紫式部にも妻の可能性はあった…藤原道長「第一夫人は無理だが一番愛しているのは君」という不倫男の論理

4/20 6:17 配信

プレジデントオンライン

若き日の紫式部と藤原道長は恋愛関係だったと描く大河ドラマ「光る君へ」(NHK)。『源氏物語』の現代語訳などの著作がある大塚ひかりさんとコラムニストの辛酸なめ子さんに、「道長は紫式部を正式な妻にできなかったのか」「実際には体の関係があったのか」などについて語ってもらった――。

■道長が紫式部を「北の方にはできない」と言ったのに違和感

 ――大河ドラマ「光る君へ」(NHK)では、主人公のまひろ、後の紫式部(吉高由里子)が、道長(柄本佑)と相思相愛となるも、まひろの身分が低すぎて、関白家の三男である道長との結婚をあきらめました。

 【辛酸】道長には「妻になってくれ」と言われたものの、「北の方(第一夫人)にはできない」とも……。まひろは「妾(しょう)になれってこと?」とショックを受けていましたね。

 【大塚】この流れ、ちょっと違和感はありました。というのも、道長の父や長兄の結婚という前例を見ると、道長は、その気さえあれば、また、まひろが優れた女の子でも産めば、まひろを北の方にできるはずなんです。

 【辛酸】そうなんですか? かなり身分が違うのかなと思っていたのですが。

 【大塚】紫式部の父、為時はのちに越後守となりますが、道長の兄・道隆も受領(今でいう県知事のような地方官僚)階級の娘、高階貴子を北の方にしていますし、そもそも道長の母親も、受領の娘である時姫。地方官僚というのはたしかに身分としては中流、下流だけれど、現地で強大な力を持ち、財を蓄えることはできた。だから、藤原摂関家のような上流階級との縁組みはあったんですね。

 【辛酸】父と兄はそういう結婚をしたのに、と……。ドラマの中では、まひろが道長に「世を正すため政(まつりごと)でトップに立って」と言ったから、道長としては「トップに立つためには妻もセレブでないと」という理屈なんでしょうか。

 【大塚】そういうことなんでしょうね。ドラマの道長はそうでもないですが、史実を見れば、むしろ道長こそが誰よりも妻の身分にこだわり、女の力で出世しようとした野心家ですから。

■もし現代の女性が「第一夫人じゃない」と言われたら…

 ――現代では考えられないシチュエーションですよね。好きな男性に「結婚してくれ。でも、君は第一夫人じゃない」と言われるのは。

 【辛酸】いきなり「あなたは2号ですよ」と言われたわけですもんね。

 【大塚】一夫多妻の時代なので道長には正式な妻が2人いましたが、「妾」と言われると、そういう周囲に認められた妻より一段下なのかと思いますよね。現代なら「お前はセフレだ」と言われるような感じでしょうか。

 【辛酸】例えばデヴィ夫人(インドネシアの大統領スカルノの妻)は第3夫人で、自分の上に2人いるという立場ははっきりしていたけれど、この言われ方では……。

 【大塚】単なるお手つき、それを「召人(めしうど)」と呼んだのですが、そのぐらいの扱いになってしまいそう。

■「一番愛している」なんて、言葉だけならなんとでも言える

 ――ドラマの道長は「北の方(正妻)は無理だ。されど、俺の心の中ではお前が一番だ」とも言っていました。

 【大塚】そんなこと、口先だけだったら、なんとでも言えますよ(笑)。

 【辛酸】その場しのぎに聞こえますよね。現代でもよく、おじさんが不倫相手に言うセリフです。

 【大塚】正直に言えばいいというものでもないし、こんなことを言っている時点で、まひろとしては信じられないですよね。いつの世にも、男性にはまず行動で示してもらいたいものです。

■もしセレブから「愛人になれ」と言われたら…

 ――実際には、下級貴族の娘が階級トップの男性から「妾になれ」と言われたら、どうしていたんでしょうか?

 【大塚】もちろん、それに応じた女性もいたとは思います。

 【辛酸】もし自分がそう迫られたら、絶対NOとは言えないですよね。自分の家が困窮し、相手がリッチだったら、悪くない話だと思うかもしれない。恋愛感情がなければ、たまに通ってくるくらいなら体力的にも負担が軽そうです。

 【大塚】まひろの立場になれば「私と同じ受領階級の女性だって正妻になっているじゃないか」と思うでしょうから、そこに反発しただろうし、妻の立場もわりと流動的だったから、例えばたくさん娘を産んで正妻になったケースだってあるわけです。

 【辛酸】なるほど、子どもの数が実績になるんですね。

 【大塚】例えば、兼家の妻のひとり、『蜻蛉日記』を書いた藤原道綱の母は、道綱という男子ひとりしか産んでいない。だから正妻になれなかったけれど、それに対して時姫は息子も娘も複数、産んでいるわけです。当時の貴族たちは、娘を天皇や東宮に嫁がせ、外戚として権力をつかむことを目指していたので、妻にはまず娘を産むことが期待されていました。

