フランスで増加「環境問題で引きこもる子」のなぜ ジャーナリストの西村カリン氏に話を聞いた

5/25 11:32 配信

東洋経済オンライン

答えをはぐらかす日本の政治家にフランス人記者が食い下がる姿を、記者会見の動画で見たことがある人もいるかもしれない。フランスから来日して25年、西村カリンさんはジャーナリストとして活躍する。カリンさんは、日本人漫画家・じゃんぽ~る西さんと結婚。現在、日本の公立小学校に通う11歳の長男と6歳の次男を育てている。そんなカリンさんの著書『フランス人記者、日本の学校に驚く』は、日仏の教育比較がテーマだ。「日仏の学校の『いいとこどり』をすれば子どもたちはもっと幸せになれる」というカリンさんに、日仏の環境意識の差について語ってもらった。

■肉を食べず、飛行機に乗らない若者

 ──ヨーロッパでは気候変動への不安から引きこもる若者が増えていると本で紹介されています。なぜそのようなことが起こっているのでしょうか。

 ヨーロッパではどの国にも必ず、環境保護を強く主張する「エコロジー政党」があるからだと思います。環境問題について見聞きする機会が多くなり、必然的に若者の環境意識は非常に高くなる。こうした政党は日本にはありませんよね。

 近年の異常気象も理由の1つです。フランスでは、私が子どものころはエアコンなしで過ごせたのに、今では気温が30度を超え、40度になる日もあります。夏は蒸し暑くてエアコンを使うのが当たり前の日本と違い、異常気象を肌で感じているんだと思います。

 ただ、そのせいで気候変動による不安症(エコ・アンクシエテ)になる若者が増えていることには私も驚きました。特に中学生や高校生、社会人になったばかりの若者に多いようです。

 地球にダメージを与えるからと肉を食べずヴィーガンになる。CO2排出量を増やしたくないから飛行機に乗らず、海外に行かない。世界の人口は限界に近づきつつあるから子どもは持たない──。それがエスカレートして、引きこもりやうつ病になる若者もいます。

■街中の広告トラックへの疑問

 ──日本では気候変動を気に病む若者の話はあまり聞きません。

 昔から自然災害が多いから、ヨーロッパのような危機感を肌で感じにくいのかもしれませんね。日本が気候変動の影響を受けていないわけではないと思うのですが、なぜか誰も気にしていないように見えます。

 G7のような国際会議の場で、日本政府は「エネルギー消費量を減らします」と宣言しています。でも、私から見れば具体的な対策をしているとは思えません。

 2023年9月8日、私は当時の松野博一官房長官に、内閣官房長官記者会見で、広告を照明で光らせながら街中を走る「広告トラック」について質問しました。「政府は本気で節電をするつもりなら、電気の無駄遣いを規制すべきでは?」

 官房長官の答えはこうでした。「広告等に関しては個別の事業者によって行われているものであり、いま政府としてコメントすることは差し控える」。民間企業の電気の無駄遣いに政府が介入できないのは仕方ないと言わんばかりでした。

 身の回りにプラスチックがあふれているのも気になります。ビニール袋や商品のプラスチック包装、使い捨てのナイフやフォークを見て、日本に来た外国人はびっくりしています。ヨーロッパではすでに禁止されていますから。

 日本は消費したものをリサイクルする意識は高いですが、資源の節約や省エネの意識は低いと思います。

 日本では1970年代のオイルショックをきっかけに省エネ法が制定され、世界に先駆けてエネルギー問題の解決に役立つ技術開発が進みました。優れた省エネ家電もたくさん生まれました。でも、どこかで環境意識が低くなってしまったように見えます。残念です。

 ──日仏の若者の環境意識に差があるのは、学校で教える内容に違いがあるからでしょうか。

 大きな違いはないと思います。水や電気を大事にしましょう、ゴミは分別して捨てましょうと教えるのは、日本の学校もフランスの学校も同じです。

 それなのに環境意識の差が出るのはなぜか。学校で教わることと実際の社会に「矛盾」があるからだと私は考えています。

 たとえば、学校では節電しようと教わります。でも、渋谷のスクランブル交差点に行けば大型ビジョンやライトアップされた看板だらけで、広告トラックが走り回っている。大人が節電していないんだから、子どもの自分が声を上げてもどうにもならない。節電しなくていいと思っているのではないでしょうか。

 ──フランスにはそうした矛盾はないのでしょうか。

 フランスでは、矛盾があれば若者が指摘します。実際、夜間に看板の照明がついたままなのはおかしいと感じた若者が、勝手に店の看板の電気を消して回ったことがありました。でも、それで大人が怒ることはありません。むしろ若者の行動のおかげで大人の意識が変わり、ルールまで変わりつつあるんです。

