「起き上がるのも困難」から「副作用がほとんどない」へ、3種の抗がん剤を投与して相性でこれだけ違った体の反応
2024年春、ジャーナリストの山田稔(65)さんに膀胱がんが発覚、肺にも転移しており、ステージ4でした。医師が語る病状説明を淡々と受け入れ、がんとの共存の道を選択した山田さんは、抗がん剤治療を経て10月に膀胱の全摘出手術を受けました。本連載(今回は第13回)では、3パターンを投与した抗がん剤に対する体の反応について記します。
■がん患者であることを忘れることも
3月初旬、血液検査と2カ月ぶりのCT撮影のためにいつもの大学病院に向かった。最近は体調が良く食欲も旺盛で、自分ががん患者であることを忘れてしまう瞬間があるほどだ。そんな状態だから、この日の検査や撮影は本当に楽な気分で受けることができた。
待合ペースで待つこと約1時間。それぞれの結果が出たのだろう、時計の針が10時を少し回った頃、診察室に呼ばれた。主治医のPCに、がんが転移した肺の画像が映し出されている。
「先生、CT撮影の結果はどうでしたか」
主治医に尋ねると、うれしい答えが返ってきた。
「前回(今年1月)の画像と比べると腫瘍が随分と小さくなっていますね。中央左(右の肺)にある大きな腫瘍は半分以下になっていますし、画面の左側にあった小さな腫瘍2つは消滅しています。あと画面右側の腫瘍も小さくなって影も薄くなってきています」
いい傾向だ。そうだ、腰の骨に転移した腫瘍はどうなっているだろうか? 主治医に腰骨の画像を映し出してもらう。こちらは肺ほど顕著な縮小傾向は見られないが、それでも画面左側の上部(右腰)や、反対側の白い影が全般に薄くなっている。抗がん剤の効果が少しずつ現れているのか。
「腰の骨はもう少し様子を見たいですね。骨の成分を強化する皮下注射を考えてみてもいいかもしれません。その時は同時に投薬も組み合わせます」(主治医)
この画像だけでは断定的な判断は下せないということらしい。それでも、前回よりも腫瘍が大きくなったり、ほかに転移したりといった悪化現象は見られない。ならばいいではないか。
昨年4月から始めた第1弾の抗がん剤治療では、ゲムシタビンとカルボプラチンいう2種類の抗がん剤を併用した。これが身体にあったのか、肺の腫瘍が4割の大きさまで縮小するなど顕著な効果が見られた。そこで標準治療の第2弾として、夏場からは免疫チェックポイント阻害薬・アベルマブの投与に進んだ。これでがんの進行を食い止めようとしたのである。
ところが、なぜかアベルマブは身体になじまず、副作用で髪の毛がかなり抜け落ち、体重も大幅に減少した。残念ながら効果よりも副作用のほうが目立つ結果となってしまった。
9月末に撮ったCT画像をチェックすると、7月撮影時よりも腫瘍が若干ではあるが大きくなってしまった。しかも、この段階で免疫力がガクッと落ち、帯状疱疹にかかってしまうというアクシデントにも見舞われた。
■高額療養費制度のおかげで治療ができた
そこで治療方針を変更し、2021年に発売され、公的医療保険適用となった抗体薬物複合体・パドセブの投与に切り替えた。1回あたりの医療費は数十万円で、まさに高額療養費制度のおかげでやりくりすることができた。
二転三転した挙句、高額療養費制度の見直しは最終的に見送られることになった。これは患者にとってはもちろん、国民全体にとっても大きな意味を持つ。命にかかわる安易な経費削減は断じて許されないことである。
話を戻そう。第3弾のパドセブにおおいに期待をしたのだが、残念ながらこれまた顕著な効果は見られなかった。それどころか、がんは新たに腰の骨に転移し、今度はその絶え間ない痛みに悩まされるようになった。
年が明けて1月になると、状況はさらに悪化した。ヘモグロビン数値の減少に、炎症の発生を示すCRP数値の急上昇が重なり、歩くことはもちろん、起き上がることも困難になってしまった。急遽、入院することになり、タクシーに家の前まで来てもらい、病院で降りると、そこから車いすで病室に向かうハメになった。
