需産業をフル稼働、国内経済を好転させた

 経済制裁下にあるロシア経済をV字回復させたミシュスチン首相とは、一体何者なのか。

 ミシュスチン首相は1966年、モスクワ郊外に生まれ、大学院でシステム工学の学位を取得。長年、税務局に勤務し、徴税システムの効率化を進め、税務局長官時代は税収のデジタル化に貢献。無名ながら、2020年にプーチン大統領によって首相に抜擢された。

 22年のウクライナ侵攻後は、戦時経済の運営委員会委員長も兼務し、軍需産業をフル稼働させ、中央銀行と連携してマクロ経済を好転させた。この間、ウクライナ戦争の是非について発言することもなく、国民生活の安定に努めた。

 世論調査では、メドベージェフ前首相の支持率は後半、30%前後だったが、ミシュスチン首相の支持率は70%台と高い。

■2月の製造業成長率は13.5%の増加

 首相は4月3日、下院で年次経済報告を行い、「昨年の経済成長率は前年比3.6%増で、製造業は同7.5%増だった。今年2月の製造業成長率は13.5%と記録的な数字だ」「供給重視の経済が、インフラを改善し人材を育成する」などと実績を誇示した。

 製造業の成長は、軍需産業への国家予算大規模投入が理由だが、「独立新聞」によれば、議員からは、「内閣の仕事は印象的」「ソ連時代にもなかった高成長」といった賞賛の声や、首相続投論が噴出したという。

 「深刻な医師不足」「先端技術専門家の欠如」「コンサートホール襲撃テロの不手際」といった批判は、かき消された。

 ロシア指導者を採点するSNS「後継者」も4月7日、「エリート層の確執が拡大する中、首相は他の利権グループとの対立を避け、システム全体を機能させ、均衡を保った」と評価し、ミシュスチン首相がポストにとどまる可能性は「100%に近い」と伝えた。

■台頭は嫌だが、かといって更迭もできない

 実は、「後継者」のサイトは昨年11月、「大統領選後にミシュスチン首相が退陣し、別のポストに異動する可能性が政権内で強まっている」とし、後継首相候補として、①フスヌリン副首相、②ソビャーニン・モスクワ市長、③マントゥロフ副首相兼産業貿易相――ら9人を挙げていた。

 「SVR将軍」(3月20日)も、「実力者のパトルシェフ安保会議書記のビジョンには、首相続投は含まれていない」と伝えた。政権内最強硬派のパトルシェフ書記は、長男のドミトリー・パトルシェフ農相の大統領後継を切望し、その一歩として首相に就かせたい思惑があるといわれる。

 首相は憲政上のナンバー2で、大統領が職務執行不能になった場合、大統領代行に就任し、3カ月後の大統領選挙を統括する。プーチン氏は71歳とロシア人男性としては高齢だけに、首相ポストの行方は、プーチン後を探る上で重要な意味合いを持つ。

 後継者を養成しないことは長期政権の秘訣であり、プーチン氏はミシュスチン首相の台頭を快く思っていない可能性がある。とはいえ、国民や議会、それに中国の支持が高い首相の更迭はリスクを伴う。

■中国側は「ミシュスチン政権」を期待している?

 プーチン大統領は5期目の最初の外遊先として中国を公式訪問する予定で、ラブロフ外相が4月に訪中し、事前準備を行った。国際的に孤立するロシアは、中国との経済・外交協力を強化し、ウクライナ侵攻への直接、間接の支援を得たい意向だ。

 しかし、ショルツ独首相の4月の訪中に続いて、習主席は5月末、フランスなど欧州連合(EU)諸国を訪問する計画で、ロシアを公然と擁護できない。不動産不況や低成長、失業増に直面する中国は、EUとの経済協力を最も必要としており、「戦狼外交」も各国の反発を受けて中止した。

 中国の一部企業がロシアの軍需産業を支援する動きがあるが、バイデン米大統領は4月2日、習主席との電話協議で、中止を要求し、経済制裁を示唆した。

 中国は米国の対露経済制裁に伴う二次制裁を警戒しており、中国の大手銀行はロシア金融機関との取引を一部停止した。日中が参画する北極圏の液化天然ガス(LNG)プロジェクトでも、日本と同様、参加凍結を検討中と伝えられる。

 中国にとって、ロシアは不可欠な反米パートナーであり、独占進出する重要市場ながら、シロビキが主導するプーチン政権の保守強硬路線には内心、手を焼いているかにみえる。穏健で経済優先の「ミシュスチン政権」の登場を密かに期待するかもしれない。



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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学客員教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。
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最終更新:4/18(木) 7:17

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