 日本で若者が同じことをしたらどうでしょうか?  きっと大人は怒るでしょうね。「確かに地球に優しいけれども、勝手に電気を消すのはよくない」と言うと思います。

 正しいことを言っても怒られるのなら、若者が何も言わなくなるのは当たり前です。

 日本の若者が環境問題に対して無関心に見えるとしたら、それは大人のせいです。若者が自分の考えを表現する場がないのが、日本の教育の弱点であると私は思っています。

■「議論」のできる環境を学校でつくる

 ──自分なりの考えを持てと言いながら、実際にそれを表に出せば怒る大人は多い。どうすればいいと思いますか。

 子どもたちが意見を言える環境を、まずは学校でつくることです。自分の考えを言うのは大事ですが、SNSで言いたいことだけ匿名で言うのはよくありません。

 大事なのは「議論」をすることです。自分の意見を言い、相手の意見を聞く。お互いの意見を取り入れて、どんどん変化していく。そうした議論のプロセスを学ぶことが重要です。

 議論は、学ばないとできるようにはなりません。フランスでは教科を問わず、あらゆる授業の中で議論が行われています。

 親子で意見が合わないときには、親がきちんと理由を説明することも大事です。人によりますが、3歳ぐらいになると自分の意見や言動の理由を言える子も出てきます。子どものうちから意見のやりとりをすることで、議論する力の下地をつくることはできます。

 議論の仕方を学ばないと、大人になっても忖度ばかりで相手の望むことだけをする人になります。そんな大人が増えれば、誰もリスクを取ろうとしなくなり、社会の成長が止まってしまう。

 そうならないようにするためには、従順なサラリーマンではなく、自分の考えを持って議論のできる国民を育てなければなりません。厳しいグローバル環境の中で日本の立場を強化するためにも重要なことだと思います。

 ――フランスでは、1クラスの人数が日本よりも少ない点でも、話し合いの場を持ちやすい環境にできているのではないでしょうか。

 フランスには荒れている学校も多く、1クラス24人前後じゃないと授業が成り立たないという事情もあります。実際、30人ともなると多すぎると思っている先生は多いです。実際に少ない人数でクラス運営がされているからこそ、仮に政府が1クラスを40人にしなさいと言ったら、フランスの先生たちはストライキをすると思います。

■学校に相談員がいるフランス

 ――フランスの学校現場では、子ども同士でのもめごとが起こった場合はどうしているのでしょうか。

 フランスの学校には相談員がいます。いない場合でも、先生と子どもたちが話す時間は日本より取りやすいと思います。クラスに問題が起こったら先生が時間割を変更して、クラスの問題を解決するための議論を優先するような柔軟さもあります。

 知り合いの元校長に話を聞いたところ、日本でも数十年前には、時間割を自由に作成する柔軟さが、一定程度あったようですが、最近はどんどんその自由度が狭くなっているように感じます。今でも必要に応じて、時間割を変更することは可能だと思います。

 ──カリンさん自身、お子さんと接するときに気をつけていることはありますか。

 長男は11歳ですが、友達と違う意見でも「同じです」と言っているほうが面倒がなくて楽だ、と早くも思い始めています。ただし、家ではまだ「ママ、水を出す量が多すぎる」「また電気がつけっぱなしだよ」と間違いを指摘してくれます。

 ここで「あなたは子どもなんだから黙ってて!」と言ってはダメです。子どもが言うことが正しいと気づいたら、「そうだね、あなたが言っていることは正しい」と伝えることが重要です。

 子どもが考えたことを言える環境を大人がつくる必要があります。子どもが自分の意見を言えるようになるために、家でバランスを取るのが親としての仕事だと思っています。ただ、それは容易ではないとも思っています。私自身も、子どもが言うことをきちんと理解できていないときもあります。

■日仏の学校のいいとこどりを

 議論のできる子を育てるのは大事といっても、私は日本の小学校のカリキュラムで議論をメインにすべきと言うつもりはまったくありません。日本の義務教育の学力水準は、PISA(学習到達度調査)の調査結果が示すように世界トップクラスです。

 日本の小学校は、子どもたちの卒業までに読み書きや計算の力を身につけるという一番重要なミッションを果たしています。フランスはそれができていませんから、その面では日本の教育が圧倒的に優れています。

 ただ、日本の学校には議論が足りないのは確かです。日仏の学校がお互いに「いいとこどり」をして、子どもたちの教育環境を少しでもいいものに変えていくことが必要だと思います。

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最終更新:5/25(土) 11:32

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