乗車わずか5分「世界最短」国際列車消滅?シンガポール国境の今 マレーシアと結ぶ新路線建設、高速鉄道構想も

4/5 4:32 配信

東洋経済オンライン

 東南アジアきっての”先進国”として発展著しいシンガポール。公共交通機関をはじめとする社会インフラ整備は世界最高レベルに達しているものの、物価の上昇も著しい。

 シンガポールの経済が支えられているのは、後背地にマレーシアの存在があるからだろう。毎日多くの通勤客が行き来する両国間は2本の道路と鉄道で結ばれているほか、新たにライトレールが建設中。さらに、一時計画があったものの棚上げとなったシンガポール―クアラルンプール間の高速鉄道計画も復活の動きがある。一方で、現在両国を結んでいる「世界最短の国際列車」は近い将来姿を消しそうだ。

 新たな時代を迎えつつある、シンガポールとマレーシアを結ぶ交通事情の現状と未来について紹介したい。

■両国を結ぶ道路は大渋滞

 シンガポールとマレーシア側ジョホール州(State of Johor)の間には海峡があり、2本の道路でつながっている。1本は1923年に開通したコーズウェイ(Causeway)で、ジョホール・バル(Johor Bahru)の市街地とシンガポール側とを結んでいる。その名のように長い堤(コーズウェイ)となっており、道路と単線の鉄道が並行して通っている。

 もう1本は1998年に開通したセカンドリンク(Second Link)と呼ばれる橋で、全長は2km。市街地からは離れているものの両国の高速道路と直結しており、マレーシアの首都・クアラルンプールに直行する場合などはこちらを利用することが多い。

 どちらの道路も両国間を行き来する日常の通勤に不可欠なインフラとなっているが、その重要性ゆえに、とくに休日や通勤時間帯には激しい渋滞に悩まされている。両国を行き来するには、必ずパスポートを持っての出入国検査が必要となる。この行列は絶望的に長くなることもあり、筆者も5時間以上並んでようやく通り抜けた経験もある。

その点、鉄道は所要時間が読めるとあって高い人気を誇る。マレーシア国鉄(KTM)によるシャトル・テブラウ(Tebrau)と呼ばれる国際列車は早朝から深夜まで1時間ごとに運行。2021年11月25日付記事「乗車5分、『世界最短の国際列車』はなぜ存在するか」で紹介したように、所要時間はわずか5分だ。

■「国境越え通勤電車」開業に期待感

 絶望的ともいえる国境の渋滞対策として、現在進行しているのが両国間をライトレールでつなぐ建設プロジェクトだ。これは高速輸送システム(RTS)リンクと呼ばれ、ジョホール・バルの市街地とシンガポール側国境に接する町・ウッドランズ(Woodlands)を結ぶ。全長は4kmで2026年の運行開始を目指している。

 建設中の様子はコーズウェイを走る列車や車からも垣間見ることができるほか、ジョホール・バルの市街地のあちこちではRTS乗り入れに向けた工事が着々と進んでいる。国境を行き来する通勤客らにとっては、地下鉄や近郊電車のような利便性の高い交通機関の開業によって大幅な時間短縮が見込まれる。

 ただ、RTSができることで「鉄道がなくなる」という犠牲も負わなければならない。

 かつて、シンガポールを含めたマレー半島が英国領だった1932年、現在のシンガポール領内までの鉄道が開業。コーズウェイを渡って市内中心に近いタンジョンパガー(Tanjong Pagar)駅までつながっていたが、2011年をもって同駅までの区間は廃止され、現在は国境をわずかに越えたウッドランズにある乗降場までに短縮されてしまった。RTSの完成後は、現在のKTMによるシンガポール乗り入れが打ち切られるとの公算が高い。

 ウッドランズからは、マレーシアを経てタイまで「メーターゲージ」と呼ばれる軌間1mの線路がつながっている。かつては国際列車運行も盛んだったが、列車を乗り継いでの3カ国巡りもそろそろできなくなりそうだ。貨物列車の運行はなく、シンガポール発の長距離列車も廃止されていることから、この「世界最短の国際列車」が消滅するのもやむなしかもしれない。

 往年の「マレー鉄道」の栄華を今に伝承する豪華列車「イースタン&オリエンタル・エクスプレス(E&O=Eastern & Oriental Express)」もコロナ禍後に復活を果たし、ウッドランズ発クアラルンプール経由ペナン州行き特別列車として運行されているが、これもRTSの開業後はシンガポール領への乗り入れがなくなる見込みだ。

 「E&O」は、欧州の豪華列車として知られるオリエント・エクスプレスの運営会社・ベルモンドが走らせている列車。編成には44室のスイートルームのほか、バー車両や展望車ラウンジがある。車内では、フレンチ・シェフが腕をふるう本格コース料理、ピアノの生演奏やサロンカーでのリフレクソロジーなどのサービスもある。

■高速鉄道構想「棚上げ」のその後

 RTSの建設が進む中、シンガポールとクアラルンプールの間に高速鉄道(HSR)を敷設する計画もある。時速300km以上で運行し、両都市を最短45分で結ぶ構想だ。

 両都市は直線距離で約300km。双方の行き来は極めて活発ながら、今のところ陸路交通での所要時間は5時間ほどかかるうえ、途中で国境検査もあるなどあまり便利でないことから、飛行機での往来が一般的だ。両都市を結ぶ区間は世界の民間航空便の中で「最も供給座席数が多い路線」となっている。

 HSRプロジェクトに初めて言及があったのは2010年のことだ。その後両国政府は敷設に向けた準備を進め、それと並行してアジア域内において高速鉄道ネットワークの整備で先行する日本、中国、韓国が案件獲得のためにクアラルンプール市内でロードショーを行ったこともある。

 だが2018年、政権交代によって親日派の政治家として知られるマハティール氏が首相に返り咲き、流れが変わった。

 同氏はHSRプロジェクトについて「コスト削減と財政健全化を目指す政策の一環」と称して、これを棚上げ。それまでにシンガポールが、プロジェクトに対する計画策定と初期の開発段階で相当額を出資していたことから、マレーシアが補償金を出す合意もなされた。

■プロジェクト復活、今後の動きは? 

 ところが、事態はその後大きく変わってきている。2023年7月にはプロジェクト復活の方向性が示され、2024年1月にはマレーシア側でHSRプロジェクトを仕切っている「MyHSR」が7つの国内外のコンソーシアムからコンセプト提案を受領した。これらの提案は、いわゆる「設計・資金調達・建設・運営・移転(DFBOT)モデル」に基づくパブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)としての遂行を前提として出されたものだ。

 ただ、この際に日本企業の動きはなかったもようで、日本の新幹線システムの活用を目指していたJR東日本を含む日本企業は「計画への参入を断念」したと報じられた。これは、マレーシア政府の財政支援などがなく、リスクが大きいとの判断があったためとされる。このプロジェクトは総工費が1000億リンギ(約3兆1000億円)にのぼる見込みだが、マレーシア政府は債務保証や財政支出をしないという決定が逆風となった。

 1月の時点で、提案の評価と選定に「2~3カ月かかる見込み」とされていることから、遠くない将来に何らかの結果が発表される可能性があるが、中国がマレーシア企業と組んで本プロジェクトに携わることになるだろうか。

 マレーシアとシンガポールは現在、物価の格差が著しい。そのため、マレーシアからの出稼ぎ者が毎日大挙してシンガポールに通勤している。シンガポールの繁栄はマレーシアなしに実現できない、という背景もある。今後の鉄道インフラの増強とともに両国間の行き来はどのように変化していくのだろうか。

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最終更新:4/5(金) 4:32

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