■清少納言の「推し」は意外にも道長だった

 ――だから、ドラマで黒木華さんと瀧内公美さんが演じる道長の二人の妻も、どちらがたくさん子を産むかで競争しているわけですね。

 【辛酸】でも、そんなにモテるとは、実際の道長ってドラマのようにかっこよかったんですかね。

 【大塚】道長がイケメンだったと断定する文献はほぼないですね。お兄さんの道隆が美男子だったという記録は残っています。そして次男の道兼は毛むくじゃらで醜かったとか。

 【辛酸】わぁ、ドラマのイメージと違いますね。

 【大塚】でも、道長は若い頃、シュッとしていたようで、正妻・源倫子との結婚を父・雅信が反対したのに対し、母親は「時々、物見などに出かけてお見かけしたところ、ただ者とは思えません」と賛成しています。さらに、あの清少納言も『枕草子』で道長を褒めていて、女主人の定子に「いつものごひいきの人ね」とからかわれたりしています。

 【辛酸】清少納言のような宮仕えの女房たちの間では「推し貴族」がいたんですね。現代と変わらない感じ?

 【大塚】そうですね。清少納言の推しは藤原道長ということで(笑)。

■平安時代のキスの方が現代より濃厚だったかもしれない

 ――ドラマのオリジナル展開ですが、まひろと道長はこの時点で体の関係があり、熱烈なキスシーンもありました。

 【辛酸】ドラマを見て疑問に思ったんですが、平安時代、こんなにも濃厚なキスをしていたのでしょうか。

 【大塚】していたと思います。江戸時代などにはキスを「口吸い」と言いましたが、平安時代も同じようにしていたはず。むしろ今より昔の方が、五感を重視し、肌の触れ合いなど、そういう行為もより繊細に感じていたのではということを、新刊『傷だらけの光源氏』(辰巳出版)で書きました。

 【辛酸】まさにそう書かれていましたね。今の日本人は淡泊になったけれど、当時はもっと濃厚な行為をしていたかもしれないと……。廃屋で落ち合って、というのはどうですか? まひろと道長が最初にいたしたのも荒れ果てた廃屋でしたし、最後にキスしたのもそうでした。場所としてはちょっと怖いような気もするんですが。

 【大塚】当時はラブホテルなんてないですから、廃屋(廃院)というのも十分ありえます。(紫式部が書いた)『源氏物語』でも、夕顔は廃屋で源氏とセックスしていますね。

■実際問題、紫式部と道長には体の関係があったのか?

 ――ドラマのような結婚前の若き日ではなく、後年、宮仕えを始めた後だと思いますが、紫式部は道長と関係があったのでしょうか?

 【大塚】私はあったと思うんですよ。よく引き合いに出されるのが、南北朝時代に編纂された『尊卑分脈』の紫式部の項に「御堂関白道長妾云々」と書いてあるということ。だから、道長の愛人だったと言われていますが、その記述は信用できないとしている研究者も多い。つまり、本当に関係があったかどうかは分からないけれど、「関係があった」と仮定して考えると頷けることがたくさんあるんです。

 【辛酸】たしか『紫式部日記』には、道長に言い寄られたことが書いてあるんですよね。

 【大塚】道長が「すきものと 名にし立てれば 見る人の 折らで過ぐるは あらじとぞ思ふ」という歌を詠んで紫式部に渡した時のことですね。「すきもの」は「好色な人」という意味を含んでいて、「『源氏物語』のような恋愛小説を書いているのだから、あなたもいろんな人と関係しているんだろう」という、すごい歌を贈ったんですよ。

■道長が紫式部に贈った歌は、現代ならセクハラおやじ

 【辛酸】まるで現代のセクハラおやじみたい。そういう日本の男って1000年前からずっとセクハラしてきたんですかね。

 【大塚】紫式部は「そんなことはありません(好き者ではありません)」といった意味の返歌をするけれど、その晩、道長が部屋の前に夜通しいて、今なら、ドアをノックされていたような状態になり、それでも私は部屋に入れなかったと書いています。

 【辛酸】夜通しアタックされるなんて、恐怖でしかないですね。

 【大塚】そんなことをなぜわざわざ書いたのかと考えると、逆に愛人関係にあったからではと。さらに、そんなふうに道長とやりとりしていた時期に、紫式部のお父さんが越後守という、いいポストを得ているんですね。

 【辛酸】つまり、日記に書いた日は道長を部屋に入れなかったけれど、違うときには入れたのかもしれない。

 【大塚】そういうことです。れっきとした妻にはなれなくても、お手つきになったことで父親の立場が良くなるなら、妾になるのも悪くないかもしれませんよね。

 【辛酸】もしかして道長は紫式部の文学の才能に惚れていたのかも……。才能に惚れるってありますから。

 【大塚】『紫式部日記』の記述にも見えるように、きっと、道長もそういう魅力は感じていたと思います。



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大塚 ひかり(おおつか・ひかり)
古典エッセイスト
1961年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒。古典を題材としたエッセイを多く執筆。著書に『ブス論』『本当はエロかった昔の日本』『女系図で見る驚きの日本史』『くそじじいとくそばばあの日本史』など多数。また『源氏物語』の個人全訳も手がける(全6巻)。趣味は年表作りと系図作り。
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辛酸 なめ子(しんさん・なめこ)
漫画家/コラムニスト
武蔵野美術大学短期大学部デザイン学科卒。雑誌連載、執筆活動の合間を縫ってテレビ出演も。
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最終更新:4/22(月) 15:52

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