この時は10日間入院して輸血や抗生剤の投与などを行い、6日目あたりからようやく体力が回復し、抗がん剤投与を再開することになった。そこで選ばれたのが第1弾で顕著な効果をもたらしたゲムシタビンとカルボプラチンの併用だった。結果的にこの作戦が大正解だった。
昨年の投与時には、投与後3日目から4日目にかけ、37度から38度の高熱が出たのだが、今回は熱が出るような事態は一切なかった。食欲も普通にあり、脱毛も落ち着いた。本当に副作用らしい症状がまったく現れなかった。そして3月のCT撮影で、腫瘍が大幅に縮小したのである。
■重要だった血液検査の結果
昨年春に膀胱がんが発覚して以降、さまざまな症状を体験しながら季節がめぐり、再びおだやかな春を迎えようとしている。「余命1年」は3月13日で無事にクリアした。ここからは新たな「がんとの共存・延命」に向けた第2ステップの始まりである。
さて、ここまで1年間の闘病生活を連載の形で振り返ってきたが、抗がん剤治療と並んで重要だったのは、通院、入院のたびに繰り返し行ってきた血液検査である。少ないときは注射2本分、多いときは7本分を採血。血液に含まれている細胞や酵素、抗体などの数を精査、数値化して体内のさまざまな器官の異常をチェックしてきた。
昨年3月13日の初回と、今年3月7日の最新の主要なデータを比較してみよう。単位名称は省略。各項目の説明は日本予防医学協会のサイトなどを参考にした。
【ヘモグロビン】5.4→8.7(下限値13.7/上限値16.8)
※ 赤血球の中に含まれる酸素などを運ぶ成分で、低下すると貧血症状が生じる。
【赤血球】276→334(下限値435/上限値555)
※ 身体に酸素を運ぶ血球成分。少ない場合は貧血を、多い場合は多血症を疑う。
【白血球】5.4→4.6(下限値3.3/上限値8.6)
※ 生体を細菌やウイルスから守る役割がある。数値が低くなると病原体に対する抵抗力が下がり感染しやすくなる。
【クレアチニン】4.17→1.07(下限値0.65/上限値1.07)
※ 筋肉内にあるクレアチンの最終産物で、腎臓でろ過され排泄される。腎機能の最も重要な指標。数値が高いときは腎機能低下を意味する。急性腎臓病など。
【AST】10→12(下限値13/上限値30)
※ 心臓、肝臓、腎臓などさまざまな臓器に存在する酵素。これらの臓器が障害を受け、この酵素が血液中に放出されると高値を示す。
【CRP】0.65→1.69(下限値0.00/上限値0.14)
※ 体内に炎症(リウマチ熱、細菌感染など)があるとき、血液中にあらわれるたんぱく質(C反応性たんぱく)の量を測定するもの。検査値が異常に高いときは、慢性感染症、膠原病、心筋梗塞、悪性腫瘍などが疑われる。
昨年3月に膀胱がんが発覚した時の初診時は、ヘモグロビンが正常値の3分の1程度まで低下していて、クレアチニンの数値も異常に高かった。極度の貧血と顕著な腎機能低下がみられ、主治医から「このまま放置していたら、あと数週間の命でしたよ」とたしなめられるほど重症だった。しかも、がんは肺に転移していてステージ4の状態で、「余命は1年」という診断だった。
■弱者の視点から世の中を見る
それから1年。6回の入院と、数十回に及ぶ通院、抗生剤の点滴投与と抗がん剤投与などの治療で「余命1年」を何とかクリアした。これからは「がんとの共存・延命」に向けた第2ステップに突入する。いったい何が待ち構えているか。
最近は体調がいいので、以前みたいな「ほぼ寝たきり生活」から脱却して、近所の公園周辺を散策したり、知人との会食で築地まで出かけるなど、“社会復帰”を図っている最中だ。桜が咲く時期になったら、高尾山あたりで山歩きも復活させてみたい。
病気とは無縁の健常者だった時と比べて、人生が180度変わった。そんな身になったからこそ見えてくること、感じることがある。社会的弱者の視点から世の中のさまざまな問題を凝視して、情報を発信し続けていきたい。読者の皆様には、まだまだお付き合いいただければ幸いである。
東洋経済オンライン
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最終更新:3/16(日) 21:38