「夫に会えず寂しい…」 元ホステス・新婚の妻が54歳の夫にゾッコンになった理由
関西地方のターミナル駅近くにあるドトールに来ている。待ち合わせは朝9時。少し早めに着いて窓側の席を確保して待っていると、明るい色に染めたショートボブの女性がやってきた。今回の取材先である野島美幸さん(仮名、45歳)だ。
「陽があたって暑いので奥の席に移ってもいいですか」
言いたいことはすぐにはっきり言うタイプのようだ。化粧、服装、ネイルなどは華やかめで、堅めの業界にいる事務職とは思えない。京都出身の美幸さんは19歳のときから祇園のクラブでホステスをしていたという。
■「男の人を見る目が肥えてしまった」
「お客さんから『君はこんなところで何をしているんだ。昼の仕事をやりなさい』と言われてホステスをやめてアパレル店員になりました。そのお客さんとしばらく付き合っていたのは内緒です(笑)。27歳のときに父の商売がうまくいかなくなり、実家が競売にかかって一人で生きていく決意ができました。大阪に出てデパートで働きながら一人暮らしをしましたが、仕事用の洋服代もかかるしお酒も好きなのでお金が足りません。夜は副業でホステスをしていました。新地のクラブです」
仕事も遊びも楽しく、恋愛どころじゃない忙しさだったという美幸さん。副業先のクラブで知り合う客は成功した経営者が多く、「男の人を見る目が肥えてしまった」とも振り返る。
「当時の私と同い年ぐらいの普通の男性とは人生の経験値が違いますからね。何よりも中身が素晴らしい人が多かったです」
美幸さんは33歳のときから客の一人と付き合うようになった。相手は16歳年上の経営者で既婚者である。いわゆる愛人だったのだろうか。
「愛人の定義を知りませんが、私には本業があったので毎月決まった金額をもらったりはしていません。ときどき生活費を助けてもらっていましたけど」
そんな関係が長く続いたが、美幸さんは次第に「将来のこと」を考える時間が増えるようになった。このまま一人で生きていて、最後は老人ホームに入れるだろうか、などだ。膝に水がたまるようになって立ち仕事がつらくなり、今の会社に転職した。39歳にして初めての事務職である。
■“真面目を絵にかいたような”夫との出会い
転職後も「社長さん」との交際は続いていたが、2021年に変化が起きる。現在の夫である武史さん(仮名、54歳)が東京からの転勤で関西支社にやってきたのだ。武史さんは元公務員で、真面目を絵にかいたような人物。美幸さんの「上司のさらに上司」にあたる。
「最初の頃、私は夫から嫌われていたと思います。見た目は派手だし、下っ端の分際で誰に対しても率直に意見を言うからです。でも、私の仕事ぶりを少しずつ評価してもらえるようになりました」
無口で社交的とは言えない武史さんと個人的に親しくなった場所は喫煙所だった。酒もタバコも好きな美幸さんは社内に飲み仲間が多く、「みんなで飲みに行きましょう」と武史さんを誘ったのだ。
「関西が初めてだという夫が一人ぼっちで寂しそうに見えたからです。私は接客業が長いので声をかけたりすることに抵抗がありません。でも、恋愛感情などはまったくありませんでした。夫は細くて小柄ですが、私は野球のキャッチャーみたいなガッチリ体型の男性が好みです」
武史さんのほうは違ったようだ。華やかな美人だけど仕事は「めちゃ真面目」で、それでいてオフのときは大いに飲んで楽しむ美幸さん。上司の上司である自分にも構えることなく接してくれる。意外性の連続にすっかりのぼせあがってしまった。
出会いから1年後、飲み会の帰りに2人になったときに武史さんは美幸さんに告白をした。僕と付き合ってください! という高校生並みの直球勝負である。美幸さんは心を動かされたと明かす。
「夫は今まで女性と付き合ったことがない人です。そんな真面目のカタマリに私が好かれるんだと感動してしまいました」
感動は晩婚さんのキーワードだと筆者は思う。人生経験を積み重ねると、自分の好みや生活スタイルが固まってくる。自分と相性の良い人も予想がついたりする。美幸さんの場合は、社交的で精力的な男性から好かれて、自分もそれが心地良いと思っていたのだろう。
そこに武史さんが現れた。仕事ができる年上男性という点では過去の恋人と共通しているが、女性経験のない「真面目のカタマリ」は未体験。そんな男性が勇気を振り絞って派手な自分に愛の告白をしてくれることに美幸さんは驚き、「これを無下にしたら女がすたる」という義侠心のようなものが生まれたのかもしれない。
「私の心の中には社長さんがいたので、最初ははぐらかしていたんです。でも、夫とさらに仲良くなり、社長さんとは自然と距離を置くようになりました」
その2年後である今年、幹部社員である武史さんは再び東京本社に呼び戻された。武史さんは「これからもずっと一緒にいてほしい」とプロポーズ。関西での生活を愛する美幸さんは「東京には行かへんよ」という条件付きで承諾した。
「45歳の私がこれから先の人生でプロポーズしてもらえるなんてことはないだろうなと思ったからです。夫は賢くて真面目な人なので、伴侶として間違いありません」
無骨な武史さんは九州の実家にも根回しなどはしていなかった。自分が東京に行く前に婚姻届を出したいと焦り、両親にいきなり電話で「結婚することになった」と通告。美幸さんの印象が悪くなってしまった。
「お母さんは長男である夫が大好きなだけにカンカンだったみたいです。一度だけ、車で夫の家族に会いに行きましたが、2人の妹さんがこれまた強烈で……。関西人に偏見があるのかもしれません」
美幸さんの最愛の父親は7年前に他界しており、母親は体調を崩している。結婚を伝えても「アンタだけが心配だったのでよかった」と言う程度。2人の兄たちはとっくに結婚しており、妹のことにはさほど関心を示さない。
■「夫は私の人生の救世主」
家族に祝福されたとは言えず、結婚後も一緒に住むわけではない。それでも美幸さんは「夫は私の人生の救世主」だと断言する。
「私が関西で暮らし続けているマンションの家賃は夫が払ってくれています。東京からこっちに来たときに家飲みするのが楽しみなようです。生活費もクレジットカードを使わせてもらっていますが、夫は明細をきっちりチェックする人なので無駄遣いはできません(笑)。私もときどき東京に遊びに行っています。今後、東京に住むのか最終的には夫の実家がある九州に行くことになるのかはわかりませんが、いきなり関西を離れるのは怖いんです。しばらくは通い妻です」
美幸さんの言葉だけを受け取ると、通い妻というよりも本格的な愛人になったような印象を受ける。しかし、取材を終えてコーヒーカップを片付けているときに美幸さんは本音を漏らした。
「夫になかなか会えないのが寂しいです」
長い時間を一人で生きてきた男女にとって、すべての変化をいきなり受け入れるのは難しい。武史さんは会社最優先の生き方を変えられないし、美幸さんは関西から離れたくない。それでも2人きりで家飲みをしているときに一番の心地良さを感じている。
武史さんと美幸さんにとってお互いの存在こそが帰るべき家なのだ。相手がいないときは、自宅にいても単身赴任をしているような気分なのだろう。数年後、2人は全国のどこかで一緒に楽しく暮らしている気がする。
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東洋経済オンライン
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最終更新:11/10(日) 10:32