アップルやNVIDAは一定の距離感、大統領就任式で違いクッキリ、トランプ氏に「擦り寄る企業」「擦り寄らない企業」の根本差
2025年1月20日に行われたドナルド・トランプ大統領2期目の就任式は、アメリカのテクノロジー産業の現状を象徴する光景となった。トランプ家のすぐ後ろという閣僚候補よりもいい特別な場所に陣取ったのは、テスラのイーロン・マスク、アルファベットのスンダー・ピチャイ、アマゾンのジェフ・ベゾス、そしてメタのマーク・ザッカーバーグの4人。
海外メディアやソーシャルメディア上では、単なる企業経営者の域を超え、政治権力との密接な関係を如実に示す4人を「テック・オリガルヒ」と呼ぶ声が目立った。
■露骨にトランプ政権に接近
「オリガルヒ」という言葉は、少人数による支配を意味するギリシャ語に由来する。特に1990年代、ソビエト連邦崩壊後のロシアで、急速な民営化を通じて巨大な富を築いた新興財閥を指す言葉として知られるようになった。
彼らは経済的な力を背景に政治的な影響力を持ち、ロシアの民主主義の発展を阻害する存在として批判されてきた。現在、同様の構図がIT産業で再現されているという懸念が、特にヨーロッパで強まっている。
実際、トランプ政権はアメリカ主導のAI開発のインフラづくりのためにソフトバンクグループなどから78兆円を超える多額の資金を集め、暗号通貨も後押しすることを大々的に謳っている。
この状況を特に強く警戒しているのは欧州緑グループ・欧州自由連盟(Greens/EFA)だ。就任式の翌日に開かれたデジタルサービスへの規制を行うデジタルサービス法(DSA)についての議論の場で、DSA交渉担当のキム・ファン・スパーレンタークは「真に自由なインターネットとは、一握りのテックオリガルヒではなく、市民がルールを決める場所です」と強い言葉で指摘。
「TikTokやXにおける前例のない外国からの影響」や「FacebookやInstagramを女性やクィアに対する憎悪の場として推進している」といった具体的な問題を挙げ、トランプ政権下の規制緩和が民主主義をさらなる危機に陥れる可能性があると声明を出して警告した。
■政権と距離を保つ時価総額トップ3企業
ここで注目したいのが、すべてのテクノロジー企業が同じような立場を取っているわけではないという事実だ。特に注目すべきは、現在の時価総額トップ3企業――NVIDIA、アップル、マイクロソフト――の対照的な姿勢である。
NVIDIAのジェン・スン・フアンCEOは就任式当日、出生地である台湾で社員たちと旧正月を過ごしてトランプ政権との距離を保った。
アップルのティム・クックCEOは就任式に出席したものの、テック・オリガルヒたちからは離れた場所に座っていた(席としては中央寄りのいい席だが、他の4人より1列後ろで隣にはグーグル共同創業者のセルゲイ・ブリンが座っていた)。人に挨拶をしている時以外は終始、無表情で政権とは精神的にも一定の距離をとっていることがうかがえた。
他方、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、就任式で姿が確認されておらず、その日、何をしていたかの情報もない。
政権への対応の違いは、寄付金の出所にも表れている。マイクロソフトのナデラはほかのテック・オリガルヒ同様、会社として100万ドルの寄付を行う一方、アップルのクックは個人からの寄付という形を選択した。これは明らかに、アップル社として政権との一定の距離を保つための判断だ。
対照的にアマゾンは、100万ドルの寄付に加え、就任式イベントのプライムビデオでの中継も「寄付」という形で提供。アマゾンとメタの両社はトランプが大統領令でLGBT施策を撤回すると、それに呼応するように自社の多様性プログラムの廃止を発表し、露骨に政権寄りの姿勢を示している。
一方、クックは、就任式当日がマーティン・ルーサー・キング・デイ(Martin Luther King Jr. Day)と重なっていたこともあり、Xで「ドクター・キングはかつてこう述べました、『誰もが偉大になることができる。なぜなら、誰もが奉仕することができるからだ』。真の偉大さは他人を持ち上げ、違いを生み出し、目的を持って奉仕することにある。彼の遺産を称えるために、一緒によりよい世界を創造するための奉仕の方法を見つけましょう」と言うキング牧師の言葉を投稿している。
■創業時期によって異なる文化
同じテクノロジー企業でも、姿勢が大きく異なっているが、これには各社の成り立ちの違いも関係している。
1970年代のパソコン黎明期に創業したアップル(1976年)やマイクロソフト(1975年)と、それ以外の1990年代以降のインターネット時代に生まれた企業では、ターゲットにしていた市場も規模もまったく異なっている。
グーグル(1998年創業)の例は特に象徴的だ。創業当初、同社には明確な収益モデルが存在しなかった。2001年に筆者がインタビューした当時、創業者のラリー・ペイジは「グーグルの収益モデルはまだ決まっていない。
広告ビジネスは可能性の1つとしてはあるが、そこだけには頼りたくない」と語っていた。しかし、その後始めた広告サービスの収益性の高さから、同社は完全に広告型ビジネスへと舵を切ることになる。
広告収入を主軸とするビジネスモデルは、必然的にユーザーの個人情報の収集と活用を促進する。より詳細な個人情報を得られれば広告の効果は高まり、収益も増大するからだ。2004年に創業したFacebook(現メタ)は、最初からこの広告モデルを前提としていた。アマゾンも、自社サイトでの販売促進のために顧客の行動追跡を行っている。
当初、この個人情報の活用は「欲しい商品がどんどん見つかる」と歓迎する消費者もそれなりにいた。しかし、イギリスのケンブリッジ・アナリティカが広告システムを巧みに利用して世論操作を行い、ブレグジット(イギリスのEU離脱)や、第1次トランプ政権の誕生に影響を与えたことが明らかになると、状況は一変する。
個人情報の収集と活用は、プライバシー侵害という深刻な問題として認識されるようになった。特にメタのマーク・ザッカーバーグは、この問題で何度もアメリカ議会の公聴会に召喚されている。
これに対して、アップルの収益の大半は、iPhoneなどの製品販売によるものだ。Apple Musicなどの例外を除き、同社はインターネットビジネスを主軸としておらず、その意味で日本のメーカーに近い製造業の性格を持つ。
ただし、OSを含むソフトウェアの開発能力が極めて高い点が、日本の製造業との大きな違いとなっている。このビジネスモデルは、個人情報への依存度が低いという特徴を持ち、それゆえにプライバシー保護を強みとすることができる。
この姿勢は、2016年のアメリカ連邦捜査局(FBI)との対立で鮮明となった。14人を殺害し22人に重傷を負わせた事件の容疑者が使用していたiPhone 5cのロック解除を要求されたアップルだが、ティム・クックは公開書簡で「すべてのiPhoneユーザーのプライバシーを脅かす」「世界中のiPhoneユーザーのデータを危険にさらす」として、この要求を明確に拒否。
「政府の要求に応じる前例を作ってしまうと、将来的に他の政府からも同様の要求が来る可能性がある」と指摘し、「この要求は、私たちが持つ最も重要な価値観とアメリカが守るべき自由を脅かすもの」と主張した。
アップルの創業者の1人、スティーブ・ジョブズはベトナム戦争や冷戦を通じて政府への不信感が高まる時代をヒッピーとして過ごしていたことが知られている。
この時代、彼の教祖的存在だったスチュアート・ブランドをはじめとする対抗文化(カウンターカルチャー)の担い手たちは、政府や体制といった大きな力に対抗するための道具としてパーソナルな、つまり個人のためのコンピューターを生み出した背景がある。もともとは、パソコンは個人の能力拡張と保護をするための道具として誕生した背景がある。
それを広めるのが1970年代のIT企業。これに対して乱暴に言えば、すでにパソコンとインターネットが普及した後、その利用者を「便利」で惹きつけて広告で儲けようとしてきたのが1990年代後半以降のインターネットのビジネスだ。
■アプリの審査プロセスにも違い
この違いは徹底してユーザーの体験に責任を持つか、それともコストを下げ量で勝負するかという姿勢の違いにも表れている。
これはアプリ掲載の審査にも見て取れる。多くのインターネットビジネスが収益源としているネット広告やECサイトの販売商品などの審査を半自動化し、その結果として詐欺広告や詐欺まがいの商品が問題となっている。
これに対してアップルは、年間数百万本のアプリを驚くことに人手で審査している。2020年には、隠し機能のあるアプリ4万8000本、スパムや他製品の模倣による15万本、プライバシーを脅かす可能性のあるアプリ21万5000本の掲載を見送った。より多くのアプリを掲載すればその分、収益は増えるにもかかわらず、ユーザーの安全性とプライバシーを優先する判断を続けているのだ。
そんなアップルも政府からの規制圧力と無縁ではない。App StoreがiPhoneへのアプリ供給を独占していることに関して批判があがり、EUと日本ではすでに他社によるアプリ流通が法制化されている。
トランプ政権を含め、アメリカ政府は今のところ、ヨーロッパや日本のようなアプリ代替流通経路の設置を法制化して押し付けるようなことは行なっておらず、アップルとしてもできればこの状態を維持したいところだろう。しかし、だからといってアップルは会社としてトランプ政権に寄付をするようなことはせず距離を保っている。
■トランプの要望には臨機応変に対応
第1期トランプ政権は、アップルにアメリカでの雇用を増やすようにアップル製品の製造を国内で行うことを要求した。これに対しても同社はMacの一部モデル(Mac Pro)の製造の一部をアメリカで行う形で対応している。
例え相手が異例ずくめのトランプ大統領であっても、会社としては距離を保ち、何か要求があっても正当な主張を返し、状況に応じて必要な対応を行う。それだけだ。
プライバシー規制によって収益が大きく左右されるという背景を持ち、露骨な政権寄りの姿勢を取る「テック・オリガルヒ」たちの会社と比較するとその差が際立つ。
時価総額トップ企業が本質を見失うことなく、政権と適切な距離を保ち続けている事実は、テクノロジー産業の未来に1つの希望を示している。それは、短期的な利益や規制緩和への期待に基づく「我田引水」的な姿勢ではなく、長期的な視点に立った独立性の維持こそが、結果として企業価値を高める道筋となることを示してほしいと思う。
(敬称略)
東洋経済オンライン
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最終更新:1/25(土) 10:02