孫正義は本当に「偉大な経営者」なのか?ビル・ゲイツ、柳井正との決定的な違い

4/20 9:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 想像を絶するスピードとスケールで10兆円企業をつくりあげた経営者から学ぶべきことは多い。孫正義ソフトバンクグループ代表の評伝『志高く 孫正義正伝 決定版』(実業之日本社文庫)の著者井上篤夫氏が孫氏を深く知る人物と対談し、ビジネスパーソンに学びをお届けする連載「ビジネス教養としての孫正義」の第4回。対談相手はイノベーション研究の権威で一橋大学名誉教授の米倉誠一郎氏だ。経営者としての孫正義氏をどう評価するかと尋ねると意外な答えが返ってきた。同じ創業経営者でも、稲盛和夫やスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツとはまったくタイプが異なるという。「なぜ孫正義は特別なのか」について、名だたる経営者と比較しながら語ってもらった。​(取材・構成/ダイヤモンド・ライフ編集部 大根田康介)

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● 既存の経営学では評価ができない

 井上 米倉教授に最初に伺いたいのが、「孫正義」という人物の評価についてです。孫社長は、自身が人類の歴史に名前を残すという熱い思いを持っています。経営学の観点では、どのように評価されているのでしょうか?

 米倉 孫さんの評価は難しいですね。今も昔も、まるで海のものか山のものか、はっきりしない。もちろん、彼は起業家として、いくつもの事業で次々と成功を収めてきました。その点において、僕は彼を本当に魅力的な偉人だと思います。ただ問題は、一つの形容詞で表現しにくいことなのです。ホンダの本田宗一郎、ソニーの井深大、アップルのスティーブ・ジョブズやマイクロソフトのビル・ゲイツのように、「ソフトバンクの孫正義」さんでいいのかということなんです。ソフトバンクはものを創っていませんし。

 特に最近では、孫さん自身が起業家や事業家ではなく、ベンチャー企業に資金を提供する「資本家(キャピタリスト)」として見られていることも実像を不明確にしています。日本ではそうでもありませんが、アメリカのビジネススクールなどでは、最も人気のある職業がベンチャーキャピタリストだと言われています。ビジネスを立ち上げることも素晴らしいことですが、資金調達を支援し、その成長を支える喜びもまた重要です。

 1996年、僕も日本のスタートアップ企業を支援する活動を始めました。それ以前は、アメリカの東海岸にあるハーバード大学で日本企業の研究をしていたため、正直「西海岸って何?」という感じでした。

 一般的に、アメリカの企業では、社長と新入社員の給与に1000倍近い差があり、経営と現場が離れすぎていると言われていました。一方、日本では最大12倍程度の給与差で、経営も現場も一致団結して働くことが重視されていました。だから、当時は「そんな経営と現場が乖離したアメリカ企業に日本企業が負ける訳がない」と信じていました。

 しかし、当時の法政大学の清成忠男教授から、「東海岸にいるだけでは何も分からないよ」と指摘され、実際に西海岸のシリコンバレーに行ってみると、まるでバットで後頭部を殴られたような衝撃を受けました。そこでは全く別のゲームが進行していたからです。

 この経験から、早く日本にこの変化を持ち込まなければ大変なことになるぞと直感しました。そこで僕は、「ベンチャーおじさん」と称して、ベンチャー企業を支援する活動を始めたという訳です。その当時、ひときわ輝いていたのが孫さんでした。当時、彼は驚くべき先見の明でソフトウエア・コンピューターの流通にいち早く取り組み、インターネットが到来するやその世界に飛び込んでいました。

 その点は素晴らしいのですが、孫さんがかつて言っていたように、それは「タイムマシン経営」で、アメリカで起こったことをいち早く日本に持ち帰っただけで、「孫さんはいったい何を生み出したのか?」と考えてしまうのです。

 イギリスのボーダフォンの日本法人やアメリカのスプリント・コーポレーション(2020年にTモバイルと合併)を買収した。アーム社の買収や上場なども確かにすごいのですが、それらは孫さんで独自に生み出したものではありません。最近のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)という10兆円ファンドで明らかになったことは、やはり孫さんの真髄はキャピタリストにあったということではないでしょうか。

 SVFにより、孫さんはキャピタリストとして“究極”の地点にたどり着いたと思います。アメリカにも多くの巨大ベンチャーキャピタルがあり、その手元には毎日何十件、何百件のビジネスプランやプロポーザルがあがってきます。そこには今後の技術やビジネスモデルの動向をはじめとして世界の大きな動向が見えてきます。その意味で、SVFのような巨大ファンドを治める孫さんの元にはものすごい情報が集まって来るでしょう。同じように、世界観を共有する人々も集まるようになるでしょう。

 この情報と同志が集まれば、世界の大きな動向の中で孫さんは次に何をすべきかが決まって行くのでしょう。これが“究極”という意味です。

● 孫正義とバフェット 投資家としての決定的な違い

 井上 米倉さんは経営学者ですが、孫さんは経営学の研究対象になり得ますか?

 米倉 もちろんなり得ますが、問題はどの分野、どの専攻領域の対象かということです。孫さんは何か物を作ったわけではありません。M&Aを通じた企業成長の分野かもしれないし、ウォーレン・バフェット氏のような投資の分野かもしれません。

 しかし、それも少し違うかなとも思います。バフェット氏は純粋な投資家ですので、「今は日本の商社が買いだ」と株価の上下だけで投資先を判断しますが、孫さんが商社に投資することはないでしょう。

 孫さんは、技術の中に自らを置く発明家でもあり、パーソナル・エレクトロニクスやインターネットを基点とした情報産業を重視しています。そこにおけるVCの神様なのですかね。

 井上 確かに、孫さんは情報産業で資本家として企業をサポートする立場になると言っていますから、その点は一貫しています。

 米倉 バフェット氏のような投資の巨匠は、後世に「投資の神様」として名を残すでしょう。ですから、歴史に名を刻むには、何か特別な要素が必要ですね。その点、孫さんにもビジネスやお金の流れは見えていますが、投資の神様という訳ではありません。実際には、海外での活動が多く、スプリント(2020年にTモバイルと合併)を再建したといっても企業名が残るだけでしょう。

 例えば、アメリカのアンドリュー・カーネギー氏は、後年投資家ではありましたが、製鋼所を経営して「鉄鋼王」という異名を残しています。孫さんにも、そういう一つの業界でのキーワードみたいなものが必要でしょうね。その点では、前述したように日本なら本田技研工業の創業者・本田宗一郎さん、ソニーの創業者の一人である井深大さん、アメリカならスティーブ・ジョブズさんやイーロン・マスク氏のような具体的なプロダクトがあって、開発の歴史がある人は研究しやすいですし、孫さんのような無形の仕組みを作り上げた人は研究しづらいです。

 ただし、孫さんはテクノロジーに基づいて行動し、先見の明があり、一人ですべて作り上げるのではなく企業買収で時間を短縮するという点では、次世代の経営学の対象としては興味深いと思います。

 井上 同じ通信事業に携わった経営者という観点で、京セラ創業者の稲盛和夫さんはどうですか?

 米倉 稲盛さんの精神性は、多くの人に好まれていますね。しかし、僕は孫さんや三木谷さんのようにギトギトしている感じの人が好きです(笑)。ユニクロの柳井正さんもすごいですよね。彼はヒートテックなどの新素材を武器にして、ファーストリテイリングを売上高3兆円(2024年8月期予想)まで成長させましたから。この3人に共通するのは、常に一番になるという「絶えざる目的意識」です。

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最終更新:5/2(木) 8:32

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