高賃金求め海外へ出稼ぎ、「ワーホリ」人気が示す若手人材の日本離れ

4/15 11:00 配信

Bloomberg

(ブルームバーグ): 任期制自衛官として3年の勤務を終えた吉原智喜さん(25)は、海外で観光や勉強をしながら就労できるワーキングホリデー制度を利用して昨年オーストラリアに渡った。現在働いている食肉加工工場での手取り額は日本にいた時の3倍だ。

シドニーから南西に約200キロ、ウール産業が盛んなゴールバーンに住む吉原さんは、週5日、朝5時から1日9時間半働く。月の手取りは約50万円で、30万円貯金することもある。「日本食を食べたいとか友達や家族に会いたいとは思うが、 給料面では全然こっちが良い」と話す。

高水準の賃金に円安も相まって「海外出稼ぎ」の魅力が増し、若手人材の日本離れが進んでいる。オーストラリアの日本人向けワーキングホリデービザの発給件数は、昨年6月までの1年間で1万4398人と、統計をさかのぼれる2001年以降で最多となった。

英国やカナダでも新型コロナ感染拡大前の水準を回復。英国は、同制度を利用できる年間の人数を24年度から4倍の6000人に拡大した。日本と比べて高い物価水準を考慮してもなお魅力的な賃金が若者を引きつけている。こうした制度を活用して若者が海外に出る動きが強まれば、日本の人手不足に拍車がかかる可能性がある。

明治安田総合研究所の吉川裕也エコノミストは、「海外と比べ日本の賃金はだいぶ物足りない」と指摘する。今春闘では平均賃上げ率が5%超と33年ぶりの高水準となっているものの、最終回答でのベースアアップは3.5%程度とみており、「外国にキャッチアップするのはまだまだ遠い道」との見方を示した。成長機会を求めて海外に挑戦する若者が戻ってこなければ、日本にとって好ましくないとも語った。

バブル崩壊後の「失われた30年」で拡大した海外との賃金格差は大きい。経済協力機構(OECD)のデータによれば、日本の名目賃金の伸びが1992年から30年間ほぼ横ばいであるのに対し、豪州は2.6倍、カナダは2.2倍だ。国税庁によると2022年の日本の平均年収は458万円で、吉原さんの給料はこれを優に上回る。

S&Pグローバルマーケットインテリジェンスの田口はるみ主席エコノミストは、賃金格差を背景に海外で仕事を見つけたい人が増えているとし、「この流れが続けば日本での若者の雇用難に拍車がかかってしまう可能性がある」と述べた。

日本商工会議所が全国の中小企業約6000社を対象に昨年実施した調査では、7割近くが人手不足に直面していると回答。帝国データバンクによれば、人手不足を理由とする倒産件数が23年度に313件と過去最多を更新した。

ワーキングホリデーは、二国・地域間で一定期間の休暇を過ごす活動とその間の滞在費を補うための就労を相互に認める制度で、日本の提携先は現在29カ国・地域に上る。対象は18-30歳で、滞在期間は国によって異なる。オーストラリアでは最長3年となっており、地理的な近さや治安の良さ、ビザの取得しやすさもあり人気を集めている。

日本ワーキング・ホリデー協会の広報担当、真田浩太郎氏は、オーストラリアはワーキングホリデー利用者を労働力として頼ってきた背景から、ビザの取得は相対的に容易だと説明。コロナの収束で入国制限が解除された後は雇用条件の緩和も進み、渡航しやすい環境だという。さらに、円が対豪ドルで下落しているため、円換算で収入が増えることも出稼ぎ目的の渡航者が増えている要因と説明した。

足元の円は豪ドルに対して100円前後と、約10年ぶりの安値水準で推移。20年に付けた64円台からは50%余り円安が進んでいる。

オーストラリア人の環境問題への意識の高さに引かれたという高橋莉々さん(22)は、今春大学を卒業した後、オーストラリアに渡った。ワーキングホリデー制度を利用して農園で働く予定で、作物の収集作業で日給2万-3万円を見込む。同性パートナーとの結婚も考えており、同制度で2年間働いた後、同性婚を認めている同国で永住権を取って移り住みたいという気持ちもある。

「生きていくには十分かもしれないが、自分の好きな趣味や友達と遊ぶことに使えないのはさみしい」。高橋さんは、各国に比べて低い日本の平均的な新卒給与が渡豪を選択した理由の一つと話す。少ない手取りでは「仕事が全ての生活になってしまうのでは」との不安もあった。

ワーキングホリデー制度以外にも生活の場を海外に移す人は増えている。外務省によると、23年の海外永住者は57万人と、1989年の統計開始以降で最多となった。

伊藤忠総研の武田淳チーフエコノミストは、ワーキングホリデーにとどまらず、「能力の高い人材が海外に出るという動きが出始めている」と指摘。元々あった海外との賃金格差が円安の進行でさらに広がったことが背景にあるという。日本がより早く成長できる環境にならないと、若者にとって魅力が戻らないかもしれないと警鐘を鳴らした。

--取材協力:照喜納明美、Emily Cadman.

(c)2024 Bloomberg L.P.

Bloomberg

関連ニュース

最終更新:4/15(月) 11:00

Bloomberg

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング